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暁のデスペラード  作者: 飯来(いいらい)をらく
CHAPTER 4:EL DIABLO
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EL DIABLO・10

 一夜を明かした大佐とローザの二人はグレイフォードまでやってきていた。メイスンヴィレッジと同じく山のふもとにあるこの町はフローディアの人が住める土地の中でも涼しく、グレイフォードを分断するように小さな川が流れている。町の規模はフローディアの中心でもあるシディアと比べると小さいものだが、他の町に比べれば比較的大きい。シディアからは距離があるのでそんな田舎町の基準で言えば十分すぎると言えるだろう。


 ゆえに大佐が町のざわめきに気づくのも時間の問題だった。


 二人がやってきた時にはすでにマックグロウ判事の遺体は棺桶に入れられ、保安官による現場の捜査も早朝に終わった後だった。休日であるにもかかわらず町にはどよめきが溢れ、それとなく住民は互いによそよそしい。

 大佐はそれを不審に思い、すぐに新聞売りの少年から新聞を買った。少年はローブに包まれた異質な人影に若干の恐怖を覚えながらも口ひげを蓄えた、紳士ともガンスリンガーともつかぬ初老の大佐に新聞を渡す。


 アーネスト・マックグロウ判事。何者かに殺害される。


 彼の死は大きな見出しになっている。良かれ悪かれ町民の関心を集めた男の死。マックグロウは背後から襲われ背中をめった刺しにされて自宅で倒れていた。復讐を試みようとした人間が恐れていた用心棒は首を吊って死んでいた。普通の殺人とは到底思えないその異常な現場に捜査は難航しているという。


「・・ミス・ノーバディが近いらしいな」


 記事を読みながら雑貨屋でコーヒーを飲んで記事をローザに渡す。


「これが彼女の仕業だと?」


「分からないかローザ。判事の家の近くの人間は誰も銃声を聞いていなかったそうじゃないか。その上で二人も完璧に殺すことができた。同じ穴の(むじな)として敬意や称賛すら覚えるよ」


「ですが、どうしてそのようなことをする必要があったのでしょう。これも彼女にとっての仕事の一環なのでしょうか」


「餌だよ」大佐のそれはもはや確信だった「我々に餌をまいた。そしてそれに飛びつくのを待っている。彼女の尻尾を掴んだ私たちを生かして帰さぬつもりだろう。今こうして、コーヒーを飲んでいる最中にも彼女は私を殺そうとしている」


「追われているのは私たち・・ということですか」


 ローザは昨日の大佐の言葉を思い出す。


「そうだ。白昼堂々多数の市民がいる前で我々の息の根を止めようとしないことを願うばかりだがね」


「それはないと言い切れますが」


「だからここでコーヒーを飲んでいられる。お前もゆっくりするといい。どちらかが死ぬまではこの戦いは終わらない。ロバート・A・ヴァルヴェルデ。奴はここまで見通せていたのだろうか」


 ローザはようやくコーヒーを口にして、大佐の口から出た男について考えた。大佐とミス・ノーバディが殺しあう。その名を知っている者がいるのならどちらかが犠牲になるのは誰の目にも見えている。大佐にはその結果以上のものが見えているのだ。ロバートはそれを見据えていたのかどうか。少なくとも今の自分にはそれを理解することができないでいた。ただ、この案件がミス・ノーバディを相手にすること以上に一筋縄ではいかないことは分かっている。


「ここを出てからの計画は?」


「いくら計画を立てようと彼女はそれを見透かして奇襲を仕掛けてくるだろう。私には彼女の顔は分からない。彼女を相手にするなら優位に立とうと思うべきではなく、最初から追い詰められたネズミのように事を運ばなければならない。自己評価の相違は致命的だ」


