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暁のデスペラード  作者: 飯来(いいらい)をらく
CHAPTER 3:RISE OF SARTANA
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RISE OF SARTANA・10

 道中、目の前を歩くキリングバイツは何も言うことは無かった。周囲を警戒するように歩く彼女は風が吹き、窓ガラスが音を立て揺れようものならすぐさまそちらへと目をやった。その足取りはまさに荒野を歩く獣のようだった。


 沈黙。マリアとサルタナ、そして距離を置いてキリングバイツ。足音だけが狭い路地に響く。その沈黙に耐えかねたのかキリングバイツが歩きだしてから初めて三人の間に小さな声が上がった。


「・・あの子知ってるの?」


 サルタナの袖をつかむマリアは不安を隠しきれないようだった。無頼を体で表すような戦い方をするサルタナも恐ろしいものだが、前を歩く少女の成した殺人を見ているだけでマリアは鳥肌が立った。それは畏敬や称賛ではなく純粋な恐怖から来るものだ。

 マリアの目には鋭利な刃物が宙を舞いサンティーニたちの部下の中に飛び込み、恐れもなく、躊躇もなく、殺意だけを持ってその首を切り裂いていったように見えた。キリングバイツと名乗ったその少女は純度の高い殺意が少女の形をして歩いているだけにも思えていた。


「噂には聞いたことある程度だがな。俺にとっちゃサンティーニよりはまだ実態がある。心配すんな。名前を知ってりゃ少なくとも付いて行く意味はあるってことだ」


「名前って・・それだけであの子の言ったことすべてを信じる気?」


「俺のいたところじゃ名声にすべての価値があった。どれだけ自分が強いと豪語しようが周りが知らなきゃ意味がねぇ。目の前を歩く奴の名前は知っている。俺にゃそれで十分だ。いい意味でも悪い意味でも馬鹿しかいねぇんだよ。俺の知ってるフローディアにはな」


 サルタナももちろんすべてを信じているわけではない。だが純粋に興味があった。キリングバイツという存在に。そしてその名前に。サンティーニを相手にするよりはまだ面白いというものだ。



 

 狭い路地を抜け、早々に大通りを横切り、建物の数が少なくなってくるころ、マリアは急に走り出した。自分より先に前に出たマリアを見てキリングバイツはその姿を追おうと思ったのか一瞬だけ走り出したがすぐにその歩みを止め、また元のペースで歩き出した。

 サルタナは突然のことに仕方なく走り出す。小洒落たスーツはやけに走りづらい。


「なんだ、急に走り出して!」


「そっか・・!新しい家(・・・・)だ!なんで気づかなかったんだろう!」


 質問にも答えず嬉々として走るマリアにサルタナは首をかしげるばかりだ。その小屋の住人が足音に気づいたのか片手に銃を持ったまま外へと出てきた。ぬっとあらわれたその影にマリアの足は止まる。表情が強張る。サルタナはマリアの隣まで行き住人の顔を窺う。サルタナの手にもまた銃が握られていた。



 新しい家。それはマリアとデイビッドで一度孤児院を抜け出した厩のことだ。偶然見つけたそれは寂れていて、中には馬すらいなかったが二人にとっての特別になるには十分だった。誰もいない自分たちだけの場所。他人が住む豪邸と住む者のいない厩。子供達なら多くが後者を取るだろう。

 そんな小屋から出てきた見知らぬブロンドの白人の男はキリングバイツが目に入ったのか、警戒の表情を崩す。それどころか眉間にしわを寄せ、ゆっくりと口を開き、まるで信じられないものでもみたような顔になっていた。


「アレン、約束通り、連れてきた。約束、分かってる、よな?」


 アレンは答えない。前を見てはいるがキリングバイツには視線すら寄越さない。


「返事は、どうした。約束を違えると、殺すぞ」


「・・・兄貴か・・?」


 ゆっくりと近づくその男にアレンは静かに尋ねる。


「その声・・アレン・・?お前、アレンか?」


 サルタナもまたブロンドの男に尋ねる。両者ともに返答の必要はなかった。

 



「・・ややこしいことになったな」


 マリアがデイビットとルイスの再会に喜んだのもつかの間、押し黙る余所者(ストレンジャー)たちに気圧されて風の音だけが場を満たす厩の中で眉間にしわを寄せながらサルタナがこぼす。話は単純になるどころかさらに複雑に。聞きたいことが増えただけとも言える。


