DJANGO・8
淡い水色の光が暗闇の大地を照らしてはいるがカイルの目の前に立ったアレンとヒイロの姿はカイルには見えなかった。この光は見えているのではない、感じているのだ。
余計な感覚が多すぎる。空気の振動、地鳴りのような低い音、絶えず襲い来る重圧。動くことさえままならない。
銃弾がカイルのコートに当たり肩に鈍い痛みを与える。コートは銃弾を弾くことができるが、この痛みなら体を貫かれた方がまだマシだ。カイルは被弾する度にそう思っていた。
できれば当たりたくはない。だが肩に残る鈍い痛みがカイルの何かを一瞬だけ引き戻した。重圧は消え淡い水色の光も失せ、まっすぐに立つことができた。痛みに悶え歯を食いしばるその一瞬だけ。
「・・なるほどねぇ」
痛みが幻覚から自分を引き戻した。自分の体の感覚に集中することで大地を感じ取るのをやめたからだろう。だがそれを行い続けるのは容易ではない。敵は暗闇の中。僅かな空気の振動や殺気を読む必要が今のカイルにはある。
おそらく敵は石碑の裏に隠れたのだろう。真っ向勝負では敵わないと見て後ろから自分を襲う気でいる。ならば受けて立とう。
自分の敵はいつだって暗闇から襲い掛かってくるものだ。
カイルは気づくことができなかったが、アーニャは一人カイルから離れて隠された宝を探そうとしていた。無数にそびえる石碑の中それが埋められているのか置かれているのかは不明だが、アーニャはこういった宝探しには慣れている。
アーニャは大きく息を吸って吐く。呼吸を整え、体を巡る血の流れを穏やかにする。自分の体がこの大地と一体化するように、アーニャは自分の存在というものを希薄にしていく。
カイルが自分を保とうとしている中でアーニャはこの大地に身を任せることにした。
するとアーニャにも淡い水色の光が見え、立っていることが困難にも思えるほどの重圧と激しい耳鳴りが襲ってきた。カイルの見えている世界。彼がこの世界を断ち切ることができないでいるのならこれは彼にとってかなりの不利だろう。
さて。
最果てにはそれぞれの役割があるとイヴは言っていた。多くの場合それを察するのはネイティヴにも困難なことだが断片を掴むならアーニャでも可能だと。
重圧と、淡い光。そして石碑。石碑と断言してしまうことには少々疑問だが、いずれにしたって何者かが何かの意図をもって立てたのだろう。その意図をどうにかして読み取れればいい。
重圧はその感覚を覚える者の動きを制限しているような気がしている。この大地は力を飲み込んでいるのか排除しているのか。
・・・おそらくは後者だろう。前者だとしたらカイルや自分は死に至っている。もし、力を排除しようとしているのなら、イヴをここに連れてくれば良かった。すぐにでも彼女はそれを確信に導いてくれる。絶対に拒否するのだろうけど。
虚無の大地。草木も生命もないフローディアの最果て。
ともすればこの淡い光はなんだろうか。うっすらと大地を這うように一帯を照らしている。
「これ、宝のありかなんじゃないの?」
宝の正体は不明だが、この淡い光は虚無とは対極に位置しているような感覚を与える。何もない中にある何か。アーニャはもう一度深く息を吸う。大地を踏みしめているはずの自分の足が消えていく。大地にすべてを委ねる。
淡い光が濃くなっている場所を数百メートル先に確認した。
アレンは慎重にカイルを狙って引き金を引く。暗闇の中でも面白いくらいに銃弾が当たる。今日のツキは上々といったところか。だがまるで
「面白くねぇ。ちっとも面白くねぇな」