「マスターにそこまで言わせるとは」


「私はただの力だ。人間として誰に勝っていようと劣っていようとそれは関係がない」


 その割には大佐には余裕が見えた。敵に対しておっかなびっくりの主人ではないことは重々承知ではあるがローザには不安が影を見せている。


「だから彼女よりも先に先手を打つ必要がある。他ならぬ奇襲によって」


「奇襲においては私たちも確固たる自信があります。ですが相手はミス・ノーバディですよ」


「何も見えぬところから襲い掛かるばかりが奇襲ではない。彼女が思いもよらぬ攻撃を仕掛けるのが奇襲というものだ。コーヒーは飲み終えたかローザ」


「ええ」


「ならこの町を出よう。彼女は我々を見つけている。先ほどから雑貨店を訪れている人物の一人か、はたまたコーヒーを飲む我々を窓からのぞいたのかどうかは分からないがね」


 彼女は標的を絞った。それを見つけるのは容易いことだろう。大佐たちはそれを把握して彼女の目に付く場所に出てきたのだ。


「勝負を仕掛ける場所は既に決まっている。決められていたという方が正しいか」


 銀貨をテーブルの上に置いて立ち上がる大佐は雑貨屋を出ると周囲に目を凝らしてから馬に跨った。


「なるべく早く走らせろ。その馬なら私の馬についてこれる。お前の騎手の技量も信じているぞ」


「分かりました。マスター」




 

 弱肉強食という言葉がある。弱き者は強き者に淘汰され、成す術無く消えていく。それが自然界の掟である。人間もかつてはその掟の中にいた。だが人間は本能の他に理性を持っている。人間の始まりが禁断の果実を口にしてから一糸まとわぬことを恥と知り、同時に罪深き理性を背負った。

 やがて人間は文明を築き、社会を構築し、本能で動く動物と一線を引き隔てた。弱肉強食の中に人間はいない。万物の創造神がその中にいないように、人もまた、身の上を知らずに自然界から抜け出して文明社会という世界を新たに構築したのだ。


 だがそんな文明社会にも弱肉強食は存在した。強き者が弱き者を喰らう。そんな単純な意味とはかけ離れた複雑な弱肉強食が文明社会に生まれた。本能と理性は切り離して考えることはできない。これは必然だ。

 それは子供にとってはあまりにも理不尽なことでもある。力もなく個人的な富もない。親や周りの人間の力無しには生きていく事すらできない。誰もがそんな弱き者の立場から始まる。

 そこで強き者に淘汰された時、彼らは大人よりも激しい憎悪と執念を身に付ける。自業自得の理すらあてはめられぬ彼らにはあまりにもその一撃は強く、理不尽なものだ。

 何としてでもこの借りは返さなければならぬ。その思いが目覚めた時、復讐の刃は個人に向けられるのではなく文明社会そのものに向けられる。

 善や悪が人間を形作るのではない。平等が善良な人間を作り、不平等が邪悪な人間を作り出すのだ。


 雑貨屋に入った不審な人影を小腹を満たす食料とともに見つけたアーニャは気づかれぬようにレイモンドと二人でその人影を追っていた。

 この二人もまた不平等から生まれた異質な形の人間だ。でなければ彼らは執念とともに文明社会を脅かす力を身に付けることは無かっただろう。


「どこに行くつもりかしら」


「さぁな。だがコーヒーを飲むためだけにグレイフォードにやって来ただけとは思えねぇ。餌がバレたかもな」


「でも逃げてるわけじゃないでしょう?」


「ああ、紛れもなく誘ってやがる」


 問題はどこで仕掛けてくるかだ。グレイフォードから少し離れると大きな森の中に入る。道こそ切り拓かれてはいるが数十年前は先住民の土地でもあった。彼らの名前はエルフ。開拓者が神話から付けた名前だ。

 森は鬱蒼と生い茂り、視界が利きづらく奇襲を仕掛けるなら絶好の場所だろう。木々の上から弓矢を放つエルフに多くの開拓者が命を落とした。人よりも寿命が非常に長く、知己と弓矢に長け、木の枝の上を颯爽と駆けるエルフはアパッチ族やコマンチ族など、西部で好戦的だったネイティブアメリカンよりも脅威だったのは言うまでもない。

