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14.穴掘りと水

 昨日見つけた洞窟へ、今日も向かう。平野部は軽く走って、山間は急ぎ足でだ。『重力の宝珠』を使うまでは無いが、それなりに急ぎたい、そんな貧乏性的行動だ。

 洞窟への縦穴に飛び込む前に、6個のスコップを近くの木から削り出す。伸樹(しんき)は最近、経験則から堅い木を見分けられる様になっている。

 実際彼が使用したのは(かし)の木で、漢字のごとく堅い木だ。無論、彼にそこまでの知識は無い。

 大量の樫の木製スコップを葛でグルグル巻きにして抱え込むと、洞窟への穴に飛び込む。

 降り立った後は、昨日行った行き止まりへと向かって一気に移動する。今日は帰りを考えない為、『光の宝珠』による照明は設置せずに、手元の明かりのみで移動する。

 寝不足気味ではあったが、夜明けと共に起き出した関係で、行き止まりに到達したのは午前10時に成らない時間だった。

 その後は、落盤に注意しながらひたすら掘る。比較的安定している岩盤がある左の壁沿いを掘り進める。中央だと、上と左右から崩れる可能性があるが、そこなら上と右だけて左は気にしなくて良い。

 下向きの穴掘りよりは楽とは言え、簡単な作業では無い。ただ、一般の穴掘りの様に、岩で苦労すると言う事がないのは『切断の宝珠』様々だろう。

 これが、地上であれば周囲に木が幾らでも生えている為、崩れ止めを設置しながら掘り進められるのだが、ここにはそれが無い。

 ただ、この崩落はかなり昔のものの様で、現在は地山(じやま)の様になっておりかなり安定している。無論、それでも崩落の可能性はある。

 だから、伸樹は常に周囲の土壌を『範囲認識』で『視』ながら掘削作業を実行していた。その為、肉体的疲労より精神的疲労の方が大きい。

 当初伸樹が考えていたのは、洞窟の一部が崩落していて、通路を途中を塞いでいる状態を考えていた。だから、少なくとも20メートルも掘り進めれば通り抜けられると思って居た訳だ。

 だが、その予定は完全に狂った。なぜならばこの崩落は洞窟の途中では無かったからだ。それが分かったのは掘り始めて5日後だった。既に『ゲートの宝珠』でゲートを開ける程の時間、この地に居る事になっている。

 既に3日前から、この洞窟が上に向かっているのは分かっていた。そして、この日『範囲認識』に洞窟の先が『視』えたのだが、そこには木の根と草、そして木の幹が『視』えていた。そう、地上だ。

(マジか・・・ 洞窟の途中じゃなくって、出口だったってことか・・・ 無駄な苦労をこの5日間続けたって事か・・・)

 外が『視』えた時点で、徒労感で彼は座り込んでしまった。この5日間で得られたモノは何もない。『一般宝珠』1個とてない。全くの無駄だったと言う事だ。

 しばらく座り込んだまま放心していた伸樹は、『ゲートの宝珠』で転移して帰りたくなったが、出口が何処に繋がるかに興味を引かれ、残り4メートル近くの穴掘りを再開する。

 穴掘りは、掘る作業より土を運搬する作業の方が実質多くなる。特に距離が伸びれば伸びる程、その運搬に要する時間と労力は増す。

 本来は、後4メートルの土は後方のトンネル部分に捨てても良いのだが、半分トランス常態になって作業を行っている彼は、無意識で今まで通り掘っているトンネルの外にまで運び出していた。

 その為、作業は倍以上の時間を要した。そのトンネルが貫通したのは夕方で、日は水平線に沈み夕焼け空の残光だけが残る時間だった。

 その場所は、平原の川を挟んだ東の部分で、山間から200メートル程海側に移動した窪地だった。50メートル程の範囲が窪んだ土地で、その原因が過去の崩落だったと言う事なのだろう。

(ここに出るのか・・・ と言うか、元々ここに入り口があったって事か)

