12.糸と平野部探査
志賀緑と笹貫綾乃は強姦被害者グループである。上野桜達とは別のグループで生活している。
ただ、家の大きさの問題で別々のグループに分かれているだけで、実質的には『被害者グループ』として纏まって居る。
現在、志賀と笹貫は悩んでいる事がある。それは、来るべきモノが来ていないと言う事だ。ほぼ二ヶ月にわたって来ていない。生理が・・・
繰り返して言う、彼女達は強姦被害者グループである。・・・つまりは、そう言うことだ。
グループの者にもまだ話せずにいる、2人だけの秘密だ。志賀と笹貫は2年と1年という別学年ではあるが、家が近い為仲が良かった。
そして、この世界に落ちてきた後も、2人で生活していた。更に、問題の時も・・・
まだ確定した事では無い。環境の変化と、精神的なショックで遅れているだけという可能性もある。良く有る事だ。
だが、もしそうで有ったとしたら・・・と考えてしまうのだ。その場合その対象者は5人。2人とも全く同じ5人だ。そして、その内2名は死んでいる。上野が殺してくれた。
そう、彼女達にとっては、上野が『殺した』では無く『殺してくれた』なのだ。残りの3名は土下座して謝罪したが、許せるはずも無い。
彼らの住む家では、いまだに誰かしら夜中にうなされている。時折、ヤツらが笑っている姿を見かけると、『切断の宝珠』を手にしたくなる。今でもだ。
彼女達は、妊娠に対する不安にさいなまれながらも、日々の生活の為に食糧などを集めなければならない。泣いてうずくまって居られる環境では無いのだ。
2人は、遅れているだけで有る事を祈りながら、砂浜で貝と『宝珠』を今日も探している。
実は、この妊娠問題は彼女達だけの問題では無かった。他の被害者はもちろん、被害を受けていない者でも、こちらに来てから同意のもと関係を持った者はその不安が付きまとっていた。
なにぶん、避妊具など存在する訳も無く。更に大多数は『初めて』の者で、コントロールなど出来るはずもない。『外に出す』という事すら出来ない者が大半だった。
結果として、『生理が遅れている者』が何人も出て来る事になる。娯楽も無く、希望が見えない環境で、尚且つ高校生と言う欲望の肥大化する時期となれば、意識的な抑えも効きにくい。
俗に言う、『生命の危機に瀕しては性欲が高まる』が事実かどうかは不明だが、確実に関係を持つ者の数は増えている。そして、それに従って『来ない者』も増加している訳だ。
彼らの状況は、傍目に見える以上にカオスな様相を内包しだしている。
伸樹は、昨日途中で探索を打ち切った東方面の残りを探索している。午前中で山の部分を全て確認を終え、午後からは東の海までの間を調査する。
海岸直近以外は、かなり緩やかな傾斜で、変な藪も無くサクサクと移動が出来る。その為、範囲的には広いもののその日のうちに東部の確認を終えた。
結果は、何も無し、だ。変わったモノも、洞窟すら無い。岩の中に有る『宝珠』は全て『液化の宝珠』で、他に変わった場所にある『宝珠』も無かった。
そして、それから10日間を彼は島の中を歩き回って探索を続けた。3日後に拠点を湖西部に移した以降は、その場を起点に探索を行う。
以前と違い、『範囲認識』のエリアが拡大した事で探索に掛かる予定日時は圧倒的に短縮された。当初は数ヶ月かかると思われていたのが、半月と掛からず終わったのだ。
ただ、伸樹が確認したのは山岳部のみで、平野部はまだ確認していない。川も8割以上は未探索だ。
平野部の探索で最初に選んだのは、南西の平野部だった。このエリアは誰も住んでおらず、完全な未確認地で有り、一番広い土地だ。つまり可能性の一番有る土地と言う事に成る。
あえて言うまでもないが、この間、定期的に『彼女』の様子は確認しに行っている。夜間にこっそりと、だ。
