毛玉君と『銀猫』
*7龍宮都side
俺は今、『クラッシュ』のたまり場に来ている。
皆が、俺を可愛がってくれるのを感じて(弟としての人と恋愛感情の人両方いる)、何だか嬉しくなる。まぁ、どうでもいいやつに恋愛感情向けられても困るけど、好かれてるっていうなら、それを利用することぐらいはできる。
「都! このお菓子食うか?」
そう言って、俺に笑いかけてくるのは、小学生のころからの親友の、木下圭弥だ。
黒髪をなびかせた鋭い目つきの男である。
「食べる、食べる!」
俺は甘い物が好きだから、そう言って、笑った。
圭弥からもらったチョコレートをほおぶりながら、りー兄が作ったお菓子食べたいな、なんて思った。
今、りー兄は、『龍虎』の総長『龍姫』をどうにかするために動いていて、忙しいらしい。
あー、りー兄とかわた兄とかに会いに行きたいな。
…四宮学園に遊びに行ってみようか?
なんて、俺は考える。
しばらく、圭弥達とのんびり話す。
皆俺に優しい。とはいっても下心あるやつもいるけど。
俺は気に行った奴となら、結構ヤる。だから軽いっていわれるけど、別に誰とも付き合ってるわけじゃない。
上三人がバイなせいか、別に男同士にも偏見はない。
というより、普通にかー兄もわた兄もりー兄も家に恋人連れてきてたし(男女とも)。
「あ、葉月さん、こんにちはー」
のんびり話しこんでいたら、葉月さんがやってきた。
…葉月さんは、かっこいい人だ。
というより、俺は葉月さんにあこがれて此処に入った。
まぁ、りー兄に葉月さんは滅茶苦茶惚れてるんだけれども、全くりー兄は葉月さんに靡かない。
俺は別に葉月さんならりー兄と付き合ってもいいと思ってるんだけど、どうやら葉月さんはりー兄の好みではないらしい。
「おう」
葉月さんが、返事を返す。
そうして、葉月さんは奥の部屋へと向かう。
そうして向かう中で、葉月さんのスマホが音を立てた。
……あれ、この曲って、葉月さんが確かりー兄専用に設定してる恋愛の歌だよね。俺よく知らないけど。
「理人!?」
あ、やっぱりりー兄だったみたい。
葉月さんは嬉しそうに声をあげて電話に出た。
『………』
「じゃ、やっちゃうのか?」
『………』
「おう、オッケー。理人の頼みなら喜んでやる!」
『………』
「そりゃ、俺理人の事大好きだし!」
『………』
「うっ、冷てぇな…。ま、そこが理人らしいけど」
遠くて会話はよく聞こえない…。何を話しているのだろうか?
しばらくして、葉月さんは電話を切った。
その口元は緩んでいて、りー兄と何を話していたんだろう、と俺はただ思う。
葉月さんは、その口を緩ませたままに、俺達、下っ端達の方を向く。
そうして、告げるのだ。
「―――お前ら、抗戦の準備だ!
理人の合図次第で、『龍虎』をやる」
そうやって、笑う、葉月さんは総長の目をしていた。
「理人の頼みだ。聞かないわけにはいかない。それに、俺は理人の味方をしてぇからな。
異論はないよな、もちろん」
そう言って、問いかけてくる葉月さんに、俺たちはもちろん、大きく返事を返したのだった。
「当たり前です!」
「りー兄の頼みだし」
「葉月さんが決めたなら」
「総長がそう望むなら!!」
…ああ、楽しみだ。
りー兄の、敵。それを潰せるのは本当、楽しそう。
それを思って、俺は笑った。
*篠塚響side
俺は、今…、操に連れてこられて生徒会室に居る。
操にべったりなのは、会計の峰義彦だけだ。
副会長はすでに学園に居ないから仕方ないとして、どうして他のメンバーは操を囲まないのか不思議に思う。
…安住も、渕上兄も真面目に仕事をしている。渕上弟は渕上兄に話しかけていて、会長は何故か、落ち込んでいるように見える。
前までべったりだった気がするのに、何か違う。
「なぁ、螢、隗、由月、暁! 俺と遊ぼうぜ」
そう言って、操が笑いかける。
「俺様はそんな気分ではない……」
会長は、沈んだ声でいった。
本当に何があったのか聞きたくなる沈みようだ。
「僕たちはー」
「仕事とか、色々」
「「したいから」」
同じ顔でそんな事を言う、渕上弟と兄。
「…ん、おれ……、しご、する」
そうやって、途切れ途切れに拒否する、安住。
そもそも、昔の俺も含めてだけど…、松崎だって副会長だって、何よりも操を優先していたはずだ。
だけど、今の生徒会メンバーは何か、違う。
「な、何でだよ! 俺が遊ぼうっていってんのに」
「そうだぜ、みさちゃんが誘ってんのにさー」
操と、会計がいった。
「ごめんねぇ?