 崩落していない岩盤を伝って掘り進めたので、間違いなくここに元々の出口があったのは間違いない。

(後は、水が向かってる方向に、まだ洞窟が続いている可能性があるか・・・ さすがにキツいな)

 進行方向に向かって左手の壁面に添って彼はトンネルを掘った。しかし、反対の右手には水が流れており、当然水は下から上へは流れない。つまり、この登っている出口以外に別の下っている経路もあると言う事だ。

 ただし、洞窟内の川が、小さな亀裂などに流れ込んで消えるのは良く有る事で、人が通れる洞窟が続いているとは限らないのも事実で有る。

 確認した結果が徒労に終わる可能性も高いと言う事だ。さすがに彼も連続の徒労はいやだった様で、そちらを掘る気は無い様だ。


 その日、福元雅子(ふくもと・まさこ)は、他のグループのメンバーと『宝珠』探しを目的に、かなり離れた砂浜に来ていた。

 集落周辺の砂場は、もう完全に取り尽くされたと言っても良い状態で、『宝珠』は全く見つからなくなっている。

 それはハマグリなどの貝も同様で、河口部の周辺数百メートルでは全くと言って良い程獲れなくなっている。

 その為、最近は離れた所まで採取に行くのが一般的になっている。だが、今回の彼女達の目的は『宝珠』だ。

 だから、より離れたまだ取られていない所へと来ている。彼女達の目的は『切断の宝珠』で、それを使って船を作るつもりでいる。

 一週間程前、シン(伸樹)がカヌーで現れ、『流体の宝珠』の運用方法とその実例を彼女達に見せつけた。

 そして、多くの者が船を作る事に成る。ただ、そうそう簡単にできる事では無く、失敗も多い。そうなると『切断の宝珠』の手持ちがなくなるわけだ。

 元々彼女らは、どこかの異常恋愛者と違い、簡単に『宝珠』を見つける事など出来ない。大半は貝掘りと共に発見される物のみで、それ以外で見つかるケースは少ない。

 初期の段階では、近くの川底を(さら)って見つけたが、それも直ぐに尽きていた。

 家が完成した後は、さして使う事もなかった為、偶然見つかる物程度で十分だったが、本格的な物を作るとなると全く足りない。

 北泉高校の面々は、シンはレベル2で『宝珠』の使用効率(燃費)が悪いと思っているが、実際は個々『宝珠』に対する使用効率(燃費)は彼の方が倍以上高い。

 その理由は、彼の制御能力で、それは集中力から生まれている。そして、日常的に使用している為、その力は限界点まで達していた。

 方や、北泉高校の面々は、同時に使用出来る数こそ多いものの、集中力に根ざす『宝珠』の制御力は弱く、滅多に使用しない為鍛えられてもいない。

 その為、シンが使う以上の数の『宝珠』を必要としていた。

 彼女達は、別のメンバーが現在網を作製している。山中に見つけた椰子の木に似た木の外皮に付いている茶色の繊維を使って編んでいる。

 これは、シュロの木と言う木で、その髭状の繊維は耐水性もあり、古来から農具やミノなどに使われていた。

 そのシュロで作った網と、船を使って漁をしよう、と言うのが彼女達の目的だ。その為の前段階として『切断の宝珠』を探している。

 そんな彼女達の近くの海を、見覚えのあるカヌーが集落方面へ向かって疾走していく。

 高速で走り去っていくその船を、彼女達は羨ましそうに見送った。


 中尾美保(なかお・みほ)長永裕子(おさなが・ゆうこ)は今日もセットで行動中だ。森田洋子(もりた・ようこ)伊尻洋子(いじり・ようこ)のダブル洋子組と彼女達2人に分かれるのが一般的になっている。

 その日彼女達は早朝から磯で貝を取っていた。そして、目的の量を確保出来て家へと帰ろうとした時それを見た。

「アレって、シンじゃない?」

 しばらく前から船が作られ、『流体の宝珠』を使って動かす様になっているが、まだまともな速度が出せる者はおらず、40キロ以上のスピードで水面を跳ねる様に移動する船は彼以外に有り得ない。

