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16.居ないヤツは居るのか

「おい、アイツ今日も現れなかったのかよ」

 山から戻った是枝優(これえだ・ゆう)は恋人である中尾美保(なかお・みほ)に尋ねる。帰還時の挨拶も無く、それが第一声だった。

「うん、来てないよ。あれから大分経つけど、死んじゃったんじゃ無い?」

「ちっ、マジかよ。とことん役に立たねー野郎だ」

 是枝はイラついた様に入り口の柱を蹴る。元々立て付けの悪い家は、それだけで少し揺れた。

「他の人にも聞いてるけど、あの後見たって人は誰もいないよ」

 中尾とセットの長永裕子(おさなが・ゆうこ)も、首をかしげながら呟く。是枝と一緒に帰ってきた佐々木真一(ささき・しんいち)は今、取ってきた山菜類を他の女子に渡している所でこの場には居ない。

「焦げ茶はまだ有るけど、先を考えればもっと欲しいね」

 近くに居て、針を作製していた花咲悟(はなさき・さとる)も会話に入ってくる。

「黒は、もーねーんだよ! 最初っから2個しか無かったしよ。チョット試したら、直ぐに『電池切れ』だよ。大量にねーとあっちこっち行けねーし」

 彼らは、伸樹から『宝珠』を奪い取った翌日には『重力の宝珠』を使い切っていた。元々簡単に制御出来るものでは無い所に来て、2人で交互に試した事であっと言う間に使い切ってしまった。

 制御力も低かった事も原因の一つだ。『ゲートの宝珠』はまだ3つ残っている。これも2人が遠出からの帰還用に専用で使用している。

「別の川まで行きてーけど、肝心の移動の足が無きゃ意味ねーんだよ」

 『宝珠』が川で多く発見される事を知っている彼は、『重力の宝珠』を手に入れる為、別の川へと行く事を計画しているが、その為の『重力の宝珠』が無い、と言う事だ。

 泊まりがけの徒歩や、船で行けば良いのだろうが、『楽』を一度知った彼らはそれを良しとしない。

 意味の無い文句を繰り返す是枝に、佐々木も合流してきて、しばし無駄な会話が続けられた。彼らにとっては何時も通りの出来事だ。


 『彼女』は、その日も麻の繊維を裂いていた。出来るだけ細かく裂く事で糸の太さに近づけていく。本来ならばこの後に脱色などの工程が入るのだが、彼女達にその知識は無い。

 だからそのまま繊維の色が付いた状態で布を織り上げる。糸じたい均一では無く不純物も含まれる為肌触りも良くない。だが、冬が近い。時間が無いのだ。

 しかも『彼女』が作っている相手は、Tシャツしか所有していない。あと1月もせず厳しくなるだろう。だから毎日寝る寸前まで作成に追われている。

 そんな『彼女』の前に彼が来訪してのは午前中半ばの事だった。

伸樹(しんき)! ごめん、服はまだまだ掛かりそう。もうチョット待ってて、冬までには間に合わせるから」

 家を訪れた伸樹を、『彼女』は笑顔で向かい入れた。彼は時折この集団の元を訪れている。だが、今回はその間隔が空いていた為、少し心配していた所だったのでその喜びは二重の意味を持っていた。