僕、仕事しなきゃいけないんだ」
「う、何でそんな事いうんだよ! 隗の意地悪!」
「んー、意地悪言ってるつもりは、僕ないよ?」
そういえば、渕上兄と会長と安住は、一応前々から生徒会の仕事サボらずにやってたみたいだしな…。
「何でだよ、何でだよ! 俺が遊ぼうっていってんのに!
隗、前も俺と遊んでくれないっていったじゃん。意地悪ばっかしてると友達無くすぞー?」
「えー。僕普通に友達いるよ? それにこれは意地悪じゃないもーん」
「えっと、操! 隗も嫌がってるから…」
渕上弟は、操をそう言って止めようとしている。
「螢も何で俺と遊んでくれないんだよ!
隗の味方して……」
「んー…僕、操の事好きだけど、隗は大事なお兄ちゃんだから」
渕上弟は困ったように眉をひそめてそう言った。
……俺はこの場合、どうすればいいんだろうか?
いや、操が仕事の邪魔してるし止めなきゃだとは思うんだけど、操に嫌われるの、嫌だなって思ってしまう。
渕上双子を観察していたら、
バチッと、渕上兄と目があった。
「篠塚君さー。操の相手しててくれるー? 僕忙しいからさ」
そう言って、笑う、渕上兄。
……何故だか知らないけど、目が笑ってないように見えた。
「あ、ああ…。
操、生徒会室だと邪魔になるから、外でて、何かしようぜ?」
「邪魔って何だよ!」
「いや、仕事しなきゃみたいだから、俺とやろうな?」
どうにか俺は操を説得して、操と会計と共に、生徒会室を後にした。
*渕上隗side
あー、やっと出ていった。
そう思って、俺はあの害虫が出ていった事に対し、息を吐く。
……篠塚の事は、理人に聞いてたんだよな。
理人があの害虫から放す予定だって、教えてくれたから。
それにしても、と俺は会長の方を見る。
「はぁ……」
…どんよりと沈んでいる会長。
はっきりいって気持ち悪い。
何て言うの? 普段の俺様ぶりにもいらつくけど、落ち込んでるってねぇ?
それにしても会長いなきゃ、素で話してもいいんだけど。
…つか、俺が僕とか語尾伸ばしてたり本当、我ながらよくうやってると思う。
~~~~♪
スマホが鳴り、画面を見れば理人からのメールだった。
『隗ー、毛玉君今誰と居る?』
と、それだけのメールだ。
近々、菅崎……『銀猫』を使って害虫にダメージ与えるって言ってたからな、あいつ。
それにしても、菅崎が『銀猫』とは思ってなかった。
『いねぇよ。さっき篠塚と下半身連れて出てった。
あと会長が落ち込んでて気持ち悪い』
それだけを送信すれば、理人からすぐに返信があった。
『あー、会長落ち込んでるの?
それは気持ち悪いね。でも会長が落ち込んでんの、俺のせいかも』
……何で理人のせいなんだ?
俺はとりあえず、それを聞く事にした。
『今生徒会室居る?
そっち行くからちょっと待っててよ。
あ、会長に言っといて。多分気持ち悪い反応するだろうから」
…理人、お前いつ会長と出会ったんだ?
