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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
蜘蛛女(アラクネ)
25/45

3



「……で? なんでこんなことさなってるだか?」


 更科さらしな 辰子たつこは眼前に広がる惨状にドン引きしながら、そう呟いた。

 高価そうな調度品の数々、先ほどとは打って変わってゴージャスな装いの亞璃紗、それに傅くメイド服姿の莉子、なぜか興奮気味の八郎。

 彼女が目を覚ましたら、いきなりこんな状況だったのだ。


「ようこそ我が家へ。歓迎いたしますわ」

「『ようこそ』じゃねーだっ! 完全に拉致だぞこれ!」

「ええ、拉致ですわね」

「開き直るでねぇ!」

「り、莉子さんっ! こ、この紅茶、すごく美味しいです! お、おかわりくださいっ!」

「はいはーい」

「って、なんでオメェはすんげぇナチュラルに敵と馴れ合ってるだか!!」

「いでっ!? だ、だって……」


 おまけに、相棒であるはずの弟はすっかりメイド服の少女に鼻の下を伸ばしまくっており、まったく使い物にならない。

 敵の胃袋の中に押し込められているというのに、緊張感のかけらもない男である。

 辰子は頭を抱えた。


「ふぅ……そう警戒しなくても大丈夫ですわ。ここにお連れしたのは、貴方達と親睦を深める為ですから」

「し、しんぼく……だとぉ!?」


 カップに口をつけながら、そう呟く亞璃紗。

 辰子は鳥肌が立った。

 親睦……

 まさか散々このエリアの精神異能者サイコパスを狩りまくった凶刃・ブレイドの口からこんな言葉が出るとは、予想外だった。


「ちなみに、提案したのは莉子ですわよ?」

「だって、同じ精神異能者サイコパスでしょ? 無駄にいがみ合うより、仲良くしたほうがいいかなって……」

「ぼ、僕もっ、莉子さんの言う通りだと思います!」

「ハチっ! いちいち出しゃばるでねぇ!!」

「いたっ!?」


 苛立ちを発散するように、弟の頭を小突く辰子。

 しかし……考えてみれば、とりわけ悪い話ではない。

 精神異能者サイコパスとして影響力の強いブレイドの庇護下に入れば、メリットも多いだろう。

 だが、それでも辰子は気に入らなかった。

 偽善者ぶる莉子も。

 澄ました顔で紅茶を楽しむ亞璃紗も。

 もちろん、莉子の身に付けている世の男連中に媚を売るような給仕服と、それに目を奪われている我が弟も。


「と、いうわけで、仲良くしませんこと?」

「ふざけんな毛唐」

「…………」


 亞璃紗は営業スマイルのまま停止する。

 そして、その笑顔のまま莉子のほうへ視線を送る。

 莉子はなにかを理解したふうに頷くと、持っていたティーポットをテーブルに置き、八郎のほうへと近付いた。


「ねぇ八郎君?」

「おふぅ!? は、はいィ! な、ななな、なんですかっ、り、莉子さんっ!」

「あのね……? 八郎君が見せてくれた、そのっ、強化ブーストなんだけど……よかったら、あたしに教えてくれないかな?」


 ぎこちない笑顔で、たどたどしくそう囁くメイド莉子。

 もちろんこれは亞璃紗に指示された演技であるが、その一挙手一投足に、更科さらしな 八郎はちろうはドギマギしっぱなしだ。


「ぼ、僕の強化ブーストですか? べ、別にいいですけど……」

「うん。じゃあこっち来て? 地下にトレーニングルームがあるから、そこで……ね?」

「は、はいぃ~……」

「あっ! こ、こらハチっ! オメェどこさ行くだ!? そんな色気の無ぇ女さついてくなんてオラ許さねーぞ!? おいハチっ! こらぁ!!」


 姉の言葉などどこ吹く風。

 八郎は莉子に誘われるまま波間流離うクラゲのように、フラフラと消えていった。

 