またこの手合いか。頭を吹き飛ばさなきゃ死なない類。南軍を倒したら次は北軍ときた。自分は半世紀前にでも戻ったというのだろうか。冗談じゃない。南北戦争は過去の話だ。いつまでも過去にこだわる亡霊はとっとと消してしまえばいい。
カイルの銃弾がアレンの背後の石碑を削る。
「どうしたのろま少佐!?ヤケになってんのか!?」
「いいや至って冷静だよにわとり君!君が臆病でなかなか陰から出てこないから然るべきことをしたまでだ!」
「だーれが臆病だコラァ!いいぜ真っ向勝負だ!だが手前もそのうさんくせぇ北軍の軍装をほっぽり・・」
不快な音がアレンの鼓膜を引っ掻いた。背後の七メートルはあろう巨大な石碑がアレンに向けて傾き落ちてくる。
「おいおい・・マジかよ」
轟音とともに地面が揺れ、石碑が大量の粉塵を巻き起こす。
「ジャックポットォゥ・・」
親指を立てるカイルは背後から襲い来る気配に気づけず、散弾の雨をもろに背面で受ける。数メートルほどカイルは吹っ飛んで内臓が焦げ付いたかのような臭いを自分の体から感じた。口から鼻から、血が流れ出た。
「あんた、もう少し強かった気がするんだけど」
捨て台詞を吐くヒイロの前でカイルはどうにか立ち上がる。
「そりゃ・・・どうも。君とは結局立ち合わなかったがそれなりの評価を頂けてたみたいで光栄に思うよ」
ヒイロは静かに顔をしかめる。やはり、散弾銃ですら効きはしない。まったくの無傷というわけでもなさそうだが、散弾銃が本来与える結果に比べれば無傷もいいところだ。
「それで、君たちの本当の目的は?彼女を追いにこんなとこまでやってくるか普通?」
カイルはひょうひょうとした物言いで血痰を吐き出し、砂埃を払う。
「本当も何もない。彼女を返してもらいに来た」
正確に言えば彼女の持つ金を。
だがヒイロの心中を言えば金なんてアレンに預けた理由でしかない。ヒイロは『暁』としては今初めて自分なりの目的をもってこの場に立っている。
この男を倒したい。自分の目に狂いが無ければこの男は今まであった誰とも比べられない強さを持っている。比べられるとしたら、それは己の力だろう。だからヒイロは試したかった。
自分がこの男に勝てるのかどうかを。
「どうあってもやる気みたいだなぁ・・。やれやれ、できれば避けたい事態だったよ」
カイルもまたヒイロの底知れない力を感じていた。まともに実力を見てはいないが、自分を睨む鋭い目つきや殺気がただ者ではないという事を教えてくれた。
風も吹かない荒野で二人はSAAとC96を抜く。何がきっかけになるわけでもない。互いの何かが互いの銃を抜いていた。そうして互いが銃を抜いた時にはすでに両者とも引き金を引いたあとだった。真っ向の早撃ち勝負。
カイルはコート越しに胸のど真ん中を、ヒイロは直接足を撃ち抜かれる。
外したのではない。ヒイロには分かっている。狙う気なら頭や心臓を狙い撃っていた。彼は勝負を一瞬で終わらせたくなかったのだろう。自分はそれを望んでいなかった。余裕綽々。心持ちで言えばカイルの勝ちだろう。
だがガンスリンガーとして生きているヒイロにとって勝敗はどちらかの死によって決められるものだ。それを曲げるつもりは到底なかった。
「おいおい・・」
カイルは目を疑った。防弾のコートに孔を空けられていたのだ。銃弾が心臓を貫くことはなかったがこれには驚きを隠せない。
目の前にいる赤い髪の男はおそらく今の一瞬で二回引き金を引いたのだろう。ピンポイントに同じ位置をめがけてピースメーカーをファニングしたのだ。考えられるのはそれだけしかない。
カイルはにやりと笑う。この青年、やはりただの悪漢では言葉が足りない。
それでいい。それがいい。勝負はこれからだ。