まぁ、いい。
理人がここに来るって事は会長はこっち側に来たって事だろう。
「会長」
俺は、会長を呼ぶ。
もう、隠すのも面倒だから、素の言葉で呼ぶ。
「理人にあったの?」
俺がそう聞けば、会長の瞳は見開かれた。
いつもの俺と違うのがわかったのだろう、その瞳は驚愕に染まっている。
螢も、由月も急に素を見せた俺に驚いている。
「……え、あ、ああ」
「ふーん、そ。理人こっち来るって」
「おまえ…、その、話し方!?」
「あー。馬鹿だね。会長。俺こっちが素なんだよ?
ま、俺の演技は完璧だから仕方ないだろうけど」
そう言って、俺はにっこりと笑ってやった。
本当、気付かないとか馬鹿すぎるよな、会長は。
みるみるうちに顔が驚愕に染まっていく。
「さ。佐原理人と知り合いか?」
…何か妙に会長の顔が赤い気がする。
こいつどうした? …理人に惚れたか? それはそれで嫌だな。
理人は俺のお気に入りで、同類だし。ま、理人が会長と付き合う事はありえないだろうけど。
そんな事を思いながら、俺は笑っていう。
「そうだな。同類かな。
ま、普通に仲良いけど。今も理人からメール届いたわけだし」
「な、メ、メアド…」
この調子だと、メアドさえ教えてもらってないな、会長。
ま、理人は嫌いな奴はとことん拒否しそうなタイプだからな。
俺も会長嫌いだし。生徒会って繋がりなかったら会長とメアド交換なんてしてなかっただろうし。
というか、俺様のくせに妙に弱弱しい。何だこいつ、隠れドMか?
何か、本当、気持ち悪いな…。
「あ、ちなみに螢も由月も理人と接触してるぞ?」
「なっ…」
「ま、メアド知ってんのはこん中じゃ俺だけだけどな?」
からかうように、勝ち誇ったように笑えば、会長は悔しそうに俺を見る。
ふーん、害虫にあんだけ夢中だったくせに、今は理人に夢中なわけか…。
そんな事を思っていたら、生徒会室の扉がガチャリと開いた。
「お邪魔しますー」
理人である。
会長が理人を見た瞬間動揺した。
とりあえず気持ち悪いから放置で、俺は理人に話しかける。
「よう、理人。
会長が落ち込んでる理由って何だ? 会長が理人にでも気持ち悪い言葉でも言ったか?」
見るからに理人に恋をしてしまったらしい会長を汚物を見るような目で俺は一瞥し、想像した事を言う。
「うん。すごーく、気持ち悪く口説かれて、俺鳥肌立ちそうになっちゃったんだよね」
「それは…、ドンマイとしか言いようがないな。こんなのに口説かれるとか人生終わってる」
「だよね。第一俺、会長の性格好きじゃないし?俺面白い奴とかっこいい奴と可愛い子が好きなんだもん」
「そーか…。そりゃあ、会長はどれにも当てはまらないな」
「だよね。あ、隗は面白い奴に当てはまるから好きだよ?」
「そうか。俺も理人は面白い奴だからお気に入りだ」
「ちょっと、待て、お前ら!! ほ、本人の前で」
会長が何か喚いて、俺と理人は会長の方を見る。
「それに、俺様はかっこいい!!」
そして会長はそんな戯言を言い放った。
「かっこいい?
何処が? ねぇ、隗。俺には会長がかっこいいなんて全く思わないんだけど、隗は?」
「もちろん、かっこよさのカケラもないな。そもそも会長をかっこいいと思う時点で目が曇ってる」
隗がはっきりとそういえば、会長がショックを受けた顔をした。
「そもそもだよ? 偏見に惑わされて会長ってば、愛ちゃん殴ったんだよ?
