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【8】おバカな兄貴が歴史を変える?

健司、真司、そして小日向。


東京の片隅のありふれた住宅街。


部屋の窓から児童公園が見える。ビビットカラーにペイントされた滑り台が、朝露に濡れて光っていた。


セラミックのヒーターが小さな音を立て、狭い六畳間を暖めている。


二杯目のコーヒーを啜りながら小日向がつぶやいた。


「やはり、ほんとうだったんだ」


そしてずれかけていた眼鏡の中央を指で支えた。


俺が大学で健司と仲良くなったのは、偶然じゃないんだ。


小日向が何かとてつもないことを話そうとしている。


健司と真司は瞬きをやめた。


「俺はただの歴史オタじゃない。この知識は、ひいじいさんから受け継がれたものなんだ。小さい頃から叩きこまれた。歴史の本流を。英才教育ってやつだ。特に俺んちは、そういう家系なんだ」


「また、ヒナタッチは冗談きついよ。どういう家系よ、それ」


「歴史の番人とでも言えばいいのかな」


――歴史の番人!!


健司と真司の声がユニゾンで部屋に響いた。

--


真司が突然笑い出した。笑いが声にならない。ヒイヒイいいながら、「それってドラマかなんかの見過ぎじゃね」とのけぞった。


小日向は顔色も変えず話を続けた。


「前世って知ってるよな」


「輪廻転生か」


健司が身を乗り出した。


「今度はスピリチュアルかよ」


真司はやる気なさそうにベッドに寝転がった。


「世の中には生まれ変わりということが、やはりあるんだ」


そして、同じDNAを持って生まれてくる特異な例がある。それがふたりの健司だというのだ。ふたりの魂は四次元空間の歪みが作用すると、容易に入れ代わってしまうらしい。


「それは仮説で、実例など無いに等しかった。ただ、健司に大学の学食で出会った時、俺は何かを感じてしまったんだ。同性同名というだけではない何かを」


半信半疑だった。そして健司と付き合ってるいるうちに、彼のちゃらんぽらん加減に、やはりありえないという結論に到達しようとしたところだったらしい。



「驚いたよ」


「だが、小日向君。君が歴史の番人というなら、この現実をどうとらえるんだ」


健司は冷静だ。もし入れ替わりがほんとうなら、大変なことになるのではないか。


「歴史がかわるってか?あの兄貴が歴史をかえるキーマンだってえ?マジすか」


「真司君。茶化してみても駄目だよ。彼は多少であっても、歴史をかえる。幕末のことは、ドラマになったりしているから、多少の知識があれば、自分の立場がわかるはずだ。俺は切腹するらしい。彼がそれを知っていたら、回避しようと動きまわるに違いない。そして歴史を変える」


「そこなんだ」


小日向の顔色が曇った。


「歴史の番人だなんて偉そうな肩書きだけど、いってみれば机上の役目だ。歴史の資料に異変がないか、歴史上の建造物や文化財に異変はないか見張っているくらいが関の山だ」


「そんなことあるわけないじゃん」


「俺もついさっきまではそう思っていたよ。でも、いよいよ始まったんだ」


「いよいよ?」


健司が聞き返す。


「次元空間の歪みが生じたということは、ほかにも魂の入れ代わった人間がいるという可能性だってある」


「把握はしているのか」



「いまのところは健司、お前だけだ」


「で、何か変わったことはありましたか?」


「まだ、何も」


あってからでは遅いのだと小日向は言う。


「もし、異変が起こったとしても、俺達には何もできない」


ドラマなんかじゃ、歴史の流れを守る時空警察みたいなのがあったりして、うまくおさめるのだろうけれど、タイムスリップみたいな現象すら科学的かつ具体的に示すことのできない人類は、ましてや魂の入れ代わりなどの謎を解くなんてできはしない。


「だけどさ、見つけたんだ」


小日向は携帯を取り出し、ブックマークをクリックした。


ハンドルネームはユイカ。出身地は京都。


新京極で不思議なオヤジに出会った〜。


という題名の記事。


真偽のほどは確かめてみないとと、小日向はそのブログの記事をクリックした。


「平間さん……」


健司が絶句した。


記事の頭に画像。うらなり瓢箪みたいな顔をしているが、眼光の鋭い男が、コワモテでVサインしている。


「こんなところでVサインですか……」




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