南西平原の探索は、ほぼ中央に近い山際に仮の宿を作る事から始めた。本来は海辺が便利なのだが、真水が確保出来ない関係で、山際の小川側に作らざるを得ない。
その後は、東端ら探索を開始した。東側は森林地帯が川まで続いている。木の密度はかなり高く、樹齢もかなり有り下草は殆ど生えていない所だ。
そんな中を、時折地面に額を付けながら探索していく。深い位置に洞窟などが有る事を考慮しての行為で、50メートルに1回程度の頻度で確認している。
季節は確実に秋に変わり始めている。朝の気温は大分低下しており、夜間も氷による冷房は必要なくなってきた。
更に、山の幸も実り初めており、ムベ、アケビなども色づいてきている。その為、2日に一回程度、半日は食糧調達に時間を割いた。
以前見つけた栗も、虫にやられていない分は全て回収して有る。その上で、一部を除いて地下に掘った洞窟内に凍らせない程度に冷やして保存してある。
彼の目下の心配事は、『彼女』の件を除けば、『衣類問題』が最も深刻だ。今は初秋では有るが、直ぐに冬が来る。だが、彼はTシャツしか所持していない。
他の学生達は、転移時期の関係で上下ジャージをを所持している為、彼程では無いだろうが、それでも真冬には耐えられない。
太鼓女史の繊維抽出の件は、避けられて以降確認が出来ないままになっている。
その為、他のパラレルワールドの太鼓女史に接触して、その件を確認したのだが、『1年早い組』の彼女はその知識を有していなかった様で、その作業を実施していなかった。
その後、もう一人の『1年後組』の彼女に確認すると、彼女はその知識を有しており、既にある程度作り始めていた。
どうやら、彼女がその知識を得たのは、1年半ほど前のテレビ番組かららしく、その為『1年早い組』の彼女はまだ知らなかった事が分かった。
『1年後組』は『宝珠』の発見が早かった為、生活に余裕が出来るのも早く、その為研究的な事も早くから始められた事も有り、その成果が既に現れていた。
伸樹的には、出来れば自分で実施したいのだが、とてもでは無いがそんな余裕があるはずも無く、考えたあげく『1年後組』の『彼女』に『宝珠』を代価に頼む事にした。
『彼女』は快く引き受けてくれた。実際、『宝珠』という代価が無くても引き受けだだろう。微妙な関係ではあるが、互いを大事な相手として認識しあっている間柄なのだから。
ただし、服のサイズを織り上げるにはかなりの手間が掛かる。まともな糸にまでしていては、絶対に今年の冬までには終わらない。だから粗い状態のままで織り上げて貰う事になる。
それでも初冬まで間に合うか微妙だ。『彼女』には無理はしない範囲で、と頼んである。だが、『彼女』は多分無理をするだろう。彼女の意志で、喜んで。
後、その知識を『一年早い組』の者達に伝える。作製する方法と工程、対象となの植物の種類と部位など、実際伸樹が見て確認したモノを全て伝えた。
家造りに追われる『一年早い組』では有るが、彼らも衣類の事は心配していた様で、かなり感謝される事になった。
彼的には、他の生徒の万言の感謝より、『彼女』の「ありがとう」の一言の方が何十倍も嬉しい言葉だった。
そして、彼の『彼女』が居る集団が問題だ。
(多分、遅かれ早かれ同じように作れる様には成るはずだけど・・・ 早いに越した事は無いんだよな。でも、話を聞いてくれるかどうか・・・)
彼にとっては、その『彼女』が一番大事だ。故に、何よりも先に『彼女』にその恩恵が至る様にしなくては成らないと考えている。
しばらく考えた末、意を決して南西の集落へと向かう。漁の為に簡単に作ったカヌーに乗って海を渡って向かう事になる。