あ、愛ちゃんわかる? 俺の友達の光永愛斗」
「あー、会長にだかれに来てたあいつか。会長抱くだけ抱いてポイって感じだったからなぁ」
そんな会話に益々会長が顔を青ざめさせている。
「本当最低だよねぇ」
「本当、最悪だよなぁ」
「…うぅ」
あ、会長が涙目になった。
いつもの調子で喋ってただけなのに、涙目になる会長。
結構打たれ弱いのか、会長。
「「なんか、気持ち悪いね(な)」」
俺と理人の声が重なった。
やっぱ理人って俺と同類だと思う。
俺と理人ははもった事に対し、顔を見合わせて笑った。
「か、隗も、さ、佐原も、会長涙目だよ!!」
螢がそう言って、会長を庇う。
螢は優しいなぁ、と何だか温かい目になる。
「螢は優しいなぁ…」
「隗は本当、ブラコンだよねぇ」
俺の発言に理人は面白そうに笑う。
ブラコン…なのは認めよう。
だって、螢可愛いんだ! 俺の弟は誰よりも可愛く優しいんだ。
だからこそ、あんな害虫になんかやらない。
「…ひ、ひどいぞ、二人とも」
「あー。泣かないでくださいよね? 会長の今までの行動が悪いんですから。
そして会長、さっさと愛ちゃんとでも他の親衛隊の子とでも付き合っちゃってくださいよ。
俺そっちの方は気分的に嬉しいんですけど」
理人、本当容赦ねぇ。
好きな奴に他の奴勧められるって多分グサグサ来てるな、会長の胸に。
実際ますます涙目になってる。
「あ、そうそう。隗。篠塚君の方は『銀猫』がちゃんとやってくれるって」
「…よく承諾したな?」
「あはは、そんなのもちろん色々言って頼みこんだにきまってんじゃん。嫌だって最初は拒否してたけどね」
篠塚を、菅崎がどうにかするか。
本当、理人は色々よく考えるものである。
まぁ、俺も悪知恵には自信あるけど。
害虫の周りを徹底的に消し去ろうとする、その考えには、俺も同感だ。
邪魔な奴は消す。
敵には容赦しない。
俺はそんな生き方をずっとしてきたから、理人に共感できる。
「で、うまくいくのか?」
「さぁね。ただ俺は絶対にうまくいくっては確信してるけどね」
そう言って、理人は不敵に笑う。
自信に満ちた笑みに、こちらまで、口元が緩む。
「そうだ。会長。毛玉君の正体まだつかんでないですよね?」
理人は、突然、会長の方を見ていった。
「正体…?」
…正体って言えば、あれか。
『龍姫』ってことか。
『龍虎』のお飾りの姫。
全員に愛されしもの、そして会長達も追いかけていた存在。
「はい。
香川操―――本名、原口操は、『龍虎』の、『龍姫』です」
その言葉に会長は、固まった。
無理もない。
俺だって最初は驚いたのだ。
だって、あの『龍姫』である。
そもそも思うに、何故あいつは、この学園に居たのだろうか―――?
「『龍姫』は『銀猫』に惚れてるらしいんですよね。それでわざわざ来たらしくて」
「は?」
理人の言葉に、今度は俺が驚きの声を漏らした。
「あは、隗、驚いた顔してる」
そう言って、理人は笑うけど、ちょっと待て。
菅崎=『銀猫』で、あの害虫が『銀猫』に恋してる。
何か、ゾワワって鳥肌立ってきた。あの害虫が、好きな奴おっかけて此処まで来たって…。
というか、菅崎、可哀相だ。
あんな、害虫に惚れられるなんて、俺なら逃げるな。
「そりゃ、驚くだろ」
「だよねー。俺も『金猫』に聞いてびっくりしたもん」
…っておい、『金猫』とまで知り合いなのかよ。
「会長さー、『龍虎』潰す気ある? あるなら、葉月と共同戦線してもらいたいんだけど」
にっこりと笑う、理人。
本当、こいつって謎で面白い。それを実感する。
「…葉月って、『クラッシュ』のか!? 知り合いなのか?」
「まぁね。それで葉月にも『龍虎』の件頼んでるからさ。会長も俺に頼まれてくれない?」
…理人の笑顔に会長の顔が赤くなった。
何だか、気持ち悪い。
それに少し、苛々した。会長の気持ち悪い顔にはうげってなるし。
「わかった。俺様はやる!」
「隗達も手伝ってくれる?」
理人が、俺の方を見て、問いかける。
それに対し、俺も、螢も、由月も頷いたのだった。
ま、由月は菅崎のために頷いたんだろうけど。
*菅崎真希side
俺は今、『銀猫』の姿で、篠塚響、香川(本名は原口らしい)操、峰義彦の前に立った。
「ぎ、銀猫!!」
香川が、叫ぶ。
その顔が妙に赤い気がして、ぞっとした。
……香川に好かれても嬉しくない。
俺は美乃君にそう言われたら嬉しいのに、というか、美乃君以外にそう思われても、嬉しくない。
「…誰だ、お前」
俺は、低い声を出して、香川に言った。
「俺はお前なんか知らないんだが…。
そっちの篠塚響と、峰義彦は知ってるがな」
そう言ってやれば、香川の顔が、歪む。
「お、俺は、『龍虎』の、総長、だ」
顔を赤くしながら、香川が言った。
香川は、馬鹿なのだろうか?
