田中さんと渉兄、そして企む俺
*龍宮渉side
ど、どうしよう。
そんな思いが俺の心を埋め尽くしていた。
俺の目の前には、
「渉! あの、渉の弟の奥さんの人最低なんだ!
俺を、俺を……」
ボロボロと涙を流す、操が目の前に居る。
…俺は、操の味方をしたい気持ちはある。
だ、だけど!! 理人に逆らうなんて恐ろしいし、流石に弟と操のどっちの味方するかといえば、理人の味方をする。
それに…、翔の奥さんの麻理さん(呼び捨ては拒否されてさん付け)は理人とどこか似ていて怒らせたら恐ろしい。
第一麻理さんは、『蝶姫』と呼ばれていた最強の不良だ。
理人は不良ってわけじゃないし、麻理さんの方が確実に強い。
…というか、多分強さでいったら麻理さんが学園最強。
麻理さんと、理人を二人揃って敵に回すとか、…精神的に潰されそうで恐ろしい。
「あ、あのな、操…俺は」
操は、あの人の子供だし、正直愛着はある。
…一番好きなのは隆道だけど、あの人――原口勇夫の事も少なからず好きなのだ、俺は。
……、ああ、操。
ごめんよ、俺はどうしても味方だとは言えないんだ。
「……俺は、操の味方はできない」
そう言えば、操の涙が止まり、俺をじっと見つめる。
そして俺に向かっていった。
「なんでだよ! 渉、誰かに脅されでもしてるのか?
渉は今まで俺と仲良くしててくれただろ! 何で、そんな…」
嘘だろとでも言う風に、操は嘆き、涙を流し、俺を見た。
「あー、と、その…」
正直に言ったら、理人と麻理さんに怒られるし、言うわけにはいかない。
口籠ってしまえば、
「やっぱり、脅されてるのか!?」
なんて、操に言われた。
ああ、どうしよう。
俺って何でこんな頭が回らないんだろうか……。
翔も理人も、都も頭が回って、すぐに色々な事をできるというのに…。
「なぁ、渉は俺の味方だよな?」
上目遣いでそう言われて、返答に困る。
どうすればいいかわからなくて黙っていたら、
「そうだよな、渉は俺の味方だよなーっ」
と、嬉しそうに抱きつかれた。
ぎゅっと抱き締められる体。
ああ、本当にどうしよう…。
俺こんな操を拒絶できない…、いや、でも拒絶しなきゃいけないんだけど。
ああ、どうしよう…。
困っていたら、理事長室の扉がガチャリと開く。
「……何をしてるんです?」
入ってきたのは、隆道だった……。
…その顔は笑顔だけど明らかに怒ってる。
あぁああ!
操が抱きついてるから、隆道が怒ってる。
ああ、どうしよう、どうしよう……。
うぅ、なんて思っていたら、隆道はずかずかと近づいて来て、
「離れなさい」
と、そう言って俺と操を引き離す。
って、隆道…な、何で俺は隆道の腕の中に居るんだ!?
操が、凝視してるんだが…。恥ずかしい。ま、まぁ、隆道に触れられるのは嬉しいけれど。
「な、お前何だよ!
何で、渉を抱きしめてんだよ!」
操が、隆道を睨みつける。
…み、操!
隆道が、凄い怒ってるから、そんな事言っちゃだめだ、と心の中で思いながらも俺は抱きしめられたまま、言葉を発せない。
「黙りなさい。
逆に聞きますけど、何であなたは俺のモノに勝手に抱きついてたんです?」
…あー。俺のモノって響きは何か、嬉しいな。
なんてただ抱きしめられたまま思う。
……なんだかんだ言って、俺は隆道が、一番好きだから。
「なっ、渉はモノじゃないだろ! そんな言っちゃいけないんだぞ」
「喚くのはやめてくれないか?
それに、渉は俺のモノ。それ以外は認めない」
「なっ――、渉、もしかしてこいつに脅されてんのか!」
「…あなたは馬鹿ですか?
いいからとっとと出て行きなさい」
……口論を続ける、操と隆道。俺はどうしたらいいのかわからなくて、隆道の腕に抱かれたままだ。というか、隆道が益々怒っている。どうしよう。
「なっ、出て言ったら渉にひどい事するんだろ、お前きっと!
渉を苛めるなんて許さないぞ!」
操の声が響く。
…確かにおしおきはされるだろうけど、隆道となら、別にいいと、俺は思ってる。
こんなんだから、理人に「Mって気持ち悪いよね」とか言われるんだろうけど。
「おしおきをするだけです。それに渉を苛めていいのは俺だけなので、とりあえず消えてくれないか?」
「なっ、お前……っ」
どうしよう、どうしよう…。
そればかりを思ってしまう、やっぱり。
ちゃんときっちり俺が出来ればいいんだろうけど、こういうとき俺はどうしていいかわからない。
困って、そればかり思っていたら、隆道の腕の力が緩み、俺は解放される。
そうして、名残惜しい俺に、隆道は言った。
「渉、あなたの口から言いなさい。
あなたが、俺のモノだと言う事を」
すーっと耳に入ってくる声に、ぽーっとなる。
「あなたに触れていいのが、俺だけだと告げなさい」
な、何か言われていて恥ずかしい。
いや、嬉しいんだけど…、なんというか、恥ずかしい。
というか、多分顔が赤くなってると、思う。
「なっ。渉はこんな意地悪な奴のモノなんかじゃない!