 実際、長永が見つけた船はシンこと伸樹のカヌーだった。

「そうよ、間違いないよ。『宝珠』を提出させなきゃ」

「えっ、真一(しんいち)達が帰ってくるまで引き留めるんじゃないの?」

 中尾の言葉に長永は驚いて、慌てた様に言い返す。

「まだ9時だよ。今日は(ゆう)達は昼は帰ってこないから、それまで引き留めるって絶対無理。だから、私たちが言うの」

 強く断言する様に宣言する中尾に、長永は少し躊躇している。

「大丈夫かな・・・」

「大丈夫よ。だってアイツレベル2だし(笑)」

「(笑)そだね、レベル2だった。何とでもなるね」

 彼女達的な力関係を思い出して、長永も落ち着いた様で、笑顔を見せている。そして、二人は浜辺に乗り上げたカヌーに向かって走り出した。

 小走りで近づいてくる2人に気付いたシンは、少し驚いた顔を見せるが、彼女達を待ってその場で立ち止まる。

 立ち止まって自分たちを視ているシンに気付いた2人は、にんまりと笑うとそのまま彼の前まで走り寄った。

「チョット、アンタ、『ゲートの宝珠』とか、空に浮かぶ『宝珠』とか、鉄を溶かす『宝珠』とか持ってるんでしょ。寄こしなさいよ。アンタが持っててもしょうがないでしょ」

「レベル2の貴方より、レベル6の私たちの方が効率的に使えるから、私たちが使うべきだと思うの」

 走り寄るなりそんな事を言ってくる彼女達に、シンは少し驚いた顔をするが、怒り出す事はなかった。

「チョット、聞いてんの? 持ってるんでしょ、『宝珠』! 私たちが使うから寄こしなさいっての!」

 言っている事はカツアゲか強盗だが、本人達はそうは思っていない。

「貴方が持ってるより、私たちが使った方が帰る手段を見つけられる確率が高いの。だから渡して」

 中尾ほど上からでは無いが、長永も言っている事は同じだ。自分たちの立場でしか物事を考えられない典型的な人間の様だ。

 シンは彼女達の顔をしばらくじっと見ていたが、軽く息を吐き出すとウエストポーチから一握りの『宝珠』を取り出すと近くにいた長永に渡した。

 それは白銀色の『ゲートの宝珠』6個、黒色の『重力の宝珠』2個、焦げ茶色の『液化の宝珠』6個だった。

 手渡された『宝珠』を見て2人は目を輝かせている。シンは、それを静かに見ていた。

「そうよ、それで良いの、私達が有効に使ってあげるから」

 それだけ言い捨てると、彼女達は彼に背を向けて集落の方へ小走りに移動して行った。

 その背をシンはしばらく見続けた後、カヌーに戻りその場を後にした。

 その日の昼、中尾達から、シンに『宝珠』を提出させた件を聞いた森田は、その晩、他の男子生徒の様子を確認した上で、翌朝彼らのグループを抜けた。

 シンに対する彼らの態度に我慢が出来なくなったのだ。そして、それ以上にそんな理不尽に何も言えず何も言わない自分に我慢が出来なくなったのである。

 その日のうちに彼女は、ある程度親交のあった福元雅子(ふくもと・まさこ)達の女子グループに加入した。


 南西の集落で、『レア宝珠』一式をカツアゲされた男は、翌々日心機一転、例の洞窟にいた。

 中腹の穴から入り、本日は北側(登り)を目指す。今回は洞窟内の確認も有るので『光の宝珠』で照明を密にしながら登っていく。

 途中、川が左手から右手に移るなどの変化は有ったが、ほとんど同じような幅と高さでその洞窟は続いていた。また、下りと違い、登りの勾配はかなり緩く、移動は楽だ。

 そして、所々作られた階段も健在で、緩やかに蛇行しながらも枝道の無い一本道で続いている。

 下半分にも有った様に、空気の入ってくる場所も何カ所かあり、1カ所は『範囲認識』でギリギリではあるが外が『視』えた所もあった。

 つまり、山の探査の際、見落としがあった事を意味する。

 まあ、半径4メートルとは言え、実質立ったままなら2.3メートルの範囲しか認識できない訳で、立体的に考えれば球なので離れれば離れる程、地面に対して認識出来る範囲は狭くなる。