「なっ……! なっ……! なんだべかあの小娘はァ~~~……!! ひとの弟さ、た、たぶらかして……!!」

「くすくすっ、随分と弟さんが可愛いみたいですわね?」

「……なにが言いたいだか? オメェ……」


 まるですべてお見通し、とでも言いたげな口ぶりの亞璃紗。

 そんな亞璃紗を、辰子は敵意と殺意をむき出しにした視線で睨みつける。


「失礼ながら、おふたりのことを調べさせて頂きましたの。更科さらしな 辰子たつこ……吉野原高校3年2組。成績は下の中」

「うっ……!」

更科さらしな 八郎はちろう……金崎商業高校1年1組。成績は上の上……あらあら、姉弟なのに頭の出来が全然違いますのね~」

「そっ、それがどうしただか!? ハチはオラと違って、頭もいいし、優しいし、見た目だって悪くねぇ……オラの、自慢の弟だっ!! それに―――」

「異性としても愛してると」

「ぶふーーーっ!?」


 気を落ち着かせようと飲もうとした紅茶を、盛大に吹き出す辰子。

 亞璃紗はそれを予見するように、涼しい表情で飛沫をトレイでガードした。


「い、いいい、いきなりなにを言い出すだか!? な、な、なんで―――」

「姉と弟、禁断の愛ですわよね~。許されないけど彼を射止めたい……その想いがブロークン・アローを生み出しましたのね?」

「ちょ、ちょおーーーーっ!? ち、ちちち、ち、ちが、ちがちがっ……」


『違う!』

 亞璃紗の言葉に対して、辰子はそう否定したかった。

 しかし、出来なかった。

 何故なら図星だから。


「そういえば貴方達が狙っていたあの縄張りも、ちょうど吉野原高校とと金崎商業高校の間にありますわよね~?」

「ちがっ……違うだっ! あ、あそこを狙ったのはそういう目的じゃ―――」

「人気の喫茶店とか、可愛いショッピングモールとか、カップルに人気のゲームセンターとかもありますし、放課後デートを満喫するには最高の立地ですわよね?」

「ぐっ……も、もうやめてけろ!! そ、そうだ! 部下っ! オメェの部下になってやるだっ!! 命令でもなんでも聞くだっ! だからもう―――」

「あの縄張りを手に入れて、だ・れ・と……デートするおつもりでしたの? くすくすっ♪」

「そ、それ以上オラの心を抉らないでけれ~~~~~!!」

「貴方が中学生の時に起こした告白事件も調べさせて貰いましたわよ? その時も、弟君が大活躍したそうですわね~?」

「うわあああああーーーーっ!!! や、やめてけれーーーーーーーーっ!!!」


 その後……たっぷり30分かけて、辰子の甘酸っぱい恋心は無慈悲な小悪魔によって、奥の奥まで丸裸にされてしまった。

 もはや反論する気力すらなくなってしまった辰子に対し、亞璃紗が提示した条件は3つ。

 ひとつ、情報の共有。

 ふたつ、縄張り共有。

 みっつ、相互不可侵。


「オメェ……本当にこんな緩い条件でいいだか? もっと―――」

「もっと不利な条件で、馬車馬のようにコキ使われると思いました?」

「当然だっ……! だってオラ達は敗戦の将……それなのにこんな優遇して、一体どういうつもりだか?」

「ふふっ、別に下心なんてございませんわ? ただ……わたくしも貴方と同様、茨の恋路を行く女ですから。少しだけ……貴方に親近感を覚えたのかも知れませんわね……」

「お、オメェ……」


 頬を桃色に染めながら、視線を逸らしてそう呟く亞璃紗。

 彼女のその言葉……そして、年頃の女の子らしい仕草に対し、辰子は初めて亞璃紗という少女を、好意的な目で見ることが出来た。


「ですが……もしわたくし達を裏切るようなことがあれば……くすっ♪ 分かってますわよね?」


 そして、せっかく上がった好感度はその一言で一瞬にしてマイナスに戻った。







「亞璃紗ー? 明日は体育あるけど、ちゃんと準備したー?」

「…………」


 もう日付が変わろうかという時刻。

 パジャマに着替えた莉子が、ベッドに寝転んだ亞璃紗に問いかける。

 しかし、彼女は無反応。

 それもそのはず。

 今の彼女には、明日身に着ける体操着について考える余裕など1ミリたりともなかった。

 では一体なにを考えているのか?

 言わずもがな。

 亞璃紗をここまで悩ませる人物など、世界中どこを探してもひとりしか存在しない。


『3つだけ……オメェの為に忠告してやるだ。ひとつ、一之瀬 莉子には気を付けろ』


 発端は、辰子に言われたこの一言だった。


『ふたつ、あいつは同調覚醒者シンクロだ。オラには分かる』


 精神異能者サイコパスとして覚醒するのには条件がある。

 抑圧された感情や他人には言えない欲望などの心の闇、そして精神的にも未熟な年齢。

 このふたつが、精神異能者サイコパスとして覚醒する為に必要なファクターといわれている。

 ただし、ひとつだけ例外がある。

 それが同調覚醒者シンクロだ。

 同調覚醒者シンクロは、ある条件を満たすことで、健全な精神のまま精神異能者サイコパスとして覚醒する資格を得ることが出来る。

 その条件とは、精神異能者サイコパスを心から信頼し合い、“接触”すること。

 一見簡単そうに見えるが、心を病んだ者に対して気を許せるような人間が、果たしてどれだけいるだろうか。


『え? どうしてオラにそっただことが分かるかって? ……身内にひとりいるだよ。頭と顔はいいのに、ムッツリスケベの同調覚醒者シンクロが』


 なぜ同調覚醒者シンクロが危険なのか。

 その理由はふたつある。

 ひとつ。自然覚醒した精神異能者と違い、精神武装ミリタリアまで完全覚醒すると、その膨大な精神エネルギーをコントロールすることが出来ず、理性を失って暴走してしまう危険性がある。