足を撃ったのは自分と同じ状況に引きずり下ろすため。お互い満足には動けないだろう。防弾のコート、禁断の地が与える感覚、散弾銃、足の銃創。
これでお互い公平になった。
ヒイロが飛び込んでくる。カイルの思いとは裏腹に足の傷はものともしていないようだった。
冗談じゃない。だがそれすらも自分は求めている。
カイルは足を静かに踏み込んで腰をグッと下ろしヒイロの下に踏み込む。散弾銃の引き金を引こうとする右手を掴むとヒイロを後方へと投げ飛ばす。
何が起こったのかヒイロにはまるで分からなかった。放たれた散弾が近くの石碑や地面を削る。
右手は掴まれたのではない。触れられただけだ。脆い殻の卵をやさしく握るように。
その瞬間、足が地面から離れた。踏みしめるという感覚を強制的に忘れさせた。自分の体は宙を舞い地面に叩きつけられた。
「今まで相手にしたのは魑魅魍魎とガンマンだけか?なら何が起こったのか分からないだろう」
ヒイロは踵を返し、再び飛び込んでいく。今度は散弾銃の引き金を引いた後で。
カイルはコートを翻すしか無くなった。正面から撃たれたのでは守るべき箇所があまりにも多すぎる。この青年、憎らしいくらいに頭が切れる。
隙が生まれる。弾を込めてダメ押しの三発目を至近距離で放つつもりだった。今度こそひとたまりもなくなる距離だ。防弾コートだろうが何だろうが、確実にこの男を死の果てに追いやることができる。
引き金を引くかどうかというところでカイルの長い脚がヒイロのみぞおちめがけて飛んでくる。強い集中的な衝撃がヒイロの横隔膜を圧迫させ呼吸を困難なものにさせた。
足を振りかぶったのもヒイロには見えなかった。まさに弾丸の蹴り。しなやかさと強靭さを併せ持った二発目の蹴りはヒイロの側頭部へと振り抜かれた。
すぐには立ち上がることができず、もがくヒイロの両足を銃弾が貫く。
「さて・・君の負けだ。その足じゃ俺にはもう届かないだろう。もう立ち上がってくれるなよ?殺したくはないんだ」
この青年はまだまだ強くなれる。フローディアに生きる移民たちもあながち馬鹿にはできないものだ。この劣悪な環境で全力を出し切れてはいないとはいえこの自分にしっかりと痛手というものを負わせてくれた。殺してしまうのはもったないし、そうする理由も何一つない。
カイルは足を踏み出す。あの重圧を再びその身で感じた。
「・・なんてこった」
取り戻したということは失っていたという事。紛れもなくカイルはヒイロとの戦いの中、この大地がもたらす呪いから解放されていたのだ。思わずほおが緩む。落ちた帽子を拾い上げて深くかぶるとカイルは鼻歌を歌いながら闇の中へと消えていった。
完膚なきまでに敗北した。仰向けで倒れるヒイロの目の前にはまばゆいまでの星空が広がっている。くりぬかれた大地の中で静かに炎がくすぶっていた。
悔しいという感情が自分にもあったとは。
アレンはしょっちゅう顔を歪ませて不満を爆発させていた。ヒイロにはどうしてそこまで怒りを露わにできるのか不思議でならなかった。怒りとはもっと静かで凶悪なものだ。怒りの矛先には青い炎を燃やし、すべてが終わるまで決してそれを絶やさないこと。機関銃のようにわめきちらしたところでどうなるわけでもない。
きっと、これが悔しいという事なのだろう。この敗北を受け入れることができない。望むなら何度でもあの男に勝負を挑みたい。もっといえば、あの場面でああしていれば、こうしていればと無駄な考えばかりが頭を埋め尽くしている。
ヒイロの顔が綻ぶ。それが何に対してなのかはヒイロには分からなかった。
「綺麗な星空だ」
ヒイロは息を吸い込んで目を閉じた。まぶたの裏にさえ満点の星空が見えていた。