 だが、『彼女』は彼の表情が常と違って硬い事に気付いた。他人が分かる程の違いでは無いが、何年も付き合っている『彼』と同質の存在なので『彼女』は気付いたのだ。

「どうしたの? 何か有った?」

 心配げな表情で問いかける姿に、伸樹は困った顔をして自分のほほをさする。それは彼の癖で、その事を当然『彼女』は知っていた。微妙に困っている際に彼が行う仕草だ。

 だから、『彼女』はそれ以上問い詰めず、伸樹が話すのを待つ。その彼が話し出したのは30秒程の沈黙の後だった。

「えっとね、今から見せるリストで、居ない人間を教えて欲しいんだ。取りあえず事情は聞かないでくれると助かる」

 彼の口調も表情も、『彼女』に対して申し訳なく思っている事が如実に表れている。だから『彼女』は微笑んで「いいよ」とだけ答えた。

 そして彼が見せたのは、木をスライスしたと思われる物で、紙に近い厚さの物だった。それが数枚ロールされている。

 ロールされたソレを開くと、焼きゴテで書いたような字で名前がずらりと書かれてある。『彼女』は一見して自分たちの名前のリストだと気付く。

 実際、1枚目のリストに『彼女』の名前が書かれていた。しばらくそのリスト確認していると、そのリストの中身が大体分かってくる。

「ねえ、これだけなの?」

「うん、これで全部」

 『彼女』の問いに伸樹は即座に端的に返してきた。

「これって、ほとんどが私たち3年3組で、後の8人は去年卒業した先輩だよ」

「やっぱりそうか・・・」

 『彼女』のその言葉を予測していたのか、伸樹はしばらく考え込んでいた。

「・・・で、その3年3組の中で、そのリストに載っていない人は居ないか?」

 言われて本題を思い出した『彼女』はリストを確認していく。出席番号順に確認していった。

 彼女達の学校は、1年から3年までクラス替えが無い。過去は1年から2年への進級時のみ実施していたが、8年程前からそれも無くなった。

 だから、彼女は全てのクラスメートの名前と主席番号は把握していた。その記憶と照らし合わせながらの確認だ。

 机に並べられた3枚のリストを、目で行ったり来たりしながら名前を追っている『彼女』を伸樹は黙って見つめていた。

 彼女は早い段階で、彼の求める者に気付いたが、念のためにと最後まで確認し、その上でもう一度最初からの確認を行った。

「1人載ってない人が居るよ。出来泰幸(でき・やすゆき)君」

 それを受け手の伸樹の返答は「そうか・・・」と言う短い物だった。だが、その表情から『彼女』は重いモノを感じていた。何か重大な事なのだろうと。

「その出来って男子はどんな人?」

 しばらくの沈黙の後、彼はそう聞いてきた。無理に表情を消した様な顔で、彼女の好きな『彼』の顔では無かった。それだけ何か思う事があるのだろうと推測する。

「出来君? 普通の生徒だよ。うーん、どっちかって言うと『おとなしめ』なタイプかな。ワイワイ騒ぐより本とか読んでるタイプ」

「・・・・・・この世界に来てる?」

「うん、居るよ。って言うか、3年に関しては全員来てるよ。1年は病気で休んでて運良く免れた子が居たみたいだけど。2年も全員」

 『彼女』は「出来君がどうかしたの」とは聞かなかった。聞くべきでは無いと判断したからだ。彼が話さないなら聞くべきでは無いと・・・

 同じ意味で、リストの事も聞かない。『彼女』の予測は、他のパラレルワールドの北泉高校に関連した問題では無いかと思っている。

 だが、彼の様子からして、気楽に聞くべきでは無い事が分かっている。だから聞かない。

「ありがとう。あーっと、この事、他の人には言わないでくれると助かる。ここの(・・・)出来君には関係ない話だし、変な問題になるとマズいから」

 多少歯切れの悪い口調だったが、『彼女』は「分かった」と意図的に笑顔で答えた。

 彼は「ありがとう」と『彼女』の好きな『彼』の表情で呟くと、「また来る」とだけ言って『彼女』に孟宗竹のコップに一杯入った『宝珠』を渡すと北東の空へと消えていった。

