15.環状列石
起床後、最低限やるべき事を終えた伸樹は空へと舞い上がる。真っ直ぐ湖には向かわず、平野部にある洞窟出口へと向かた。
『流体の宝珠』全開で飛んでいくと、昨日あれほど吹き出していた水は完全に出なくなっていた。ただ、その森の周囲数キロにわたって完全に湿地帯と化している。
窪地だった洞窟出口は完全に池に成っており、綺麗な水が溜まっている。上空に停止してその状況を確認した伸樹は、今度は湖へと向かう。
彼の思い描いたイメージでは、半分近くに水量が減った湖が眼下に見える、と言うモノだった。だが、山を越えた瞬間彼が目にした光景は、全く違うモノだった。
(あれ? 変わってない・・・よな?)
山を越えた時点ではまだ2キロ以上の距離が有り、ハッキリは分からないのだが、彼の目には昨日までの水量と変化が無いように見えたのだ。
訝しみながら移動した彼の眼前には、やはり昨日と全く変化の内湖があった。湖岸を見れば水量に変化が無かった事が分かる。
何より、岸に上げたまま放置していたカヌーの位置と水の距離が以前通りなのがそれをハッキリと証明していた。
(あの水はどこから来たんだ? ちょっとやそっとの量じゃ無いぞ)
先ほど見てきた平野部の状態は、半径3キロ以上が湿地化しており、西側に有る川に流れ込んでいなければ、それ以上に広がっていた可能性すら有る。
それだけの量の水は、洞窟に少々溜まっている水程度では考えられないものだ。中規模のダム湖分は有るかもしれない。
しばらく考えていたが、彼はそれを直ぐに放棄した。見に行った方が早いからだ。
即座に空へと舞い上がると、中腹に有る穴へと移動する。珍しく『重力の宝珠』を使いまくる伸樹だった。それだけ、彼がこの件に興味を持っていると言う事だろう。
中腹の穴に到着した彼は、着地せずそのまま穴へと飛び込む。降り立った洞窟は、まだ水で濡れては居たが、元々の小川以外の水は流れていない。
(って言うか、小川はまだ有るんだ・・・)
小川の水源は、当然あの水なのだろうが、そこへと流れ込んでいた水は健在だと言う事なのだろう。
バーニアノズルに『光の宝珠』で発光点を作り、それで照らしながら洞窟を登っていく。何回となく水で濡れた岩で足を滑らせ転ぶが、気にせずに小走りで駆け上る。
本人は全く気付いていないが、明らかに持久力が増していた。元々短距離型ではなく長距離型だったが、1時間以上足場の悪い上り坂を小走りに走り続けてほとんど息を切らせないのは異常だ。
勾配が緩やかで有るとは言え、明らかに一般人レベルではない。これはチャクラから供給されるエネルギーによる効果だ。漫画のようなスーパーパワーは無いが、地味にスタミナが倍増している。
更に、夜寝る前に衣類全てを洗濯し、絞っただけてそのまま来て寝ているにもかかわらず、全く風邪を引く気配が無いのも同様にチャクラの効果である。
彼のチャクラを元にする能力は全て地味だが、この地での生活を確実にフォローしている。
1時間弱掛かってたどり着いた崩落場所は、右側半分の土砂が完全に取り去られていた。多分、伸樹が掘ったトンネルを起点に、水の流れと水圧で削られ押し流されたのだろう。
相変わらず右手には小川が流れており、緩やかではあるが空気の流れも感じる。通路の半分がふさがれている為、その場だけ流速が上がっていて感じられたのだろう。それでやっと分かる程度の弱い流れだ。
彼は、未だ残る左側の崩落物から離れた位置を移動していく。その崩落幅は60メートル近く有り、それを越えた先にも洞窟は続いている。
その地点からは『光の宝珠』を使い、発光点を設置しながらの探索へと移る。
崩落場所から先の洞窟も、それまでと同様のモノだった。緩い勾配の坂、流れる小川、直径20メートル前後の蛇行した一本道、そして時折ある階段、唯一違うのは空気の入ってくる亀裂が見当たらない事だ。
先ほどとは打って変わった、ゆっくりとした移動速度だったが、30分と掛からず終点へとたどり着く。
そこには『闇』が有った。
バーニアノズルの懐中電灯に照らされていた洞窟の壁面が突然途切れ、その先には何も写さない『闇』が広がっている。