「まず・・誰が最初に話すか決めません?」


 レイナはあぐらをかいて座るサルタナから目線を外しながら全員に問いかける。彼女も強盗団『暁』に所属してはいるが考えてみればその顔ぶれはとても荒くれ者の集まりとはいえない。屈強なガンマンを代表するのは英雄フランク・レッドフォードだ。サルタナの悪人面には子供がわらわら寄ってくるフランクなど足元にも及ばない。そんな悪人面が敵ではなく、味方としてこちらにつくというのだから扱いが難しいというのも不思議ではない。


「・・俺からでいいか?」


 全員の顔を窺った後でサルタナが地を這うような声を出す。


「構わないぜ、兄貴」


 アレンは手のひらを差し出して会話を促した。その呼び方が一番の注目の的になっているのだが。


「これで全員か?」


 あえて誰がどうのこうのとは聞かなかった。最初に聞くのは優先度の高い情報からだ。


「俺たちはこれで全員だ。助っ人にゃちょっと足りないかい?」


「いや、足りなくはないだろう。サンティーニの連中とおっかっけっこしてる間に何人もぶち殺してんだ。そこのガキが言ったように連中が二十人程度なら残すはあと数人ってとこだが。まぁ、それが本当かどうかも怪しい」


「同感だ。索敵に、回す、人数が、多すぎる。犯罪組織にしては、統率も、実力も、大したことが、無い。私が、思うに、野盗並みか、それ以下だ」


「サンティーニの連中がそれだけの力しか無いってんなら有り難いけど、そうはいかないだろうなぁ」


「つまりまだサンティーニの人たちは本気を出してないってことですか?」


「どうだかね。だが奴らの組織にダメージを与えたような手ごたえはない。倒したのは雑魚ばっかだろうな。未だ天使の羽は遥か彼方にあるってこった」


「・・・天使の羽だぁ?何言ってんだアレン」


 耳慣れない場違いな言葉にサルタナもまた首をかしげる。


「さすが俺の兄貴だ。やっぱ同じ反応するよなぁ。こいつ曰く相当ハイになれるマリファナみたいなもんなんだってさ」


「・・お前、昔あれほどハッパには手ぇ出すなって言ったろうが。あと、兄貴っていうのはもうやめろ。随分前の話だろうが」


「天使の羽は俺がハイになるためじゃねぇ。・・仲間が重傷でそこら中に弾を食ってる。抜くのに麻酔として使うだけだ。それと、今更言われたって直しようがねぇぜ。ミスター・サルタナ、なんて呼ばれ」


「サイモンだ。人の名前を忘れんじゃねぇ」


 アレンの言葉を遮り、サルタナは強く言い放つ。面食らったアレンは本当に目の前の人物の名前がサイモンだったかと考え直したが、とっさに目の前の子供たちにサイモンと名乗っていることを思い出す。自分はこれでも兄貴思いの人間だ。たった一年だけの恩でも、そう呼ばせる理由が分からなくとも、それくらいのことをする義理はある。


「あの・・話の流れから察するにお二人は兄弟なんですか?」


「似てると思うかい?レイナさん」


 口角と眉をあげるアレン、顔のパーツを動かそうともしないサルタナ。レイナはそんな二人を交互に見てから口を開く。


「いえ、全然」


「だろ?このサ・・サイモンは俺の兄貴分だ。俺がまだガキの時に世話になった。ハリケーン・フロム・ウエストなんてギャング団作って小さな町を奪い取ったもんさ」


「その名前を出すんじゃねぇこっぱずかしい」


「それ自体には全然驚きがないんですけど、むしろ今よりも悪いことしてた昔のアレンさんに驚きです」


「銃の撃ち方も脅迫の仕方も必要なことは全部そこで教わったからなぁ。あれがなきゃ、俺は場末の酒場に居座ってるただのギャンブラーさ」


「そういえば今のお前は何やってんだ。まさかこんなガキ連れて遊びまわってるわけじゃねぇだろ?」


「悪いが兄貴、俺にはそういう趣味はねぇ」


「そりゃよかった。で、なにやってる?賭け事で生計成してるってわけじゃねぇだろ?」


 アレンは少し俯いてから返す。


「・・昔みたいに徒党を組んで悪事を働いてるよ。金持ちになりたきゃそれが一番早い」


「他の仲間もこいつらみたいなガキか?」


「んなわけねぇだろ。兄貴からしたら俺もガキに見えるんだろうが、俺から見ればガキはこいつら二人だけだ」


「それにしてもよくガキだけ連れてここまで来たもんだ。人選間違ってるんじゃねぇか」


「ほっといてくれ。そうせざるを得ない状況だったんだ。兄貴の方こそ味方がガキしかいないんじゃないのか?兄貴らしくもねぇ。それになんだその恰好。聖職者にでも転職したのか?」


