99話 親子
水曜は更新出来なくてごめんなさい。
落とさない様に、頑張ります。
「ラアサ様!ルンマーン王国が滅亡しやした!」
「……始まったかぁ」
血相を変えてラアサの部屋に駆け込んできた男は、知ってましたと言わんばかりの、ラアサの平然とした顔に落ち着きを取り戻した。
そして、部屋の客に気が付いて深く頭を垂れる。
ラアサと共に昼食後のコーヒーを楽しむ、濃い髭を顔半分に蓄えた壮年の男。
情報部の彼のボスのボス。いや、この国に住む全ての者のボス。クアッダ国王その人であった。
「良い。続けよ」
クアッダ王に促されて、情報部の男は報告を続けた。
過日王家一族が暗殺されたルンマーン国。そのルンマーンが今朝宣戦布告を受け、非戦連合盟主たるクアッダに救援を求めてきた。
情報部が特使に先立ち偵察を行った所、ルンマーンは既に包囲下にあり、攻撃命令と共に行われた突撃に城壁は敢え無く崩れ落ち、僅か半日で滅びた。
如何に王族が滅んで指導者不在とはいえ、軍隊もあれば指揮官も居る。
小国とはいえ布告から半日で滅ぼすなど、侮れない統率力と行動力と言えた。
「んで?共和国軍だったか?」
「へえ、ちゃーんと軍旗もおっ立ててやした。ですが、陣容が……」
情報部の男の話しでは、かつての共和国軍とは軍編成が大きく異ると言う。
以前の共和国軍の編成は、機装兵が二:鬼神を含めた傭兵が二:騎兵が二:一般兵が四といった所だった。
だが今回ルンマーンを滅ぼした軍の編成は、機装兵が五:傭兵が一:騎兵が二:一般兵が二。と機装兵の割合が大きく増していたとの事。
「しかもその機装、新型みてえで、かなりの動きでした」
「半数の機装全てがか?」
「は、はい。サヨウでありございます」
「普通に話して良い」
クアッダ王の言葉に、男は「へえ」と照れ笑いし、頭を掻いた。
男が、クアッダ王にではなく、ラアサに対して申し訳無さそうにするその姿を、クアッダ王は微笑ましく眺める。
クアッダ王は知っていた。
元盗賊団の彼らが、ラアサを父親の様に慕っている事を。
「えっと、機装は全部新品でした。ウチで使ってるのより動いてやした」
現在クアッダ王国にある機装は、ナツメ商会ワハイヤダが作った「特戦隊」が使っていたモノだ。
カスタム機とも言える特戦隊仕様の機体は、一般的な機装より装甲・機動性共に優れている。
そのカスタム機を上回る新型の機装を、機装兵全てに配備。共和国軍が如何に本気かが伺える。
「一国を獲る為の準備では無いな」
「ハリーブに運び込まれてた詳細不明の荷……機装だったか」
帝国、共和国共に物資の流通に目を光らせていたラアサは、根知の森迎竜戦以降も、引き続き軍需物資を蓄え続ける共和国の動静に注視していたが、前帝国皇帝グラードルの侵攻に依り、偵察活動は中断していた。
「アニキの言葉では無いが、人間は何故これ程までに争うのが好きなのだろうな」
「争う事を定められた呪われた種族……でしたっけ?変わったヤツですが、時々ハッとする事言いやがりますよねぇ」
「ルンマーンを滅ぼした共和国軍が、どちらに動くか判らんが、いずれにせよこのままでは済まんだろうな」
「随分と事の多い年ですなぁ。これもジョーズと出会ったせいなり、お陰なりですかねぇ」
クアッダ王とラアサは顔を見合わせて、微かに笑った。
「ところでジョーズは、今は王国に居るのか?」
「へえ、ファーリス様と一緒にジョーズさんの家でさ」
「ファーリスと一緒?」
クアッダ王は愉快そうに笑った。
幼い時から、人並み外れた才能を見せていたファーリス。我が子ながら、その底知れぬ才能に畏れを抱いた事もあった。
だがクアッダはファーリスに、今は亡き妻の分も合わせて惜しみない愛情を注ぎ、ファーリスはその愛に応える様にすくすくと成長した。
世襲を禁じた王国に産まれた王子。
この境遇を、ファーリスはあっさりと受け入れた。
自らを鍛え、知識を蓄え、十才で西方への旅を希望して五年の旅を終えて帰国。
そして羽を休める事も無く、東方へと旅を続ける予定であった……が。