 それに対処するとなれば、1メートル幅でローラー探索する以外無い。全くもって現実的では無い。

 移動は細部を確認しながらの為、実際の距離に比較すると倍以上の時間が掛かっている。それでも、枝道などを見逃すよりは良いと考えて、彼はじっくりと進む。

 そして、その移動も2時間半程で終了する。下った先と同様、崩落による行き止まりだ。下に有った崩落場所と違うのは、崩落面の方々から水が滴り出ている事だ。

 その滴り出た水が合わさって川になっている。直径20メートル近い面全体から、その小川を形成出来るだけの量が滴っている事に成る。

(これって、向こう側は水で一杯ってことじゃ無いのか・・・ そうじゃなきゃこんなに全面から水が滴る事は無いよな)

 伸樹が考えたのは、埋まった先の洞窟が冠水しており、そこに溜まった水が崩落面全体からしみ出していると言う事だ。

 状況的にはその可能性が一番高い。それ以外にも、上部から水が噴出しており、その為に全面から溢れている、と言う可能性も有る。

(これは諦めるべきか? ・・・でも、ここまで来て・・・もしこの先に何か重大な物が有ったら・・・)

 彼は、その場で10分程葛藤していた。水が溜まっていればかなりの危険を伴う。津波の比ではない。ダムの決壊のレベルだろう。そして、何より逃げ場が無い。

 だが、それでもここで諦めるのは悔しいのだ。だから、色々な方法を検討した。

 そして、諦めきれない彼が立てた手段が、一旦この場の天上に穴を開け地上まで出て、崩落場所を越えた辺りに穴を掘ると言うものだった。

 思い立つと直ぐに彼は実行に移る。『重力の宝珠』で天井部分まで浮かび、『切断の宝珠』で一度に切り取れる最大サイズのブロックを切り取っていく。

 切り取ったブロックは重力で勝手に落ちてくれるので、余計な手間は掛からないし土や粘土も同じ手段で落下させる事が出来る。

 彼は、自分の位置を確保する為、1メートル×2メートルの長方形の範囲内を『切断』をしていく。

 『切断の宝珠』を大量に消費するが、その掘削(?)速度は著しく早い。瞬く間に5メートル以上の深(高)さを掘る。

 1×1メートルのブロック単位で削り取り、その間もう半分のブロックで落下物を回避する。

 そして、その間少しでも『重力の宝珠』の消費を軽減する為、壁面に足場と手がかりを作ってそこに立って作業を行う。

 途中、手持ちの『切断の宝珠』が無くなった際には、仮の宿へのゲートを開き、それを維持したまま向こうへ移動して『宝珠』を取ってくるなどと言う事も行った。

 そして、その穴が30メートルを越えた時点で、彼はその計画を断念した。理由は、深すぎるから、だ。

 別段、今掘っている穴は問題ない。50メートルだろうが80メートルだろうが、時間は掛かるが手間は掛からず終わるだろう。問題は次の穴だ。

 地上から地下に向かう穴は、5メートル掘るのにもかなりの時間と手間、労力を必要とする。(主に土の運び出しに)30メートル掘った時点で『範囲認識』の圏内に外が近い兆候は全く見当たらない。つまり最低でも34メートルは掘らなくてはならない事に成る。無理だ。