そうだろう、渉はそんな意地悪な奴と仲良くしないだろう!」
操が、そんな事を言っている。
隆道は真っすぐに、意地悪そうに、俺を見てる。
隆道の、そんな顔にドキリッとする。
「早く言いなさい。俺は渉の事を手放す気はありませんよ?」
………そんな風に笑われたら、言う事を聞かない、なんてできるはずもない。
「……操、俺は、隆道の、隆道のモノだ」
俺ははっきりとそう告げた。
それは、俺の本心からの思いだ。
だって、隆道のモノで、俺はありたい。
*香川操side
「……操、俺は、隆道の、隆道のモノだ」
渉の確かな声が聞こえた。その聞こえてきた言葉が信じられない。信じたくなくて、声が漏れる。
「なにを、言ってるんだ…?」
渉、渉―――俺に優しくしてくれた人。
その人が、俺に意地悪をした人のモノだと、自分で告げている。
何で!? どうして!? な、なんデ?
渉は、俺の味方だろ?俺の……。
「…俺は、隆道が、好きだから」
渉の声が響く。頭が真っ白になる。
そんな渉の言葉に、突然現れた男が嬉しそうに顔を緩めた。
そして、渉の耳元に顔を近づけて何か言った。
そうすれば、渉の顔は真っ赤になる。
「ほら、渉は俺のモノだって言ってるでしょう?
邪魔ものはあなた何ですから、消えなさい」
俺を、隆道と呼ばれたそいつは俺をきっと睨む。
ああ、何で、何デっ! 俺を睨むの? どうして?
俺は愛される存在だろう?
そう皆言ってくれたんだ。俺が好きだって、俺のためなら何でもしてくれるって!!
「邪魔って何だよ! 俺が居るのが邪魔って、そんな意地悪言うなよ!」
「意地悪?
あなたなんかにそんな事しません。目ざわりだから、消えなさい。
俺は渉におしおきしなきゃいけないんですから」
何で、何でなんでだよ!
今までこんな事なかったのに。
俺を邪魔なんて誰も言わなかったのに!
皆俺を愛してくれたのに。意地悪言う人は皆がどうにかしてくれたのに。
俺は何も悪い事してないのにっ。
俺はただ正しい事をしてるだけなのに。
俺にそんな言うなんて、皆おかしいんだ! 狂ってるんだ。
「渉、脅されてるんだろ! そいつに!
そうじゃなきゃ……、そうじゃなきゃ……、わ、渉が、俺の敵になるなんて、ありえない!!」
溢れる涙は止まらない。
悲しい、悲しいんだよ!
俺は泣いてるのに、何で、渉は、そいつの傍に居るの?
俺が悲しいのに、何で、そいつの傍に。
「脅されてはないよ……。俺は、狂ってなんか、ない。
それに、狂っててもいい、隆道が、好きだから」
どこか悲しそうに俺を見る、渉。
あぁああああ。何で、何で、何で!!
「わ、渉の馬鹿ぁああああ!」
俺は、机に上に置いていた、教科書を渉に向かって思いっきり投げた。
そうして、俺は、理事長室から逃げた。
……あそこにもう、居たくなかった。
意地悪、する奴なんて嫌いだ!
理事長室を後にして、俺は泣きながら走る。
ああ、ああ、何で何で!!
そうして走る中で、俺のスマホが着信を告げた。
そして、俺はディスプレイを見て、笑顔になる。
”律”と書かれたディスプレイ。
俺は、電話に出た。
*龍宮理人side
「まーき☆」
「…理人、どうした? 何かまたたくらんだのか?」
俺の目の前には、真希が居る。
金髪の髪をなびかせた、真希。
……『銀猫』状態の真希は、毛玉君の思い人でもある。なんて哀れなんだろうか。俺だったら気持ち悪すぎて耐えられない。毛玉に思われているとか。
「あのねー。下半身会計とかぶちのめしたらさ、『銀猫』の恰好で、毛玉君に会ってくれない?」
笑顔でそう告げれば、
「嫌だよ!!」
と、全力拒否された。
ちなみに俺らが今居るのは、サボり場の空き教室。
「えー。別になれなれしくしろ、っては言ってないんだよ?
寧ろこっぴどく冷たい態度とってよ。
隗にも何れしてもらう予定だしさ」
そうすれば、毛玉君も精神的ダメージ大きいだろうしねぇ?
考えたら楽しみになってきた。
「だ、だって!
『銀猫』として近づいたらやたら寄ってきそうで、怖いし!!
俺やだよ! あんなのに近づかれたら嫌だよ!
しかも、アイツ俺に惚れてるとか心底気持ち悪い事ぬかしてるんだろ!?
そんな奴に近づくとか、俺色々無理」
本当、真希って、一応次期組長のくせに、なんというか…、そうは見えないんだよなぁ。
というか、毛玉君心底嫌われてるし、まぁ、当たり前の事だけど。
真希は必死に何か言ってるけど、だからって、やらないってわけにはいかない。
俺は、真希に向かって言う。
「あのね、『銀猫』の外見で接触してもらって、それで篠塚君救出してほしいんだ」
そう、俺の次の目的は篠塚君。
……寂しがり屋の一匹狼、篠塚響を毛玉君から引き離す事。
「篠塚を救出?」
「そ、篠塚君をこちら側に引き込むんだ。
そうすれば、後は下半身会計潰しちゃえば、毛玉君はこの学園で独りぼっちになる」
その事を考えると、頬が緩む。
ああ、楽しみだ。
独りぼっちになった毛玉君はどんな行動に出るんだろうか…?
……そろそろ葉月にでも、連絡すべきかもしれない。
きっと、毛玉君をどうにかするためには、『龍虎』が出てくるから。
「んー。篠塚が香川の近くに居るのも何か、可哀相だし…、手伝う。それなら」
「流石真希、じゃあ、俺が指示する通りにやってくれる?
そうすれば、毛玉君は自分から篠塚君を手放すはずだから」
そうして、俺は真希に、指示を出した。
――篠塚君を救出するための、指示を。