今回のカヌーは、海用という事で少し大きく作ってあり、『1年後組』の花咲よりもらい受けた鉄によって作られた噴射ノズルが使用されている。
その為、全力が出せる。飛行時と違い、『流体の宝珠』を同時に2つ使える関係で、その出力は大きい。波が穏やかであれば、軽く時速60キロは出る。
一般の船に比べても十分に速い速度だ。彼は、そのカヌーを使って、岬を回り込み、砂浜を左手に見ながら川の河口部まで一気に移動した。
その時間は午前10時程で、海岸には多くの女子が訪れており、水しぶきを上げながら爆走するカヌーを呆然と見送っていた。
そして、河口部の砂浜に乗り上げたカヌーから下りた伸樹を見て、驚きの表情と声を上げる。
彼女らの驚きは、カヌーじたいの異様さと、そこから降りてきたのがシンだったと言う事、そして何より死んだと思って居たシンが生きていた事に驚いていた。
仕事の仕分けの関係で、海や集落周辺にいるのは、大半女子のみとなっている。伸樹が陸に上がった時点で周囲には男子は一人として居ない。
驚いたままで固まっている名を知らぬ女子に伸樹は近づく。
「太鼓女史はどこに居る?」
彼の言葉に、彼女は反射的に集落側を指さした。元々彼を忌避していた訳では無く、壊された家の件を聞かれると面倒だと思って避けていただけだった彼女は、反射的とは言え素直に答えていた。
伸樹は「ありがとう」とだけ言って、集落の方へと移動していく。
先ほどの彼女と同じで、既に2週間以上経過して、積極的に彼を避けようとする者は少なく、ただ彼が生きている事に驚くだけの者が殆どだった。
無論、少ないだけで、何人かは存在している。その人達は、『3年間問題』を恨む者達で、実質半分は『恨む為の対象』を必要とする気持ちから来る代償行為の一つだ。
2週間前とは微妙に違う雰囲気を感じながら、伸樹は太鼓女史の家を目指す。幸い、彼女は家の外にいた。糸用と思われる繊維を丸太で叩いている。
かなり近づいた伸樹に彼女は気付かないまま、もう一人の女子と集中して葛のモノと思われる繊維を叩いている。
「太鼓さん、良いか」
後ろに回った伸樹が彼女の肩をポンと叩くと、作業を中断させられて不満げな顔で彼女は振り返り、そして驚きの声を上げた。
「貴方、生きてたの!」
「? 生きてるよ。ま、そんなのはどうでも良い。繊維の件で良い結果を出した植物と、作製のデータを持って来た」
伸樹はそれだけ前置きすると、カゴから麻や幾つかの葛を取り出して渡す。そして、それぞれに成功した工程を説明していく。
当初呆然としていた太鼓女史も、時折質問しながら熱心に聞いていた。全てを話し終えると、伸樹は踵を返す。
「チョットまって、何で貴方、こんな事知ってるの? 一人で実験した訳じゃ無いんでしょ。ひょっとして現地人に接触したの?」
用は終わったとばかりに立ち去る伸樹に彼女は大慌てで問いかける。説明を受けている途中何度となく聞こうと思った事だが、終わってから、と我慢していた事だ。
「? ああ、その事か、この方法を見つけたのは貴方だよ。だだ、1歳年上のパラレルワールドの貴方だ」
「はあ???」
当然そんな言葉で理解できるわけも無く、彼女はもちろん、一緒に作業をしていた女生徒も首をかしげていた。
「今この島には、ここに居る生徒達の他に、2組の『北泉高校』一行が居るんだよ。それぞれ別の世界から来た、いわゆるパラレルワールドってやつから来た『北泉高校』一行だ」
呆然としている彼女達に、細かな話を説明していく。3回目とも成れば手慣れたものだ。
「私が他に2人居るって言う事?」
「ああ、同じ1年・・・向こうでは生徒は2年か、の担任のあんたと、3年副担時代のあんたが居るよ」
「・・・・・・何故貴方がそんな事知ってるの? やっぱり貴方が今回の事件の犯人だって事?」