 かなりの時間と、それなりの数の『切断の宝珠』を消費したこの計画は頓挫する事になった。

 そして、また最初に戻る。諦めきれない彼は、別の方法を無い頭を振り絞って考える。だが、無から有が生まれない様に、無知から有意義なアイデアが生まれないのは道理だ。

 それで諦めれば良いのだが、この男は諦めず、無謀な方法でそれを成そうとする。

 それは、普通に掘って行き、水が噴き出しそうになったら先ほど掘っていた上の穴に逃げ込むと言うものだ。閉鎖された上の空間には水は入ってこないと言うそれだけの理由だ。

 確かに、瞬間的ならば『ゲートの宝珠』より『重力の宝珠』の方が直ぐに起動出来る。そう言った意味では正しい選択ではある。ただ、根本が間違っていて、無謀なのだが・・・

 無謀な男の作業は開始された。仮の宿から『ゲート』で前もって作り置いていたスコップを取り、天上に近い部分を掘って行く。

 掘る場所が天井に近い部分なのは理由がある。それは、掘った土砂を捨てるのが簡単だと言う事だ。

 前回は下だった為、わざわざ外に出てトンネルから離れた所まで移動して捨てなければならなかった。今度はトンネル出口から下に向かって捨てるだけで済む。

 こういった学習能力はあるのだが、根本的な意危機管理がなっていない伸樹だった。

 その死と隣り合わせのトンネル掘りは4日に渡って続けられた。今回は前もって仮の宿近くに大量の木材を加工して置いておき、それをゲートで運び込む事で崩落防止用の枠を作りながらの作業となった。

 出水(しゅっすい)に気を使いながら、崩落にまで気を回す余裕が無い事から実施した苦肉の策だ。

 そして、4日目の昼過ぎについにソレが来た。ソレは常時稼働中の『範囲認識』によって発見された。

 トンネル先の地盤が歪んだを認識した伸樹は、スコップもカゴも放り出し、全速力で50メートル近いトンネルを出口に向かって走り出した。

 その後方で地響きの様な音が響いたのは半分近い位置まで来た時だ。彼は、『重力の宝珠』に意識を巡らせ、いつでも使用出来る状態にして走り続けた。

 その彼の後方から空気の壁が彼を押す。トンネル内を大質量が彼に向かって高速で移動してきている証拠だ。

 出口が後3メートルとなった所で、彼の背に水の壁がぶつかり、半分飲み込まれながら出口から放り出される。

 幸いだったのは、彼の顔が泥水から外に出ていた事だ。方向感覚が無い状態ならば、そのまま水と共に15メートル以上有る下の岩盤に叩き付けられそのまま流されて死んでいただろう。

 彼は、身体がトンネルから押し出される瞬間に、2つの宝珠の力を全開で斜め前に向かって使用した。

 彼の身体は一旦水に包まれ掛かるが、直ぐに水ら飛び出し、洞窟内を斜め下に向かって凄い勢いで落下(・・)していく。

 地面に斜めに突っ込む寸前に、『重力の宝珠』の力の向きを変え、天井部分にある穴に向かって飛んでいく。そして、穴の上2メートル程の位置の足がかりに足を掛けると、その場に取り付く。

 彼の心臓はダッシュで50メートル走った事とは別の意味で高速の鼓動を繰り返しており、違う物質を含む汗が濡れた身体を更に濡らす。

 彼の耳は徐々に気圧が上がっているのを感じている。そして、眼下には轟音と共に吹き出る水が天上や壁に付けられた発光点の明かり照らされて見えている。

 彼は、念のためにゲートの宝珠に意識を向けて、いつでも逃げ出せる準備をしたまま観察を続ける。

 その噴出は、しばらくの間は一定だった。だが、20分程経った時点で突然倍以上に大きくなり、それから少しずつ大きくなり続けた。

(おいおい、一体どれだけの量の水が溜まってたんだよ。全然無くなる気配が無いじゃないか・・・)

 吹き出している水の量は、既に毎分プール一杯分を遙かに超えている。ダムの放出と同じような水量が既に30分以上続いている。

 さすがに直径20メートルの洞窟内が埋まる程では無いが、それでもかなりの量が、かなりの圧力を有したまま未だに吹き出し続けている。

 ちょっとやそっとの水量では無い。洞窟の一部が冠水していた程度の量とは考えられないものだ。

 耳抜きを繰り返す伸樹に天啓の様に浮かんだモノがあった。それは『湖』。彼は、洞窟内を流れていた川の水の大本を、あの山間にある湖だと予想していた。

 実際、方位から考えて、洞窟は湖方向へ向かっていたのは間違いない。それ故の予想だったのだが、ならば、この吹き出している水はあの湖の水そのものなのではないか? 湖の水中に穴を開けてしまったのではないか、と。