峰義彦は『ブレイク』のメンバーで一応敵なのではないのか。
どうして、ばらしたのか。
実際、峰も篠塚もぎょっとしている。
「ふーん。で、それが?」
「そ、それがって…。お、俺は」
「俺はお前に何か興味ない。失せろ」
『銀猫』の時…、菅崎組の次期組長として動く時…、俺は結構こんな感じ。
仲良い奴らの前じゃ、もっと砕けるけど。舐められるわけにはいかないから。
…実際、理人にも冷たく言えと頼まれてるし。
「てめぇ、みさちゃんにそんな…」
「黙れ。峰。俺は、俺の親友が興味を持ってる、篠塚響に会いに来ただけだ」
そうやって、わざと、篠塚を指名する。
実際、理人は篠塚を香川の傍から離したいって思ってるから。
篠塚は驚いたような表情を浮かべて、俺を見ている。
だけど、俺はそんなの気にしない。
「な、何で、響を…」
「失せろといったのが、聞こえなかったのか?」
一応、ばれたら面倒だからって、サングラス装備してるんだよね、俺。
「ぎ、銀猫! 俺は、俺は、あんたが、す、好きだ」
…駄目だ。
そんなこと言われて、ぞっとした。
望に事前に聞いていただけれども、何て言うか、恐ろしい。
思わず、ブルッと体をふるわせたくなったが、我慢する。
「み、みさちゃんは、『銀猫』が好きなのか?」
「そう! 俺はだから、だから、この学校に!
『銀猫』…俺と、俺と…」
「気持ちわりぃ」
この言葉は本心だ。
何だろう、頬を赤らめて、俺を見つめる香川。
これは、上目遣いという奴か?
そして、俺の返答を待っていて、断られるはずがないという自信がうかがえる瞳に、本当に心からぞっとする…。
自分が、愛されるのが当然…そんなアホな考え、どんな育て方すれば持てるものなのか、俺にはわからない。
…俺は、菅崎組の息子だ。
だから恐れられたし、その名に脅えられた。
そして、時期組長として、俺は……、理人同様、敵に容赦する気はない。
…理人がやろうとしている潰しは、やりすぎかもしれないけど、俺は、俺を脅えない理人の、俺のかけがえなのない親友の味方をする。
「き、気持ち悪いって…」
「泣きそうな顔をするな、気色悪い。さっさと失せろ」
「なっ…」
「あ、そーだ。そこの峰をボッコボコにしてみるなら、少しは考えてあげてもいいかな?」
もちろん、考える(・・・)だけだけど。
峰がぎょっとしたような顔をしている。
まぁ、そりゃあそうだよな。
『龍虎』の総長『龍姫』は半分お飾り、半分は実際に実力がある。
…峰は、『龍姫』には勝てない。
「本当、か?」
「考えるのはな」
「本当だな! じゃあやる!!」
本当、こいつって……理解できない、と思うのは俺だけだろうか。
「な、み、みさちゃ…」
信じられないモノを見るように、香川を見る峰。
だけど、そんな奴に、香川は容赦なかった。
ボコッ、と拳が振るわれる。
……本当どういう神経したら仲良くしていた奴をこうまで一方的にぼこせるものかね。
そんなに俺を好きなのかどうか知らないけど、呆れるというか嫌悪感しか抱けない。
「篠塚響」
俺は、驚いて固まっているその存在に声をかけた。
香川は、殴るのに夢中でこちらを向いていない。
「…こっちに来いよ。理人も、俺も篠塚とダチになりたいから」
近づいて、小さく呟けば、篠塚はぎょっとした顔をして、こちらを見た。
「すが……」
そして気がついたように口を開く。