アニキと出会って東方への出発を先延ばしにする中、グラードルの侵攻が始まると、避難民を率いて王国を離れなければならないクアッダ王に代わって、指揮官として、戦士としてその才能を発揮してくれた。
そして今。
グラードルの侵攻を防いだ後も、ファーリスは東方へと旅立たずにここクアッダ王国に留まり、アニキにくっついて何かをやっている。
アニキのする事は、いつも破天荒で意味不明で面白い。
先週は機装の特殊指導員だと言って、五人の男女を送りつけて来た。
つい先日も、帝国本島に行ってくると言っては、リンクスだけを伴って飛び去り、戻って来てはシュタイン博士やファーリスと一緒に何やらやっている。
いかにプトーコスなる人物と、個人的に良好な関係を築いていたとしても、総大将を殺した敵国に、まるで散歩にでも出掛ける様に行けてしまうその感覚。
根地の森、クアッダ王国、帝国領エラポス、共和領ネビーズ。
それらの間を、文字通り飛び回って、常に何かをしている。
そんなアニキに、ファーリスも吸い寄せられてしまったのだろうか。
「腹ごなしにアニキの家まで散歩するか、ラアサ」
「いいですなぁ」
腰を上げるクアッダ王とラアサ。
そんな何処かのんびりな二人に、情報部の男は不思議な顔を向ける。
「い?いや、また戦争なんすよ?そんなのんびりな……」
「いいか覚えとけよ?俺達盗賊稼業と違って、軍隊は突然現れたり消えたりしねえ。デカイ国のデカイ軍隊になれば尚更だ」
情報部の男は、納得の行かない顔でラアサを見つめる。
「なんだ?」
「こないだ消えたじゃねえですか。この国の軍隊」
お?と言う顔をしたラアサは、クアッダ王に視線を送る。
「……だそうですよ?陛下」
「ん?余なのか?余が間違えたのか?」
クアッダ王とラアサは声を立てて同時に笑い、情報部の男は、この二人だってジョースさんに劣らず変わっていると思いながら、愛想笑いをするのだった。
◇
「フォースに目覚めたかジェ○イの騎士よ」
「暗黒面よ、滅びる時なの」
黒装束に黒いマスクまで被ったファーリス王子と、白い衣装を纏ったリンクスが、広い中庭中央で対峙している。
二人の手には、それぞれ赤と緑の光の剣。
光の剣は振られる度にブゥンと音を立て、互いの攻撃を髪一重で防ぐ。
二人は斬り、突き、蹴り、互いの位置をめまぐるしく入れ替えながら、光の軌跡を残して、目にも止まらぬ速さで攻防を繰り返していた。
「今度はなぁにやってやがんだ?ジョーズ」
「あの光の剣は?新しい武器……いやオノマなのか?」
俺の家の中庭に訪れたクアッダ王とラアサは、ファーリスとリンクスの攻防に目を丸くした。
俺は、何もやってねえだろうが。
いつもの様に、食後の腹ごなしの鍛錬を始めた俺達三人だが、ファーリスが剣を構えた途端に「覚悟しろダー○ベイダー」などと口走った。
今朝の宇宙体験の興奮冷めやらぬって所だったんだろうが、リンクスが「腹黒王子様の方がベイダー似合うの」と悪乗りした。
腹黒と呼ばれて憤慨したファーリス王子だったが、転生の秘密を隠して過ごしていた事をリンクスに鋭く突っ込まれて、言葉を詰まらせた。
そこからどっちがジェ○イでどっちがベイダーか、長いあいこでしょを経て役どころが決まると、リンクスが光のオノマでジェ○イ装束になる。
さらにそこから、タイムをかけたファーリス王子が屋敷からそれっぽい黒い衣装を探し出し、悪乗りスター○ォーズ鍛錬が始まってしまったのだ。
『クアッダ王、あの光ってるのエフェクトだから』
「えふぇ?」
そこでファーリス王子とリンクスが稽古の手を休めて、俺達に近付く。
「これは父上。昼休みですか」
「ファーリス……その格好は……?」
ハッとしたファーリス王子は、黒いマスクとマントを外して背中に隠した。
リンクスは首を傾げただけで、白装束のままだ。
「変わった訓練だが、どんな効果あるんだぁ?」
気にするな。たんなるゴッコ遊びだ。
特殊効果もバフも掛からん。
「所でジョーズ、また……戦争だわ」
ラアサはルンマーン滅亡の報を俺に知らせた。
チッ!