説明の途中で彼女はいきなりそんな事を言い出した。伸樹は一瞬何を言われているか分からなくなった様で、口を半開きでしばし固まった。
「・・・言ってる意味が分からないんだけど・・・ 単にこの島を調べて回ったら、彼らに会ったって言う事だけなんだけど・・・」
「でも、他の誰もそんな人達に会っててないのに、貴方だけが出会えるって変でしょ!」
「はぁ? ・・・あんた、先生だよな? 大丈夫か? ・・・この学校の生徒達が移動した範囲より、俺が移動した範囲の方が広かったってだけの事だろう? 山に登ったってやつが居るみたいだけど、湖のその先の山を越えたヤツは居るのか? 彼らはその先に居るんだぞ」
意味が掴めない言いがかりに、怒るより心配になる伸樹だった。大丈夫なのか、こんなのが先生で、と。
「山の、そのまた先・・・」
「湖の話は是枝先輩達から聞きましたけど、その先に行ったって話は聞いてません・・・」
脇で聞いていた女子生徒が太鼓女史に小声で呟いた。その呟きで自分の考え違いを理解した様で、彼女の顔から険が消える。
「じゃ、じゃあ、島って、どう言う事? ここって島だって言う事? 貴方は、その島を全部回ったって言う事?」
「イエス、だよ。ここは島だ。多分屋久島ぐらいの大きさかな?自信は無いけど。 全体の形は四国に似ている。方位もそのまま。ここは南東の海岸。他の集団は、北の海岸と、北西の海岸に居る」
「あ、あのっ、他は誰もいないんですか? 現地人とか、その遺跡みたいなモノとか、・・・帰る手段や原因が分かる様なモノとか・・・」
呆然としている太鼓女史をよそに、女子生徒が尋ねてくる。彼女の方が状況の適応能力がある様だ。
「今度はノー、だ。人気も遺跡も何も無い。もちろん全てを調べ終わっては居ないけどね。漠然と回った範囲でそれらしきモノは無かった。今は平野部を探索中だ」
彼女も今度はかなりショックだった様で、肩を落として俯いてしまった。さすがにそのままではマズいと、伸樹は『可能性』を提示する。
「一応ね、新しい『宝珠』が見つかってる、次元に穴は開けられないけど似た様な機能のモノなんだ。つまり、次元に穴を開けられる様な『宝珠』が有る可能性は高まったと俺は思ってる」
「ホントですか!」
うなだれた多状態から急に復活した女子生徒は、伸樹に食って掛かる様に尋ねてくる。
「ああ、『ゲートの宝珠』って呼んでる。良く覚えている場所への空間を歪めて繋ぐゲートが作れる。どこでも何チャラって言う秘密道具みたいなもんだよ」
驚く女子生徒と、やっと話に付いてこられる様になった太鼓女史に、それ以外の『重力の宝珠』、『液化の宝珠』の事も教え、ついでに『流体の宝珠』の使い道も教えた。
洞窟と『水晶モドキ』と『ゲートの宝珠』の関係と、岩と『液化の宝珠』の関係も伝える。
『重力の宝珠』は軽く浮かんで見せ、『ゲートの宝珠』は西の平原へゲートを一瞬開いて見せた。十分なデモンストレーションには成った様だ。
一通り言うべき事を言った伸樹は、帰る為に海へと踵を返す。
「ちょっと、待って。どこへ行くの?」
「? 海岸に船を止めているから、そこに行きますよ。その後は、今探索している南西・・・ここから見れば西の岬の先に有る平原を調べるつもりです」
「一人で?」
「ええ、面倒が無いですからね。住処を荒らされる事も有りませんし」
住処の事を言った瞬間、太鼓女史と女子生徒の顔が歪む。だが、その件について彼女達は何も言わなかった。
だから、伸樹もそれ以上何も言わず、彼女達に背を向けて歩き出す。
伸樹が集落から海に向かって移動していると、前に中村と長永が居る。彼女達は伸樹に気付いており、彼を待っていた。
