ONCE UPON A TIME IN THE FRODIER・7
「あいつら何やってんのかねぇ」
紅茶の乗ったトレーを運びながらアレンはぼんやりと『暁』を思う。久々のメンバー総出の大仕事だ。仕事場で誰か欠けていたらと思うと気が気でない。帰ってきて「お前が来ていればこんなことには」と言われたら……。
「それはねぇな」
自分が過小評価されているのは知っている。アレンがいたところでどうにもならないから二つ返事で自分の離脱を許可したのだ。
それにどうせ全員雁首揃えて帰ってくる。
「持ってきたぜ……母さん」
未だに慣れない母さんという呼び方。母親のいなかった自分には経験のないことだ。新鮮などという前向きな気持ちでなく、違和感だけが尾を引いている。
「そこに置いといておくれ」
「あぁ」
中央に設けられたテーブルに紅茶を置く。
明かりのある机でマーサは何かを書いているようだった。
「手紙か……?」
「あぁ、そうだよ。あんたの父さんへのね。まだこんなこと続けてるのさ。少しづつでも書いておかないと、落ち着かなくなってね」
「返事は来るのか?」
マーサはふっと笑った。
「皮肉のつもりかい?来るわけないだろう。あんたが生まれる前に死んじまったんだよ。このフローディアのずっとずっと向こうでさ」
開拓者か。察するに未だに開拓のされていない僻地まで行ったのだろう。
「でもね。なんでか知らないが、一パーセントに満たない確率でも、いつか私の下に返事が届くって、そう思ってるんだね。……酷いもんさ、恋や愛なんてのは。常識が全く通じないところまで人を追いやっちまう。あんたもそうだったんだろう」
おそらくはトラヴィスの嫁のことを言っているのだろう。アレンはトラヴィスに同情したのか「言うほどでもない。俺も悪いところはあった」と返した。
マーサは紅茶を飲むと再び筆を握って手紙と向き合う。書きしたためるその文字を見る目は少女のように輝いたように見えた。
「じゃあ、おやすみ母さん」
「おやすみトラヴィス」
アレンが目を覚ますと冷たい風が頬をやんわりと撫でて、小鳥のさえずりが窓から聴こえていた。
「……朝か」
連日続く慣れない重労働のおかげで体がベッドと接着されたような感覚だった。
しかしここで目を覚さなければ、老婆に叩き起こされるというつくづく悪い寝覚めを迎えることになる。彼は無理やりにでも体を起こして、あくまで自分らしく朝を迎えた。
相変わらずの静謐の中、ブーツを鳴らしてリビングへと向かう。いつもならマーサが朝から部屋の掃除をしている音が聞こえてくるものだが、今日はいやに静まりかえっていた。
アレンの心臓がだんだんと音を立て始める。修羅場を乗り越えてきた彼にとって何かが起こったことを察するのは容易いことだった。
強盗の襲撃が懸念されるこの家。いつものように警戒せず暮らせというものはのんびりした話だ。だがマーサにそれが分かるはずもなく、アレンにとっては些細なことではない。
一応は銃に意識を向けたままマーサの部屋を開ける。
「……っ」
マーサはベッドから落ちたように、その場から動かずにいた。ただ、苦しそうに呻いていた。
「……おい、どうした」
アレンの返答に答えることなく、未だ苦しそうなマーサを抱き抱えてベッドに寝かせる。
蒼白した顔面、荒い息。若ければ熱かもしれないという判断もできたのだろうが、もう歳だ。持病や突発的な死に至る病。いずれにせよ自分の手には負えない。それは分かっていた。
「待ってろ。今、すぐに医者を呼んでくるから」
十五分後、アレンは医者を連れてマーサの邸宅へと戻ってきた。大邸宅の住人ということもあって、すぐに医者が動いてくれた。それが幸いだったのかもしれない。
「……どうなんだ。母さんの容体は」
部屋の隅に置かれた椅子に座ってアレンが尋ねる。
「……息子さん……ですか?」
首を傾げた医者に違和感を覚えたアレンだが、すぐにその当たり前に気づく。常識的な範囲で言えば彼女の息子ならフランクくらいの年齢が妥当だろう。息子を名乗るには無理がありすぎた。
「農園で働いてんだ。他のみんなも母さんって呼んでる。悪い。煩わせちまった。とにかく、大丈夫なんだろうな?」
「ええ、今のところは。ただご婦人は随分前から癌に冒されているのはご存知でしょう。あまり良い状態とは言えません。他の農園の方や、ご家族に知らせてください。そろそろ覚悟を決める時だと」
「……そうか。わかった。そうさせてもらう」
当然のことながら、ショックではなかった。マーサは赤の他人である。覚悟を決めろと言われてもなんの覚悟を決めれば良いのやら。
だが、一方で揺らいでいた。アレン自身にも分からない動揺がそこにあった。
午後、来客があった。死んだように眠りについているマーサの横で、アレンはうとうとしながら医学書を片手にしていた。
何が書いてあるやもさっぱりだったが、役立たずでいるのは嫌だった。
ノックの音で目を覚ましたアレンはすぐさま玄関へ赴き鍵を開ける。
「……悪い。ここの家の主人は今、」
「誰だお前」
自分より背の高い白人が怪訝な顔つきでアレンを捉えている。腰に銃器その他の類がないことから、アレンは厄介なことになったと唾を飲み込んだ。まだいきなり銃口を向けられた方がマシだった。