 『彼女』はその姿が山に隠れるまでその姿を目で追った。


 島西部に有る北泉高校の『彼女』を訪れた後、伸樹はそのまま島北部に有る別の北泉高校集落を目指して飛んでた。

 多少気落ちしていた彼の目に、最初に映ったのは海に浮かぶ3艘の船だった。彼らも船を作れる余裕が生まれたと言う事だろう。

 そして、10日ほど前に来たときより建築中の家の数が増えており、以前建築中だった家もかなり進んでいるのが見えた。

 その順調に生活の基盤が出来て行っている様子は、気落ちしていた彼の気持ちを少し上昇させてくれる。

 集落内に降りた彼は、顔と学年が一致する者を探して、巻木加世子(まきぎ・かよこ)に話しかける。

「1年の出来君って居る?」

 今まで一対一で話したことの無い伸樹から、急に話しかけられたことに戸惑っていた彼女だったが、質問が探し人だと分かって安心したようだ。

「出来君? 別のグループだから、今どこに居るかは分からないけど、・・・・・・あっ、あそこに居る久玉(くだま)さんが同じグループだから知ってるはずですよ」

 伸樹は彼女に礼を言うと、彼女が指さした男子生徒の元へと移動した。その男子生徒は家を作っている最中で、柱の加工を行っている。

「こんにちは、久玉さんですか?」

「そうだけど・・・おっ、あんたか、何? ひょっとして『宝珠』を持って来てくれたとか?」

 当初は煩わしげな顔で振り向いたが、作業の邪魔をしたのが伸樹だと分かると、表情が一気に変わる。

「あっ、一応持って来てはいるけど、今回は別件です。出来君って居ますか?」

「出来? アイツは今女子と海岸に『宝珠』探しに行ってるけど。アイツに用?」

 伸樹は作った苦笑で「いえ、チョット聞きたいことがあって」とだけ言う。

 そして、誤魔化す意味も有って、彼に持って来ていた『宝珠』を渡した。『切断の宝珠』を多めにしたもので、全部で200程有る。

「おーーっ! ありがとう。透明はいくら有っても足らなくって。感謝感謝ですよ。ホント」

 茶化し気味ではあるが、彼の感謝は本当だった。周囲に居た者達も集まってきて感謝を述べていく。伸樹はそれらに軽く答え、久玉に聞いた場所へと移動を開始した。

 当初、久玉は海岸と言っていたが、実際は川の河口だった。この平野部には3本の大きな川がある。その内の一番近い川の河口で、『宝珠』探しをやっているらしい。

 この川は、隣りに有る川と同じ川が分岐したもので、その間に広い三角州を形成している。そこまでの距離は4キロ近く有ったが、彼は飛ばずに歩いて行った。

 その河口部には20人程の男女が居て、干潮の為足首程しか無い水に浸かりながら川底を掘っている。

 そこの人員は、男女ともに居るが大半は女子で、男子生徒は4名程しか居ない。その為目的を果たすのは容易だった。

 しばらく観察していると。その4人の男子と周囲の女子の人間関係に特段の問題が無いことがうかがえる。

 4人の中のどれが出来君で有ろうが、全員が周囲の女子と笑いながら作業をしている。とてもでは無いがアノ石版に呪詛を書き込むような関係では無さそうだ。

 疑問と安心を同時に感じながら見ていた伸樹に、川の中で作業をしていた女子の一人が気付いた。それに気付いた伸樹は川の中へと入っていく。

 そして、一番近くに居た、先ほど気付いた女子に出来君の事を尋ねると、彼女が教えたのは4人の男子生徒の中で一番背が背低い男子だった。

 『彼女』が言っていたように、大人しい感じの少年だ。伸樹は彼の元に近づいて話しかけた。

「出来君だよね。ごめん、チョット5分位時間くれないかな。聞きたいことが有ってさ」

 意図的に軽い感じで頼む。彼も怪訝な顔はしたが、特に異存も無かったようで「良いですよ」と軽く答えた。

 川の外で話そうと言って彼を川岸まで連れて行く。その間に「パラレルワールドの違いを調べていてね」と周りのものに聞こえるように言う。周囲の者が変に思わないようにの用心だ。