しばらく状況が分からず動けずにいた彼だが、地面を見てその『闇』の正体に気付いた。それは光が簡単に届かない程の広い空間に出たと言う事だ。
唯一見えている床面でそれを理解した伸樹は、洞窟の終端からその空間へと足を踏み出した。
数十メートル程出た段階で振り返り、洞窟の方を照らすと、洞窟の周囲には壁面が立ち上がっていた。
その壁面は削られたモノでは無く、歪でごつごつとした自然物を思わせるモノで、光を上に向けていくと、緩やかな弧を描いて50メートル以上の高さに続いている。
左右の壁も、よく見なければ分からないレベルで弧を描きそのまま伸びていて、光が届かない闇に消えている。
伸樹は、洞窟周辺へと戻り、その場に高出力の発光点を数カ所設置する。発光時間は5時間は越えるエネルギーを加える。
そして、右手に壁を見ながら壁に沿って移動を開始した。20メートル間隔で発光点を設置しながらの移動だ。
その大ホールと思われる場所の床面は、多少のデコボコは有るがかなり平坦になっている。周囲を照らす明かりに写る大きな岩など全く無い。
壁面に設置した発光点の数が50個を越えた辺りで、この壁が完全に円弧を描いている事が分かる。50個の発光点で約1キロを移動した事に成る。
そして、永遠にも感じた外周の旅が終わり、元の洞窟へとたどり着いた時には、設置した発光点の数は300を完全に越えていた。
その場から見える光の点を繋ぐと、ほぼ円と言って良い形状だ。で有れば誤差を入れても円周は6キロと言う事になる。直径は2キロだ。
このホール内の床は全て水で濡れていた痕跡が有り、この場に水が溜まっていた事を表している。
外周を回っていた際、右手側の中間地点で複数箇所の壁面から水が零れているのが見えていた。それが集まって洞窟へと続く小川に成っている。
(岩壁を見ると人工物っぽさは無いんだけど・・・ 全体の形はドームだよな、歪さが見えないんだよ。元々削って作ったモノが、浸食で削られて自然物っぽく成った?)
光が届く範囲に限定してとは言え、あまりに全体像が整いすぎだと彼は感じていた。壁面も凹凸はあれど、全体としてみると円弧を描いている。不自然すぎる、と。
(円って事は、大抵中心に何か有るパターンなんだが・・・ 行ってみるとかないか)
無論、この考えは正しいとは言えない。粒子加速器などの施設だと、中央には何も無い。ドーム球場も中央には何も無い。中央に何か有ると決めつけるのは漫画的思考だ。
だが、今回はその漫画的思考が正しかったようだ。外周の発光点を目安に、中央と思える方向に移動した彼はそれにたどり着く。
その位置は周囲の発光点からの距離からしてほぼ中央であろうと思われる地点だ。そして、そこにそれは有った。
環状列石と呼ばれるモノだ。
環状列石と言っても色々な種類がある。一番有名なのはイギリスのストーンヘンジだろう。大型の石を積み重ねた巨大列石だ。
だが、伸樹の目の前に有ったのはそれでは無く、日本の秋田などに見られる小規模のモノだった。
全体の規模としては直径20メートル程の円形で、中央に高さ2メートル幅40センチ程の水晶柱が立ち、それから外周に向かって放射状に複数の小さな水晶柱が縦に繋げるように並べられている。
水晶で作られた環状列石だ。
『範囲認識』を常時起動していた彼にはその水晶が、以前洞窟で見つけた『水晶モドキ』と同じもので有る事が分かる。『宝珠』と同様に内部が全く見えないからだ。
彼は、その環状列石の周囲を回りながら、強すぎない程度の発光点を地面に設置して回った。一週回る頃にはその環状列石が闇の中に幻想的に浮かび上がっている。
中央の水晶から放射状に伸びる水晶は、徐々に大きな物が並べられて行き、外周に円型に並べられた水晶に接いる部分に成ると、直径10センチ長さ60センチ程のものに成っている。
それらの水晶が、先端をくっ付ける形で一直線に並べられている。外周部の円も同様で、その円と放射線状に伸びた水晶同士もそれぞれの先端同士で繋がっている。
(ただ並べてあるだけの物じゃ無いよな、これ。 秋田のあれと全体の形は似てるけど・・・これって、綺麗に並びすぎてる。デザイン的というか、回路的にも見える)