「……ここの家の用心棒だよ。話は聞いてなかったか?あんたはなんだ?農園の人間か?」
「そうだ。ランドルフだ。母さん……マーサには昔から世話になってた。もう一度聞く。お前、誰だ。今この家に用心棒はいないはずだ。煩わしいと母さんが寄越すのをやめろと俺に頼んできたくらいなんだぞ」
「……悪かったよ。手っ取り早く話通すために用心棒を名乗っただけだ。トラヴィスさんに頼まれてここにいるんだ。最近不躾な輩が忍び込むって言うからな。母さんが嫌と言ってもいてくれって頼まれて……」
その瞬間、アレンは胸ぐらを掴まれて放り投げられた。
「このクソ野郎!言って良いことと悪いことがあるぞ」
「何だよ急に!」
「トラヴィスはもう数十年前に亡くなってんだ!!冗談言うにしても考えてから言え!!俺が手前の顔ボコボコにしねぇうちにとっとと帰りやがれ!!」
門の外で、アレンは立ち尽くした。
「保安官呼ばれなかっただけまだマシか」
いずれにしてもこれから呼ばれることにはなるのだろうが。五十万ドルが水の泡になったことは、さほど大きなダメージでもない。もともと、存在するかどうかも分からなかった代物だ。
「あの……」
呼ばれて気がして振り替えると、そこに一人の女性がいた。エプロンのままで駆け出してきたように、彼女は息を荒げていた。
「この家の方ですか?」
「……いや、用心棒だったんだけど首にされちまったんだよ。悪いけど今家ん中バタバタしてるから客人はお呼びじゃないみたいだぜ?」
「でしたら、中の人に伝えていただけませんか?私、ここの土地を購入しようとしてる者の妻なんですけど……その、なんというか、はっきりとは言えないんですけど、あまり良くない方法でこの土地を買おうとしてるようなんです」
アレンの顔を伺うこともなく女性は早口で捲し立てた。
「……それで?」
「……もし、もし可能ならこの土地を譲ってはもらえないでしょうか?」
「それじゃ脅迫じゃねぇか。あんたの旦那がやってることと同じだ」
「……それがダメなら、警備を強くするとか」
「保安官に言ったほうが早いんじゃないか?」
女性は黙り込んだ。アレンは察する。本来なら告発をしに来たのだろう。だが実際に相手を前にして思ったのだ。愛する家族を罪に問うような真似はしたくない。あくまで罪悪感のみがここに彼女を連れてきたのだ。今や彼女の頭は氾濫寸前だった。
「……分かったよ。とりあえず、伝えに来ただけなんだろ?もうこの家とはなんの関わりもない。この家がどうなろうが知ったこっちゃねぇが。この家の人間に死なれると寝覚めが悪い。うまいことやっとくさ」
「……すいませんでした」
謝って去る彼女の背中が小さく見えた。
彼女の望む通りに事が運ぶなら、この世に戦争は無くなるだろう。平和主義者は楽観主義者と同義だ。或いは世界に銃口を向けるテロリストだ。
あくまで耳に入らなかったことにしてアレンはその場を去る。
もう何も関係がないこと。それだけは確かなのだから。
ご無沙汰しています。
今日、酷い雨の中、悲しい知らせが私のもとに届きました。
トラヴィスが亡くなったと、そう知らせを受けました。これを書いている今もにわかには信じられません。
ウォーターウッドヴィレッジが先住民の襲撃にあって、トラヴィスのお嫁さんも、あなたの孫も一家全員殺されてしまったそうです。
私はどうすれば良いのでしょう。縋り、泣きつく相手もあなたを失った私には分かりません。
ねぇ、貴方。私たちのやってきたことは正しかったのでしょうか?
人間がより良い未来を作るために旅立った貴方、それを見送った私。貴方を待つ長い間の中でいくつもの悲劇を新聞に見てきました。
その多くが、住む土地や家族を奪われた先住民による報復です。
人類が生きていくために流れる血があることは理解しています。それでもこうして悲劇を目にするたびに私は私の正義を疑問に思うのです。
そして今日、そんな悲劇が私の間近で起こってしまいました。悲しい気持ちが募るけれど、そうした考えが憤りを覚えることを拒否しているのです。
それに、近い将来、貴方の成した事が明るい未来に変わることを信じているから。憤りを覚えて悲劇を繰り返しては明るい未来など到底訪れはしないでしょう。
だから、今はこうして一人、涙を流すしかないのです。でも今日この日ほど貴方の存在を願ったことはありません。
叶わぬとしても、今だけは私のそばにいて欲しかった。
とうとう私は独りきりです。
それでもまだ、変わらぬ愛を。
山小説を経て、更新再開。ごめんね。
さて、更新が尋常じゃなく遅れた理由としてちょっとこのまま続けられないかなというものがありました。風呂敷は広げすぎたが畳む気はある。
それはオマージュ露骨すぎて二次創作の疑いがかけられてたからですね。なんとかしないと削除対象になりかねないし、無名も無名作家がオマージュ!オマージュ!と叫んでも無駄です。
そこでやりすぎたオマージュ部分を変更します。具体的に言えば3章のサルタナさんとか。ちょっと、やりすぎた。ちょっとずつ変更して、小説大賞に出しても怒られないくらいになったらいいですね。
では、これよりアカペラ再開。