「チョット、何でアンタ生きてんのよ。死んだと思って清々してたのに」
中村の顔は憎々しげに歪み、彼女の言葉が冗談では無い事を表している。
「何しに来たの? ここには貴方の居場所は無いよ。分かってる? 貴方が来たせいで、私たちは3年以内に帰れなくなったんだよ。みんな貴方を恨んでるんだよ」
中村と違い、長永は無表情で淡々と伸樹に告げる。感情を表さないだけ、より一層根が深い様だ。
「何にも役に立たないあげく、3年間を奪うなんて、ホント、なんで来たの? 来なきゃ良かったのに」
そう吐き捨てて、彼女達は集落の方へと歩いて行った。伸樹はしばらくその場に立ち止まっていたが、深呼吸の後海へと向かって歩き出す。
(ごめん、でも・・・)
彼なりにショックは受けている様で、その表情は硬い。だが、自分自身の目的を自分の中で繰り返す事で自分を鼓舞していく。
その成果は有った様で、彼の表情は普通に近くなり、うつむき加減だった背筋は完全に伸びた。
彼は、自分が皆からどう言う風に思われているかは知っていた。『彼女』の様子を伺いに行った際、『彼女』達の会話でそれを知ったのだ。
だが、やはり面と向かって言われるのは別の様で、思った以上のダメージを受けてしまった様だ。
彼の理念、行動原理は、『『彼女』の幸せの為に』で有る。だが、『彼女』から3年と言う時を奪ってしまった事は間違いない。つまり『彼女』を不幸にした事に成る。
例え、目的がどうであれ彼女を悲しませたのは間違いない。故に苦悩が生まれる。だが、既に起こってしまった事だ。悔やんでもしかたが無い。
だから、最大の問題を解決する事で、少しでもその罪を償うのだ。そんな風に彼は決意している。前向だ。間違いなく前向きだ。根本がおかしい気はするが・・・
陸揚げされたカヌーに集まっている生徒達は、伸樹が近づくと蜘蛛の子を散らすという慣用句がピッタリと合う様に逃げ去っていく。
苦笑気味の表情で、彼はカヌーを海に出し、飛び乗ると全速で西へと向かって走り出す。波しぶきを上げながら走るカヌーを、浜辺から生徒達が呆然と見送っていた。
彼は、既にそんな様子は全く見ておらず、ただ前だけを見て握りしめた2つの『流体の宝珠』に意識を集中し続けている。
南西部の平原に到着した伸樹は、一旦魚などの海産物を採り、簡単な処理だけして冷凍にしてカゴに入れる。半日なので大丈夫だとは思うが、まだ日中は暑いから念のための腐敗防止だ。
その日の残り半日で、川の東側は全て探索を完了した。何も無しだ。その代わり、ドングリのなる木を見つけていた。かなりの量のドングリがもうしばらくすれば手に入るだろう。
その翌日は、川を遡っていく。大量の『一般宝珠』と、ある程度の『レア宝珠』が手に入る。だが、未知の『宝珠』は全く発見出来ない。
下流から上流まで、2日と半日を要したが、新たな発見は無かった。ただ、ここの所消費の激しい『若返りの宝珠』が補給出来たのは満足だった。
この平原に居を移して直ぐ、彼は仮の宿の側に栗を植えた。40個の栗の実を使ってだ。そして、その全てに『若返りの宝珠』を使用し、成長を高めている。
時期的に完全に実りの時期を過ぎて居るのだが、『宝珠』の効果が有れば問題が無いのは『1年後組』の栗で確認済みだ。
定期的な『成長』照射で、栗は2週間と掛からず実りまで至ったのだ。その結果を知って、彼も新たに採ってきた分の栗をつかって植樹を始めた訳だ。
その為、『若返りの宝珠』の消費がかなり進んでいる。2日に1回ペースで全ての木に『成長』を掛けなくては成らない。あっという間に数が減っていく。
さすがに全て無くなるようなことは無いが、心許なくなっていたのは確かで、今回の補充は有りがたいモノだった。