 川の外に着くと、近くの程良い石に二人で腰掛ける。

「ごめん、少し言いにくいことを聞くかも知れない。良い?」

 座った途端、改まった口調で言い出す伸樹に、出来は少し驚いた顔に成る。

「えっと、何でしょうか・・・」

「うん、出来君は、イジメとか受けてない?」

 伸樹がそう言った瞬間、彼の顔が歪む。眉が中央により、口元にも力が入ったのが分かる。

「・・・誰かから聞いたんですか?」

「別の世界の君から」

 無論嘘で有る。

「そうですか・・・ 確かに僕は中学時代はイジメられていました。だから、高校は学区の離れた北泉に来たんです」

 彼は俯きながらそう呟く。それを聞いて、伸樹は『中学時代()』に引っかかりを感じた。

「北泉に入ってからは大丈夫なんだ」

 これも、意図して軽い感じと微笑みを作ったものだ。それに対して出来も、今度は笑顔でうなずく。その表情に無理は感じられなかった。

「北泉に来て直ぐにこんな事に成りましたけど・・・ イジメに関しては無くなって、正直、中学時代より今の方が良いって思ったりもするんですよ」

 彼の表情には、自虐的な感じが少し見えたが、元の世界の中学時代と、異世界に落とされてサバイバルの現在を比較してのソレでは自虐的にもなろうというものだ。

「そっか(笑) 変なこと聞いてごめんね。色々調べててさ。少しでもヒントに成る物が無いか探してるんだ」

 細かく突っ込まれれば破綻するような言い訳だが、出来は突っ込んでは来なかった。伸樹の苦笑に合わせて同じように肩をすくめて笑って見せただけだ。

「時間を取らせてごめん。これはその代価」

 伸樹は背負っていたカゴから、この川に来て『テレポート』で回収していた10個の『宝珠』を彼に渡した。

「えっ、透明が3つも・・・ 紫!紫が有りますよ。こっ、これ」

 渡された『宝珠』に『治癒の宝珠』が混じっていたのに気づき、慌てる彼に、伸樹は「良いよ。もらっとけば」と軽く言って笑う。

 しばらくオロオロしていた出来だったが、本当にもらえると分かると満面の笑みで礼を言っていた。

 そんな彼に手を振ると、伸樹は東に向かってその場から飛びだった。島の北東部に有る川へ『宝珠』を取りに行くのだ。

 ここの所、穴掘りに従事しており、手元の『宝珠』が一気に無くなってしまった。彼自身は問題ないのだが、他の者達に渡す分がもう無いのだ。

 だから、今日は残りの時間は全て『宝珠』採取に使う。

 北東部の狭い谷間の平野部へと到着した伸樹は、以前探索した目印を探し、その地点から川へと入る。

 その後は密に蛇行しながら上流へと向かう。以前と違い認識範囲が倍になっている事と、同時に『テレポート』出来る量が格段に増えているので、その採取速度は格段にアップしている。

 ただ、季節的に、以前よりかなり水温が低くなっており、その点はキツく成っている。ただ、伸樹にはチャクラが有り、そのエネルギーのおかげで、低体温症になる事無く長時間の作業を可能にしていた。

 その日は、薄暗くなる寸前まで採取を続け、1000を越える数の『宝珠』を入手していた。『重力の宝珠』を15個入手出来たのが彼には一番嬉しかったようだ。ただし、未発見のモノは無い。

 その日の晩、夜陰に紛れて、島南東の集落の家々に一軒一軒近寄って確認する不審人物が居た。言うまでも無く伸樹だ。

 この集団には、彼はあまり良く思われていない。一番大事な『彼女』が居る集団だというのにだ。故に色々な不便が起こっている。

 今回も普通に尋ねる事が出来ない為に、隠れて調べる事になった訳だ。先ず、出来の居場所を調べる。と言う以前に彼が居るかを調べた。

 その結果、彼は居た。そして、彼が居るグループでの彼の立場を観察する。彼らが寝るまでの1時間程の間だった。

 ストーカー改めピーピングトムと化した彼の出した結論は、問題なし、だった。別の集団の彼同様、ここでも特に問題なく生活しているようだ。

 多分、中学時代のイジメも彼自身に問題があってのモノでは無く、何らかの特殊な切っ掛けがあったか、またはイジメの為の標的として指名されたケースなのかも知れない。

 物資に恵まれた本来居るべき世界と、食べて生きているのがギリギリに近い異世界と比較して、異世界の方が良いと言わしめる『イジメ』とはどの程度のモノだったのだろうか・・・