そんな篠塚に向かって、俺はしーっと人差し指を口の所に持ってきて、言わないようにと釘付けする。
それに、篠塚は頷いた。
しばらくして、その一方的な暴力は終わる――。
そうして、顔をあげた香川の目に映るのは、近距離に居る俺と篠塚。
「なっ――、響! 何で『銀猫』にそんなに近づいてるんだよ!」
…俺が篠塚に近づいたのだが、何なんだろうこいつは。
「おー、本当にこんなにボコボコにしたのか?」
「ああ! 思いっきりやったぞ! これで、考えてくれるんだよなっ」
目をキラキラさせて、期待したように口元を緩めている香川。
そんな香川を絶望させるための言葉を俺は放つ。
「あー。やっぱ無理」
「なっ…、か、考えてくれるって」
「考えるだけはしたけど…、無理かな。第一、さっきまで仲良かった奴を簡単に殴れるなんてクズ俺嫌いだし」
実際、香川と付き合えとかいわれたら、逃げる。
逃げられないなら死んだ方がマシだと思う。
第一、俺美乃君が好きだし。
「それは、『銀猫』が、やれって!!」
「俺がやれって言ったからってやるのが、間違ってる。
さっさと失せろ、目ざわり。あ、篠塚響は置いていけよ?」
「な、何で……」
「何でって、気に入ったから。よって、お前邪魔」
……そう言った後、落ち込むかと思ったのだが、やっぱり香川は香川だった。
「そんな意地悪言うなんて! 俺が好きだって言ってんのにっ。そ、そうか、『銀猫』! 響にそう言えって言われたんだな! 俺と付き合うなって」
…親友を、悪役に仕立て上げ、現実逃避か、というか、妄想だよな、これ確実に。
全て都合のよい風に解釈して、何が楽しいんだか。
思わずうんざりする。
篠塚も流石に眉をひそめて、怪訝そうな顔だ。
そして、どこか悲しそうに香川を見る篠塚を見て、本当香川って…と思わずに居られない。
「操、俺は―――」
「響の馬鹿ぁあああ!」
うお、いきなり篠塚に殴りかかってるし…。
俺は驚きながらも、篠塚と香川の間に入り込んで、香川の拳を止める。
「な、何で、何で、響のみか――」
「失せろといったのが、聞こえなかったのか」
「そ、それは響に」
「脅されてない。消えろ」
そう言って、俺はサングラス越しに、香川を睨みつけた。
そうすれば、香川は涙目になって(てか実際に泣きながら)、その場から、
「ぎ、銀猫の馬鹿! 俺を苛めるなんて、俺が、俺が好きだって言ってるのに。馬鹿ぁあああ!」
なんて言いながら、去っていった。
いや、もうあいつ本当に何なんだ?
ちなみに一応、峰は呼んでいた家の連中に運んでもらった。
*篠塚響side
「よし、篠塚。理人の所いくか」
操が去った後、菅崎はそう言って、俺に笑いかけてくる。
俺は、一連の流れに茫然としてしまう。
…いや、だって、菅崎真希が、『銀猫』で、操の好きな相手。
それでいて、誘導して会計をぼこさせ、言葉で操を負かした。
……そして、操は俺を悪役にしたわけだ。自らに都合よく解釈するためだけに。
悲しい、と思った。
ああ、結局操は誰でもよかったのだ。
傍に居るなら。
それを思えば、何だか、情けない事に悲しくて涙が溢れそうになってきた。
菅崎に、行くぞ、と言われ、後に続く。
そうしてたどり着いたのは、一つの教室だった。
此処は多分、授業では使われていない空き教室のはずだ。
「理人ー」
菅崎は、そう言いながら、ガラッとその部屋の扉を開けた。
……空き教室の中には、佐原、渕上双子が居た。
何で、双子が居るんだ?