通常の環状列石は、似たような石を集めて、ある程度の形を形成した物が全てで、その中に数学的な公式を見いだす事は出来ない。
イギリスのストーンヘンジに関しては、過去には星座と結び付けた理論も有ったが、かなり強引な物で現在は全く支持されていない。
だが、この水晶の環状列石は、完全な公式の元で作られているのが分かる。完璧なシンメトリー、計算され尽くした大きさだ。
最も良く分かるが先ほどの、外周部に並べられた水晶の円と、放射状に並べられた水晶の接合部だ。
外周の円を作る水晶同士の接合部と中央から伸びている水晶の先端3つが全てのカ所で合わさっている。角度、長さを全て計算した上で作られた証拠だ。
ただ、漠然と並べただけでは絶対にこの様な形にはならない。彼が知っている範囲で、この水晶(水晶モドキ)は切ったり加工する事が出来ない。
で有れば、同一の長さの物をかき集め、その長さを考慮に入れての全体の計算も必要となる。それがこの環状列石には出来ている。
無論、何らかの方法で大きさを加工出来たにせよ。正確な計算の元作られているのは変わらない。
しばらく、その光を乱反射させて妖しく煌めく完成された美を眺め続ける伸樹だった。単純に美しかったのだ。
環状列石のサークル内に足を踏み入れるのに躊躇した彼は、上空から眺める事にした。そして、『重力の宝珠』を使用し環状列石の中央へと向かって飛び立つ。
斜め上方に向かってゆっくりと浮き上がった彼だったが、環状列石のサークル内に身体が入った瞬間、彼は地面へと落下していた。
高さ的に大して上がっていなかった為、尻餅をついた程度だったが、それ以上に彼は戸惑っていた。
(なんだ? 何で落ちた? 突然『宝珠』のアクセスが切れた? どう成ってる?)
疑問符の羅列だった。常時使用の『宝珠』を使う際は、その間常に『宝珠に』意識を向けた状態、つまりアクセスした状態でいる。それが突然切れてしまったのだ。
(『宝珠』にアクセス出来ない! 認識すら出来ない! どう成ってる?)
改めて『重力の宝珠』にアクセス使用とした彼は、更なる衝撃を受ける。『宝珠』にアクセスどころか、その存在自体を認識出来なくなっていたからだ。
通常、ポケット内であれポーチ内であれ、ある程度の距離ならば意識を伸ばせばその存在を認識出来る。これは別段チャクラに根ざす超能力では無い。他の誰もが出来る事だ。
それが全く出来なくなっていた。『重力の宝珠』だけで無く全ての『宝珠』を認識出来なくなっている。
試しに手に持ってその『宝珠』を見ながら意識を向けるのだが、やはり認識出来ない。当然認識出来なければアクセスは不可能だ。つまり全く使用出来ないと言う事だ。
しばし周囲の水晶を見た彼は、立ち上がってそのサークル内から外へと出た。すると、予想通りに『宝珠』の全てが認識出来るようになっていた。アクセス、起動も可能だった。
(この環状列石が原因だよな・・・ これが間違いなく何らかの力を発生させている・・・か、吸収しているって事か?)
『宝珠』に発生した問題は別として、これが何らかの目的で作製された『装置』の様な物で有る事は間違いないだろう。
単なるオブジェで無い事は、この変な力が発生している事と、精密な計算の元作られた外観からも分かる。
ならば、何の為の? と言う事だ。当然彼の頭の中には、あの黒い次元ゲートの様なモノが思い浮かんでいる。
この世界に『北泉高校』の面々が落とされた原因がこれなのでは無いか、と言う考えだ。それは、ある程度の願望が入っているのは間違いない。そうで有って欲しい、と。
(・・・『ゲートの宝珠』と『水晶モドキ』の関係・・・ って事は、この『水晶モドキ』には時空間に作用出来る力がある可能性が有るわけだ。となれば・・・)
『ゲートの宝珠』は『水晶モドキ』が林立する場所に纏まって存在した。それ以外の場所では流されてきたと思われる川で1つだけが発見されている。
となれば、『水晶モドキ』が『ゲートの宝珠』に関わっていると考えるのが普通だ。その関わりがどう言ったモノで有ってもだ。
そして、『ゲートの宝珠』は時空間に作用する力を持っている。ならば『水晶モドキ』にもそれに類する力があるのでは無いか?