本来は、彼の『彼女』が居る組にこそ栗を渡したいのだが、数日前の通り彼自身が彼らから拒まれている現状では無理がある。
だから、彼は自分の為では無く、いざと言う時の『彼女』のために栗を育てている。
そして、川の探索を終え、川西の平原の探索を開始する。川を挟んで西は、一気に様相が変わり、草原地帯と荒れ地がまばらに続いていた。
それらを更に先に行くとまた森林地帯が出て来るのだが、しばらくは木の少ない所を探索する事に成る。
伸樹が仮の宿にしている所は、森林区と草原区の境だ。その為、日に日に行き帰りの時間は短くなっていく。
そして、川西を探索し始めて3日目の事だった。山沿いの崖に成った部分を『範囲認識』を使いながら移動していると、洞窟を発見した。
ただ、その洞窟は入り口は完全に埋もれおり、東部の山にあった洞窟と同じような状況だった。
ただ、唯一違うのは、埋まっていない場所の岩の壁面が、水平と垂直の真っ平ら面で構成されていた事だ。
それは、彼がこの島に来て初めて見いだした『人工的に作られたモノ』で有る可能性を示していた。
彼は大急ぎで掘り始めた。周囲に大きな木が無い為、かなり移動して森の中で2個のスコップを作って飛んで帰って。
大慌てで掘った為、予想通り1本のスコップを壊す事になる。さすがに2本目は慎重に使い穴を貫通させた。
そして、彼は洞窟内に『光の宝珠』で発光点を作ったスコップを片手に踏み込んでいく。相も変わらず洞窟の危険を考えない無謀な行動だ。
だが、入ろうとした瞬間、彼はかなりの速度でバックステップで後ろに下がった。なぜなら中から硫黄臭の様な臭いが溢れていたからだ。
実際は、硫黄じたいには臭いが無い為、硫黄臭という言葉はおかしいのだが、硫黄系の温泉臭を一般的に硫黄臭と呼んでいるので誤りでは無い。
さすがの伸樹も、危険を考えた様で、しばし離れてから考えて、『流体の宝珠』を取り出し、鉄で作り直したバーニアノズルを持って洞窟入り口へと移動する。
そして、臭いが無いのを確認して深呼吸を数回行った上で穴の前まで行き、息を止めた状態でバーニアノズルを穴に向け、外気を『流体の宝珠』を使って洞窟内に流し込んでいく。
その作業を息が切れるまで行い、切れかかると離れて息を整え、再と穴の前へ向かう。それを20回程繰り返し、最後に少しだけ臭いを確認すると、もうあの臭いは無かった。
それでも念のため、照射方向を変えながら5回程繰り返してから、彼は洞窟に入った。
その洞窟は奥行きはさして無く、入り口の通路が1.5メートルで、4畳半程の四角い部屋に繋がっており、奥にもう一部屋6畳程の部屋、崖面に添った先には1畳無い程の小部屋が1つ有った。
各部屋の仕切り部分には、朽ちてボロボロになった板らしきモノが落ちている。小部屋の下には5メートル程の穴が掘られており、多分トイレだったのだろうと思われる。
入り口の部屋のトイレと反対側には、地下室が有り、階段で降りられる様になっている。地下室の広さは2畳程だ。
全ての部屋は切り取られた様に平面に成っている。『切断の宝珠』を使用したモノだろう。
問題は・・・(誰がここに住んでいたんだ?)と言う事だ。
(相当古いモノだよな・・・ 10年や20年じゃ効かないと思う。場合によっては100年単位? この世界に人間かそれに準じた知的生命体がいるって事か・・・)
湿気の無い閉ざされた空間では、木製品は思った以上の年月形状を留める事がある。100年単位のモノが発見される事も多い。
この洞窟のモノがどうで有るかはまだ分からない。ただ、10年やそこらのモノで無い事は確かだ。
そして、伸樹は奥の部屋の壁にソレを見つけた。ソレは文字だった。岩壁に彫り込まれている。
何より彼を驚かせたのが、彼にその文字が読めた事だった。