「お前と同じ返答をしてやるよ。恰好については・・俺の趣味じゃねぇことくらいお前も分かってんだろ。嫌々着させられてるんだよ。この生意気な娘っ子さんにな」



 子連れ狼が二人、聞きたいことを聞くだけ聞いた後で本題に移る。リオ・コントレーの住人たちはまるで余所者のように黙っているままだ。


「・・これ以上のおっかっけっこはやめだ。単刀直入に聞こう。サンティーニたちの本拠地はどこだ?」


 マリアは顔をあげる。まさかたった三人仲間が増えただけでいきなり殴り込むとは思わなかったが慎重に言葉を選びながら話しだす。


「・・サンティーニ・ファミリーの本拠地は分からない。まぁ、潰そうとするだけ無駄だけど。でもルッシオ・サンティーニが天使の羽を売っているところは知ってる。町のずっと奥、宮殿って呼ばれてるところだ。動いてない限りはルッシオはそこにいると思う」


「・・・貧民街に、宮殿ねぇ」


「他の家に比べれば立派な宮殿だよ。ちゃんと見たことは無いけど、少なくとも屋敷とは呼べる」


 アレンは自分がサンティーニの部下に絡まれた場所を思い出す。おそらくはあの位置から宮殿まではすぐだったのだろう。何かがある。あの思い付きは間違っていなかったということだ。


「兎にも角にもそこを潰すしかねぇってことか」


「おじさん、やる気満々だねぇ」


「やる気も何も、泥沼に足突っ込んじまったんだ。クソッたれなことに引き返す道はねぇ。泥沼に沈みつつ向こう岸を目指すしか他ねぇんだ。幸い、幸運のうさぎも見っけたことだ。賭けに出るってなら出てやろうじゃねぇか」


「うさぎさんいるの!?」


「あぁ。こいつが・・」


「兄貴、悪いが期待には沿えねぇ。なかなかの不運っぷりだ。道中腕に弾食らったばかりだ。サンティーニの連中に追われて死ななかっただけ幸運ともいえるがそれ以上の幸運は起こらねぇだろうよ」


「んなこと言うなよアレン。お前から運気を取ったら何になる」


「さぁてね。いいとこ狐共に追われるだけのウサギってとこか」


「・・どのみち準備がいるよ」冗談を交わしあうサルタナたちとは反対にマリアの口調はやけに重苦しい「あいつらを相手に戦うってなら必要以上の準備をしても足りないくらい。いい考えとは思えないけど、一つだけなんとかできそうな考えはある。ねぇ、あんた・・アレンで良かった?」


「ああ。できることならなんでもやるぜ。お使いには慣れてる」


「あんたにはデイビッドと一緒にピーターって男の人を尋ねてほしい。あたしがフィリップ意外に唯一信頼できたこの町の人間なんだ。この貧民街じゃ顔も聞く。サンティーニの事はあまり快くは思ってなかったみたいだけどね。だからこそきっと力になってくれると思う」


 深いため息の後、アレンが口を開く。


「・・ガンマンでも用心棒でもなく、一般市民なのか」


「だからこそなの。この町の人間がサンティーニに不満を持っているなら、この町の状況を覆すなら今しかない。それもあたしたちだけで戦うんじゃなく、みんなで立ち向かわなきゃ意味がない。この中に町の人間の先頭に立って先導できる人間はいない。余所者と力の無い子供たちだけだ。彼にしかできないことだと思うんだ」


 アレンは宙を眺めたまましばらく黙っていた。考え事をしているわけでも無いように見えた。ただ、宙を見ていた。


「引き受けるには引き受けるぜ。やれることはなんでもする。なんでもしなきゃ目的も達成できねぇ。生きて仲間たちの下にも帰れねぇ。要は俺たちがサンティーニたちとぶつかり合うから町民連れだして協力しろって言うんだろ?・・・だが」


 アレンがマリアを濁った瞳で見つめる。見つめられているとも思えないような生気の無い目つき。


「こういう場合、お前の言う通りには事が進まねぇかもしれねぇぜ。それだけは言っておく」


 アレンはマリアの書いた簡単な地図を頼りに厩を後にする。不気味な沈黙だけがその場に残った。


「・・あいつもフローディアを随分渡り歩いてきてんじゃねぇか」


「・・それは、どういう意味?あいつの言ったこと、あんたも分かるっての?」


「お前にゃ分からねぇさ。だがいずれ分かる。ここで生きてくってのはそういうことさ。んで、残された俺はどうすればいい?」

 



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