で有れば、この環状列石は時空間に作用させる装置なのでは無いか・・・ つまり、次元ゲート発生の為の装置である。と言う希望的観測だ。
仮定の上に仮定を重ねた、破綻した推論だ。
だがこの島に、間違いなく次元レベルの異変が発生したのは間違いない。
そして、『水晶モドキ』を使ったこの環状列石・・・ 可能性というレベルで有れば完全には否定出来ないのも確かだ。
しばらく考察をしていた伸樹だが、今度は歩いてサークル内へと入っていく。今更ではあるが、一応床面に半分埋め込まれた水晶は踏まないように歩く。
この環状列石のサークル内は、完全な水平に成っており、水晶以外の床面はツルツルでは無いが綺麗に平面だ。
中央に近づくに従って、設置されている水晶は小さくなるとは言え、中心点近くは足を踏む場は無くなっている。諦めて水晶の上に乗った。
それでも、細くなって他の水晶と接触している先端部分には足を乗せないように気を付けながらだ。
中央の水晶柱にたどり着いた彼の『範囲認識』には、その大きな水晶柱も他と同じ『水晶擬き』で有る事を示していた。
だが、その水晶の先端部分に、3個の『宝珠』が石で作ったリングに埋め込まれる形で刺されているが『視』えた。
下から見ると、石のリングしか見えず、その『宝珠』が何なのか分からない。『範囲認識』では『宝珠』の存在は分かっても種類が分からないのはネックだ。
そして、普通であれば、この距離ならばその『宝珠』を十分に『認識』できる距離なのだが、この装置が邪魔をして『認識』出来ないのでこの手は使えない。
その後、5分程躊躇していた伸樹だが、結局思い切ってジャンプしてその石製リングを水晶柱から抜き取った。
着地後、しばらく周囲に変な反応が無いかキョロキョロしていたが、別段何の反応も見られず、彼はホッと息を吐いた。
そして、急ぎサークル内から出る。サークルから2メートル程離れた位置で周囲に発光点を作った後、そのリング内にある『宝珠』へと意識を向けた。
だが、その『宝珠』にはアクセス出来なかった。理由は簡単だ、使い切ってしまっていたからだ。『電池切れ』である。石リング内の3個全てが『電池切れ』と成っていた。
ならば、もう問題ないだろうと考えた彼は、岩リング内からその『宝珠』3個を『テレポート』で転移させた。
その『宝珠』は間違いなく『電池切れ』の様で、透明度を失った状態になっている。ただ、その上でその色は、今まで見た事の無いモノだった。
灰色だ。他の『電池切れ』に成った『宝珠』から類推して、この灰色がそのままこの『宝珠』の色なのだろう。
そして、この『灰色の宝珠』をしっかりと『認識』して見る。先ほどアクセスは出来なかったと言ったが、『電池切れ』でも認識は出来る。
しばらく、そのイメージをつかむのに時間を掛ける。そして、彼が名付けたのは『遠見の宝珠』だ。
有る意味『ゲートの宝珠』に機能が似ている。ただ、この『宝珠』は遠方の映像をスクリーン状にして映し出すだけだ。
映し出せる場所も『ゲートの宝珠』と同じで、しっかり覚えている場所、だ。
(えーっと、なんで?)
伸樹的にはかなり予想外の結果となっていた。彼は、それこそ次元に穴を開ける『宝珠』だろうと考えていたのだ。だが違った・・・
(なぜこの宝珠? まだ『ゲートの宝珠』だった方が理解出来る・・・ これ何の装置なんだ?)