 だが弓矢よりも高い殺傷能力を秘めた銃と、押し寄せた移民により構築された開拓者の数は、限られた種族の内で交配を行ってきたエルフをあっという間に絶滅寸前までに追い込んだ。

 今はただ空っぽになった森が茂っているだけだ。


「この先は・・分かってるんでしょうね?」


「ああ。メイスンヴィレッジだろ?」


 旧・聖なる子供たちの家のある村だ。先住民と同じく社会に淘汰されつつあった子供たちに復讐の刃を握らせた場所。まだ幼く名前すらなかった少女は自分の名前より先にこの世界の理不尽さを知った。そして少女はナターリアの下へ行き、アナスタシアという名前をもらったのだ。


 大佐がどういうつもりかは知らないがその場所に向かっているというのなら間違いなくそこで勝負をかける気だろう。


「覚悟は出来てるのか?」


「誰に向かって言ってるのかしら?」


 レイモンドは押し黙ったままで答えなかった。



 

 

 旧・聖なる子供たちの家は忘れ去られたようにメイスンヴィレッジの端にある。メイスンヴィレッジのどの家よりも立派なたたずまいだ。白塗りの土壁に正門には立派な柵まである。創設者であるマット・スティーブンスは紛れもない善人であり、投資家でもあった彼が、平等な生活を孤児にも与えるべきだと多額の金をつぎ込んで作られたものだ。後に彼は院長とともに変死を遂げている。

 かつて花壇に植えられた花は枯れ、それを養分に雑草が生い茂っている。伸びた草のつるが柵を侵食し、土壁を侵食し、窓に与えていた光を陰らせた。

 取り壊すべきだと言う意見もメイスンヴィレッジの村民から出たが入所した子供の失踪以来、良くない噂が絶えず続くこの孤児院に近づこうと思う者は出なかった。

 アーニャとレイモンドはまるで幽霊屋敷のように佇んだ孤児院を見ている。大佐たち二人の乗っていた馬の影はないが、ここにいるのは間違いないと確信があった。

 アーニャの胸を言いようのない不安とナターリアの嫌な笑みがなじる。あのいびつな笑いを浮かべる女の手のひらの上に自分がいるような気がしていた。それは昔の孤児院を前にしているからだろうか。


「大佐はなぜここに来たと思う?」


 レイモンドが孤児院を睨みつけるアーニャに問う。


「知らないわよ」


 ただ大佐の手よりも大きな魔の手がこちらへ手招きしている感覚を覚えていた。それを認めようとはしない。たとえ本当にナターリアの手の内にいるのだとしてもそこで怯え竦むわけにはいかない。それではあの女は殺せないのだから。


「それよりもう一つの影は誰よ。殺し屋が二人いるなんて聞いてないわよ」


「・・それについて情報はない。大佐の名前はあちらこちらの無法者の耳に届いてる。常に相棒がいるならそいつの情報だって一緒に入ってくるはずだ」


「じゃあどっかの馬鹿が一緒に付いてるってこと?私も舐められたものね」


「そうじゃねぇって分かったうえで言ってんだろ」


 そう。その通り。自分と同じく周囲に認識されない者を連れているに違いない。半端者を連れて歩くならばそれは自殺行為だ。


「ともかく数は同じだ。手前と俺。大佐とその相棒。勝負を決めるのはその実力だ。自信のほどはどうだ?」


「誰に向かって言ってんのよ」


「その自尊心が身を亡ぼすことにならなきゃいいがね」


 闇の中で生きてきた少年少女。闇の中を歩いてきた大佐とローザ。白昼の中、二人は門を開けて堂々と正面から入っていく。そこには闇が広がっていた。雑草で覆われた窓は僅かに光を漏れさせるばかりだ。


 訪れた白昼の中の漆黒。闇に生きる者同士が息をひそめてその瞬間(とき)を待っていた。


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