つい舌打ちが出る。
何が欲しくて殺しあうんだか……。
まぁ何かを欲しがってるのは上の連中で、殺しあうのは下の連中なんだろうが、周りに迷惑かけないでやってくれねぇかな。
やっとの事で帝国を退けたと思ったら、今度は共和国か。元々両大国は戦争する気マンマンで準備してたんだから、引込み付かないってのが上の連中の本音かも知れんが。
「それで、さっきラアサとも話し合ったのだが、根地の森と正式に同盟を結びたいと思っているだが、どうだアニキ」
同盟?根地の森って国じゃないよ?魔獣の巣だよ?言葉通じないよ?
「いや、機装の指導員の話しだとリースが、魔獣とハンドサインだけで意思疎通していたらしいでは無いか。我が国民に被害を出さいない様に努めてくれるなら、それで良い」
「自分じゃ知らないのかも知れんがなジョーズ。根地の森は既に一国に該当する勢力として認識されてるんだぜぇ。お前が魔王になってから森の周りでは魔獣被害は減ってるし、お前等をグラードル軍から救い出した魔獣の軍勢もとっくに噂になってるしなぁ」
え?そうなの?
そういや、サルが亜人の流入がどうとか、畑がどうとか、アフマルの空軍がとか言ってたな。
「抑止力としての効果の程は不明だが、魔王と懇意にしているだけでは無く、魔獣の国と正式な同盟を結んでいるとなれば、得体の知れない恐怖や不安を感じてくれるかも知れん。まあ……あれだ、アニキの言うダメトモだ」
ダメ元だから。
駄目で元々って、ポジティブシンキングだから。
ダメ友とかダメ共とか、ネガティブだから。
『大体そんなこと勝手に決めて良いのか?文官達の領分だろ?』
「まずは打診だ。アニキが良いなら議会にかける。無論森の魔獣達との相談も必要だろうが」
『根地の森近くでニンゲン襲ったり、他所の畑荒らしたりするなって以外は自由だからなぁ』
「あ。何か話してるでしょ!?私も入れてくださいよ」
そこでファーリス王子が会話に割って入る。
ファーリス王子は、俺のファミ割に入っていないので、たてがみの銀糸を使った有線回線か、頭を押し付けてのツノ付き合わせ回線で無ければ、俺の声が聞こえない。
そんなファーリスに、クアッダ王がふざけて見下した様な顔をする。
「なんだファーリス。まだアニキに血を捧げていないのか?俺はとっくに捧げたぞ。まだ心の声だけでは話せんが便利だぞ」
血捧げるとか、禍々しいから止めて。
魔王とか呼ばれてる時点で、お腹いっぱいです。
「え、だって……考えた事全部聞こえちゃうんでしょう?それはちょっと……」
そんな事言ってるから、リンクスに腹黒王子呼ばれるんだろ?
ラアサは直ぐに、切り替え出来たけどな。クアッダ王は今のところ聞き専で、声のお漏らしは無いな。
いつまでもダダ漏れだったのは、俺だけだ。
「ファーリス。久しぶりに手合わせしてやろう」
クアッダ王が唐突に口を開き、リンクスの持つ緑に光る剣を手に取った。
一代で、傭兵から国王にまで成りおおせた男。
遂にその男の強さを、目にする時が来た。
……だが。
俺は、ファーリス王子とクアッダ王を左右の手で指差し、腕を交差させた。
「ん?なんだアニキ?立ち位置が関係あるのか?」
ちげえよ!
何か忘れてたが、こんなの良くあったな。
「王様がベイダーなの」
「父上がベイダーです」
「べいだあ?」
リンクスが二人の剣を交換し、ファーリス王子は黒装束を脱いでクアッダ王に手渡す。言われるがままに、黒装束とマントを纏い、マスクまで被るクアッダ王。
黒装束を脱いだファーリス王子は、白い服装だった。
「良く判らんが……服を変える事に意味があるのだな?」
「どんな効果があるのか、後で教えろよジョーズ」
意味も効果もありませんけど?
だって親子なら、当然この役どころでしょ。
その後、リンクスの演技指導の元、あのシーンが実の親子によって再現された。
戸惑いながらも、息子の注文に応じてポーズを取り、何度も間違えながらセリフを言う父親。
リンクスに何度もダメ出しをされる、父親と大差無い大根役者ぶりの息子。
時を越えて巡りあった命は、偶然親と子の位置に収まり、二つの命の努力によって親子の関係を築いてゆく。時に歯がゆく、時にもどかしく。
俺は、その時の親子の楽しそうなやり取りを、生涯忘れる事は無かった。