 学校の闇は深く、そして広い。

 出来の事を確認し終えた伸樹は、再度全ての家を回り、玄関口に『テレポート』で『治癒の宝珠』を転移させて行く。

 季節的にカゼを引く者が多くなっており、以前こっそり渡していた『治癒の宝珠』の消耗が激しいと言う話を盗み聞いて、それに対処する為の配布だ。

 帰り際、『彼女』の寝ている直ぐ横の壁にもたれて、しばらく過ごした後ゲートで帰った。彼の『彼女』は今日も問題は無いようだ。


 環状列石を発見してから4日が経っていた。その間に幾つかの確認と、物資の補給をメインに活動していた。

 時期的に一番実りの多い時期なので、それを見逃す訳には行かなかったからだ。実際は、更に大量のドングリも集めたかったのだが、それは後に回す事にしている。

 そして、その間に時間を見て環状列石の周囲と、石版の周囲にも色々と小細工をしている。ゲート経由で木材を運び込み、それを立てて照明を付ける外灯を設置した訳だ。

 なにぶん、その周囲には何も無い為、発光点を設置出来る物が地面しか無い。その為、どうしても光が届かない、見にくい部分が出来ていた。それを改修する為のポールだ。

 それぞれの目的物を囲むように立てている。環状列石には8本、石版には4本を立てた。そのおかげで見やすさは格段に上がった。

 そして、石版中央の凹みに有った遺骨は全て取り出し、元々の住居だったと思われるアノ洞窟住居前に埋めて、その上に日本式の墓を作った。

 3段に石を重ねて、石で作った花瓶を2つ設置した物だ。花は自生している植物の花で、彼岸花などを刺している。(めい)は刻んでいない。

 一応、2人の出来泰幸の口内を『範囲認識』で確認して、遺骨の歯に有った銀歯が同じ位置に同じ形で有る事を確認している。つまり、この遺体は間違いなく出来泰幸で有ると言う事だ。

 だが、他の者達がこの場所を訪れて、この墓に書かれた彼の名を見る事によって発生するトラブルを未然に防ぐ意味で、(めい)は刻まない事にしている。

 その日は、環状列石の図面を作成していた。木を削って作った『紙モドキ』に『加熱の宝珠』で書き込んでいく。

 先ず、放射状に伸びている水晶の列の数を数え、その数で360を割る。幸い0°、90°、180°270°の四方当たる列があった関係で、それを基準に出来る。書く(焼き付ける)のが簡単だ。

 次に、放射状に伸びている列の水晶の数を調べる。そして、一番短いのを基準として、それ以外が何倍になるかも調べる。定規など無いので正確では無いが、木を切って作った手製の定規を使って計った。

 その倍率で『紙モドキ』に書き込んで(焼き付けて)行く。最後は放射上に伸びたラインの先端同士を隣と繋いで終了だ。

 この図面は、ここ以外の場所で暇な時間考察するのに使う為と、書き移す事によってそれから得られるものが有るのでは、と考えて実行したものだ。

 だが、その時点ではこれと言ったものも得られず、妄想レベルの予測すら考えつかずに終わった。

 石版の方は、調べれば調べる程気分が鬱になる。その為、どうしても避けがちに成るのだが、我慢して調べた。

 その結果、幾つか分かった事がある。呪詛の文に『異世界で』と言う言葉が数カ所出て来る。『異世界でのたれ死ね』『異世界の土になれ』『異世界のウジ虫に食われろ』だ。

(どっちだろう? 居るのか、呼び込むのか・・・)

 この呪詛から分かるのは、2つの可能性だ。1つは、他のリストのメンバーがこの時点で異世界に居るケース。もう1つは、この時点でおらず異世界に呼び寄(落下さ)せるつもりなのか、だ。

 そして、『のうのうと暮らせるのは今のうちだ』の意味する所で、そのどちらかは決まる。

 絶対無いとは言わないが、異世界でのサバイバルに近い生活を『のうのうと暮らす』とは言わないだろう。で有るとすれば、他のリストメンバーは元の世界に居る事に成る。

 となれば、彼の呪詛は、彼らをこの世界に呼び込む事を前提として、希望して、刻まれたものだと考えられる。あくまでも可能性の高さでの話だが。

 無論、あんな呪詛を大量に書き込む人間の精神状態がまともで有るはずは無い。故に言葉のニュアンスが正しいとは限らないという問題はある・・・

 その後、念のためにこの大ホール内を再度確認していく。ドーム状の天上にまで上昇し、強い発光点を次々に設置していく。

 高速で移動しながら、『流体の宝珠』の制御を切った慣性移動状態で次々に設置する。6往復もすると薄暗くでは有るがホール全体が手元の照明が無くても認識できるようになった。

 その上で、見回すのだが、環状列石と石版以外は何も無かった。地面の岩に文字でも刻まれていれば、と考えていたが、それも無い様だ。

 その日は、諦めてその場で眠った。伸樹は、昨日からこのホール内で寝泊まりしている。ゲートを開ける様にするためだ。

 予定では、明日朝にはこの地にゲートを開ける様になるはずだ。彼は、ゲートで運び込んだ大量の草を布団にして、薄明かりの残る地下空間で眠りについている。

 遺体のあった場所だ。得体の知れない装置のある場所だ。だが、目的のためなら彼はためらわず寝泊まりする。

 そして、そんな彼によって動き出していた時が加速するのだった。

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