彼なりに、希望的観測ではあるが予測していたのだが、それがものの見事に躱されていた。
『遠見の宝珠』がわざわざ設置されていたと言う事は、それに当然意味と機能があるはずだ。
彼が、水晶柱の上に『宝珠』が有る事に気づいた当初予想したのは『増幅装置』だった。考えやすい設定だったからだ。
次元に穴を開ける『宝珠』→水晶環状列石で増幅→巨大な次元ゲート発生→効果が大きすぎで複数世界を巻き込む・・・と言う推測を立てた訳だ。
だが、そこにあったのは『遠見の宝珠』。で有れば、増幅器では無いと言う事か? と悩み出していた。
その後、2回『遠見の宝珠』の機能を確認したが、やはり間違いなく、遠方の映像を映し出すだけの『宝珠』だった。
そこまで来ると、彼には限界だった。それ以上の予想が立てられないのだ。結局彼は、その場を後にし、周囲の探索を行う事で仕切り直す事にした。
探索目的は有るが、大半は気分転換の為だった。環状列石を中心に、外周まで真っ直ぐに進みながら周囲を確認していく。
『光の宝珠』は出し惜しみせず使って、発光時間を長く設定して設置していく。しばらくすると、まるで直径2キロの環状列石を光で作っている様な気になってくる。
中央に水晶の環状列石が有り、そこから光の帯が外周へ向かって放射状に伸びている。外周の円も、光で描かれて、1/30も出来ていないが、完成すれば光の環状列石が出来るだろう。
そんな事を考えながら、一定距離を開けながら、外周と中央を発光点を転々と作りながら往復していく。
そして、2/3程終わった頃、移動中の右側に盛り上がった何かが照らし出された。そこは、洞窟のある方向を時計の6時とすると、11時の方向の中心と外周のほぼ中央に位置していた。
近寄って見ると、それは10メートル×10メートル程有る腰高の御影石の様な光沢のある石版だった。石版と言っても立っている石版では無く、地面に寝かせてある石版だ。
『範囲認識』では普通の石だ『視』える。そして、目前まで達して、その腰高に有る表面を見た伸樹は、息を呑む。
その表面には漢字が書き込まれていた。かなり大きな文字で、墓石に書かれた墓碑銘のごとく彫り込まれている。
しばし考えた後、『重力の宝珠』を使用してその上に浮かび上がる。そして、下を照らすと、10×10メートルの巨大石版中央に、1×2メートルの凹みが有り、そこには水が溜まっていた。
そして、その水の中に頭蓋骨と骨盤が沈んでいた。よく見ると、それ以外にも数本小さな骨がある。
(墓石なのか・・・)
土足で石版状に上がらなかった判断に自己満足した伸樹は、2つの『重力の宝珠』を使って細かく制御してその石版上を調べた。
(墓石じゃ無くって慰霊碑か・・・)
なぜなら、書かれている名前が1人では無く50人近い数だったからだ。で有れば慰霊碑だろうと。
だが、となれば、あの中央の凹みに有る遺体は何なんだ、と言う事だ。この慰霊碑を作ったモノの遺体で、彼(彼女)の墓でもあると言う事なのか? と。
空中をゆっくり移動し、腹ばいの状態で中央の凹みまで移動した彼は、バーニアノズルの光を水中の頭蓋骨に当てる。
その頭蓋骨は、角が生えている訳でも無く、異質な形でも無く普通の人間の頭蓋骨だった。そして、下あごの骨も有り、歯も3割は残っていた。
そして、彼はその歯の中に『銀歯』を見つけた。
(やっぱり、日本人の・・・)
周囲に書かれている名前が日本人ばかりなので、その遺体もそうで有る確率は高い。そして、銀歯を使った治療を行っていると言う事は先ず間違い無いと言う事だろう。
現地人にそこまでの技術力が有るとは思えない。それだけの文明が有るのなら、海岸にそれらしいゴミの一つや二つあるはずだから・・・
しばしその遺体に浮かんだまま手を合わせると、周囲の人名を調べていく事にする。
そして、しばらく後に、彼の表情が曇ってくる。だが、この時点では勘違いの可能性を普通に感じていた。
だが、とうとうその名を発見してしまった。その時点でそれまでに感じていた『まさか』が確定へと変じた事になる。
それは『彼女』の名だった。
そして、それ以外にも『北泉高校生徒消失事件』で公開されていた生徒の名前が何人も刻まれていた。
彼は、全ての行方不明者名を覚えては居ない。しかし、何度も見た関係で漠然とでは有るが、1/3の名前は覚えていた。あくまでも名前を見れば思い出すというレベルではあるが。
そんな名前がかなりの数見受けられるのだ。
(別の『北泉高校』が過去にここへ来ていたって言う事か? そして、『彼女』もこの地で・・・)
そんな感傷的な気持ちになっていた伸樹の脳天に杭を打ち込む様な衝撃を与える文字が降り立った所の横面に書かれていた。
『全員死んでしまえ』『地獄へ落ちろ』『異世界でのたれ死ね』『苦しんで苦しんで死ね』『争え、争い有って自滅しろ』『呪われろ、生まれ変わっても永遠に呪われろ』
そんな呪詛の様な文が最初に近寄った面以外の3面にビッシリと刻まれていた。
所々には名指しで刻まれているモノも有る。そして、その名は上の面にも刻まれていた。つまり、この石版は慰霊碑では無く、『呪詛の石碑』だと言う事だろう。
上面に刻まれた50名近い数の者達を呪い、恨んだ者が作った石碑だと言う事だ。そして、あの遺体がその本人なのだろう。
伸樹はしばし何も出来ずにただ放心し続けた。