 耳に感じる空気圧がきつくなった時点で、伸樹は観察を諦め、ゲートを開き仮の宿へと抜けた。ゲートを閉じる瞬間まで洞窟側から風が吹き出していた。

 仮の宿に帰った彼は、幾つかの『宝珠』を補充すると、バーニアノズルを持って洞窟の出口へと向かって飛び立つ。

 たどり着いた時には、その穴からは水はまだ吹き出しては居なかった。しかし、空気はある程度吹き出しており、間違いなく洞窟内が水で満たされ始めている事が分かる。

 その直径2メートル程の穴から水が出て来たのは、彼が到着して1時間後だった。くぐもった音が徐々に強くなったかと思うと、土で濁った水が噴き出し始めた。

 その勢いは徐々に強くなり、最終的には斜めに5メートル近くの距離にまで飛んでいる。元々窪地だったこの場所は、瞬く間に汚泥の沼に変わる。

 そして、窪地を溢れた汚泥は周囲の森に広がっていく。そこまでを見ていた伸樹は、バーニアノズル全開で北東の湖に向かって飛び立った。

 勢い込んで彼がたどり着いた湖には、想像していたような変化は全く見られなかった。

(あれ? 何にも変わってない? 水も減ってる感じも無いし・・・勘違いだったか?)

 しばらく湖上空を飛ぶが、これと言った変化は見当たらない。湖底や南西側の岸に近くに水が吸い込まれる渦などもない。以前見たとおりの綺麗な水で満たされている。

 予測違いに少し落ち込んだ伸樹は、帰り際に中腹の洞窟への入り口に立ち寄った。指向性を持たせた光を穴に向けると、洞窟の下一面に水が流れているのが見える。

 その水は既に泥水ではなく、見た感じは透き通った綺麗な水になっている。その場で洞窟の方向を確認し、そのままの方向を向いたまま上空に飛び上がる。

 そして、頭の中で記憶にある蛇行を考え大ざっぱに予測を付けた先は、やはり湖の方向だった。

(となると、湖の水量が多すぎて変化が直ぐに分からないだけなのか? それとも別の所に繋がってるとか・・・ 洞窟の内での方位とかハッキリ分からんからな・・・ それが分かれば良いんだろうけど)

 地上に向けて降りながら、洞窟の経路がどの方向に向かっていてどこら辺まで至っているかを思い出しながらイメージするのだが、彼の記憶力では無理だ。レベルやトランシットでの測量が必要だろう。

 どこぞのスケベな高校生トレジャーハンター位だろう、生身でそれが可能なのは。

 結果は直ぐには出ないと判断した伸樹は、その日は少し早いが帰った。その帰り道、再度洞窟出口を確認しに行くと、未だに大量の水を吹き出し続けていた。

確認を終えた後、仮の宿へ帰って来た彼は、ここしばらく出来ていなかった食糧調達を、日が出ている間一杯使って行う。

 取ってきた魚や貝は、簡単な処理の後その日の分以外は全て冷凍にした。

 明日は、『重力の宝珠』を消費しても、朝一で湖を確認に行く事にする。

 早い時間から眠る彼の服は、ここの所の穴掘り作業でかなり汚れが目立ってきている。

 毎日洗濯する関係で、襟周りも緩くなっており、(じき)に生地も傷み出すだろう。防寒以前に、早急に新たな衣類が必要だ。

 パラレルワールドの『彼女』が作っている麻製の服が出来上がるのはまだまだ先だろう。

 身近で切実な問題が彼にも表面化し始めている。当然この問題は、更に3ヶ月以上前からこの世界に来ている、他の者達も同じだ。

 それを解決する最も良い手段は、『帰還の方法を見つけ出し、帰る』事だが、まだ、その原因すら分かっていない。

 彼らの暦で9月も半ばを過ぎた。世は完全な秋だ。

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