と、俺は思ってしまう。
「おー、流石真希。
ちゃんとやってきたね」
「…一応うまくやった自信あるけど、あの香川意味不明。
俺は、王道は好きだぞ! BLの! だけど、だけど…あんなウザイ王道は嫌だぁあああ!」
王道って何だ…?
それにしても、菅崎が、『銀猫』。
『銀猫』を操が好きで、何だか、頭がこんがらがってくる。
それに、渕上双子が何故此処に居るかも、よくわからない。
「で、どんな感じだったの?」
「お、俺に告白してきやがった…。き、キモイ! 滅茶苦茶キモイ!」
「あー。マジ?
で、下半身はどうしたわけ?」
「ん、予定通り香川が峰をぼこるように誘導した」
「はは、流石、俺の親友だね!
あ、篠塚君こっちおいでー」
佐原理人に呼ばれ、俺はそちらに行く。
菅崎組の次期組長であり、『銀猫』である男――菅崎真希。
その存在と対等の、佐原理人。
そこには確かに絆がある気がして、何だか羨ましいと思ってしまう。
佐原に促されるままに、椅子に腰掛ける。
この空き教室、私物ばかり置かれている。
確か噂で、此処は開かずの教室だったんじゃ…。
「篠塚君、俺ねぇ、今香川君と信者を潰してるんだ」
そう言われて、ああ、そうなのかと納得する。
「篠塚君ね、いい子っぽいから、こっち側に引きこんじゃおうって、香川君から離してみたんだ!
でさ、篠塚君一人嫌なら、俺とか真希とつるもうよ」
にっこりと笑う、佐原。
…仲良くしようって言ってもらえると何だか少し嬉しい。
操は、結局俺何かどうでもいいって、さっきので自覚してしまったから、なおさら、何か嬉しい。
操の、誰でもいいっていう友情じゃなくて、佐原達は俺自身に友達になろうって、言ってくれてるんだって思うと、胸が熱くなる。
「…友達、なる」
そんな言葉しか放てなくて、それなのに、佐原達は優しく笑っていた。
「ところで、佐原…、何で双子が?」
「理人でいいよ? 俺も響って呼ぶね
何で居るかって、隗とは親友になって、渕上弟はそれで少し話す仲になった感じ?」
そんな、さは……理人(何か呼び捨てって照れる)の言葉に俺は驚いた。
理人は、生徒会親衛隊。
それなのに、生徒会と仲が良い。
…驚いても無理はないだろう。
「親友…?」
「ああ。理人は面白い奴だからな。あ、さっきは害虫押し付けてすまないな」
「口調が…。それに、害虫って…」
「あー、俺こっちが素だから。害虫はもちろんあの宇宙人に決まってんだろう」
渕上隗と渕上螢はそっくりな双子だと思ってたのだが、どうやら違ったらしい。
操が、害虫で、宇宙人……操の前では笑顔だったのに、心でんな事考えてたのか、と驚く。
「ま、隗とは色々あって仲良くなったんだよね。
まぁ、渕上君はまだ毛玉君に何か感じてるみたいだけど」
「……んー。僕は、操が見分けてくれたの、嬉しかったから」
「だから、螢。俺たちを見分けられる奴なんて他にも居るって! つか、あんな害虫が螢の恋人になるとか俺は許せないし、あの害虫目ざわり」
「本当、あの毛玉君邪魔だよね。俺の大事な親衛隊の子達傷つけるしさ」
「だから、潰すんだろ?
理人の考えたプラン、滅茶苦茶楽しそうだしなぁ」
「ぼ、僕はやりすぎだと思う!」
「螢さ、やりすぎって言うけど、俺はやられたらとことん潰すべきだと思うけど…。
まぁ、俺は家の関係で敵は容赦なく潰せって仕込まれたからな…」
上から、理人、渕上隗、渕上螢、菅崎の言葉である。
理人も、渕上隗も、菅崎も…、操に容赦する気はないらしい。
操…俺に笑いかけてくれた友人だった人。
それを潰すって話は聞いていて複雑な気分になる。
だけど、俺は、理人達側に居たい、とそう思ってしまった。
……仲良さげな姿が羨ましくて、俺も混ざりたいって、そう思ってしまったのだ。
そういう、信頼関係のある、仲間が、俺もほしいなって。