 ふたつ。同調覚醒者シンクロであるということは、近辺に必ず“親”となった精神異能者サイコパスがいる。

 大抵の場合、“親”と同調覚醒者シンクロは、更科姉弟のようにふたりでコンビを組むのが普通だ。

 なぜなら、ふたりは心から信頼し合える間柄なのだから。


『そしてみっつ目、オメェ達、白川高校だったよな? あそこには…………、で、金曜になると…………、蜘蛛…………、…………』


 辰子の忠告……最後のほうは、ほとんど頭に入らなかった。

 蜘蛛がどうとか言っていたようだが、もうどうでもいい。

 亞璃紗の頭の中は、莉子への疑念でいっぱいでそれどころではなかったのだ。


「……? どうしたの? さっきからなーんか難しい顔してるけど……」


 四つんばいになってベッドに上がり、心配そうに亞璃紗の顔を覗き込む莉子。

 確かに、莉子は精神異能者サイコパスには似つかわしくないピュアな子だとは思っていた。

 この子なら、すぐに誰かを信じてしまうのも頷ける。

 ならばなぜ今まで気付けなかったのか。

 同調覚醒者シンクロの可能性に……

 ……いや、気付きたくなかったのかもしれない。

 亞璃紗はどこかで、莉子を神聖視していた。

 彼女が自分以外の人間に心を許す姿など、想像したくなかった。


「莉子……? なんですの? その格好は……」

「えっ? 格好? 別に、普通のパジャマだけど……」


 莉子が自分の知らない人間に心を許している……?

 いや……もしかしたら心どころか、その身体まで―――

 そう考えると、自分の心の奥底からどす黒い感情が湧き上がってくる。

 闇色をした、粘着質のドロドロとした醜い欲望と共に。

 青白い炎をあげて沸騰するその情動に……亞璃紗はついに突き動かされる。


「……しだらですわっ」

「亞璃紗……? なんて言ったの? よく聞こえ―――」

「ふしだらだと言ったんですっ!!」


 その瞬間、莉子の頬に熱い痛みが走る。

 だだっ広い部屋に、乾いた音が響いた。


「え……あ、亞璃……紗……?」


 一瞬、なにをされたのか分からずにきょとんとする莉子。

 そして、理解する。

 亞璃紗に……殴られたことを。


「服装ではありませんわっ! そんな易々と他人のベッドに上がって……それがなにを意味してるか、理解してますのっ!?」

「あっ、ご、ごめん……あ、あたし……なにか悪いこと、したの……?」

「そうですわね。貴方は重大な罪を犯しましたわ……“無知”という、罪をっ……!!」


 二度目の平手。

 平手と呼ぶには強烈過ぎるその一撃に、莉子はベッドに倒れ伏す。


「いったぁ……な、なにも叩かなくたっていいじゃんっ! てか、さっきのマジで痛……」

「黙りなさいっ……!」

「っ……!?」


 有無を言わさぬ迫力ある眼光で睨みつける亞璃紗。

 莉子は彼女の命令通り、押し黙る。

 その隙に、亞璃紗は莉子に跨って手首を掴んで押し付ける。

 莉子の小柄な身体が、特大ベッドにゆっくりと沈み込んでいく。

 ただならぬ雰囲気に身の危険を感じたのか、莉子も懸命に身をよじる。

 ……が、びくともしない。

 亞璃紗はこのとき、幼少期にわけのわからない剣術をみっちり仕込んでくれた祖父に対して、大いに感謝した。

 おかげでその辺の小娘くらいなら、ご覧のように軽く押し倒せる程度の腕力が身に付いたのだから。


「莉子? 貴方……随分と精神異能者サイコパスをたぶらかすのがお上手ですのね? あの弟君も、貴方にメロメロでしたもの」

「八郎君が? そう……かな? 別にそんなことないと思うけど……」

「いいえ。わたくしの目はごまかせませんわよ? その手管……どこで習いましたの? 誰に仕込まれましたの?」

「えっと……亞璃紗? ホントに、どうしちゃったの? どうしてそんなに怒ってるの? あたし、本当に身に覚えが―――」

「そう。あくまでもシラを切るつもりですのね」

「な、なんでそういう発想に……今日の亞璃紗、怖いよ……」


 潤んだ瞳。

 小さく震えるその唇。

 莉子の動悸が、密着した胸から伝わってくる。

 ウソを言ってるような素振りは見られない。

 しかし、それでも亞璃紗は納得いかなかった。

 自分がここまで心を乱し、身を焦がしているというのに……

 莉子が、他人のお手つきかも知れないなんて。

 たとえその可能性が0.01%足らずだとしても、許せなかった。

 嫉妬。

 愛欲。

 独占欲。

 支配欲。

 そして……嗜虐心。

 それらがぐちゃぐちゃにミックスされた混合物が、亞璃紗の心をぐつぐつと煮やす怒りの炎に、矢継ぎ早にくべられていく。


「……やはりその態度、腹に据えかねますね」

「えっ? あっ……んっ……っ!?」


 刹那。

 莉子の唇に、とても柔らかなものが押し付けられる。

 それはこともあろうに、目の前にいる少女の唇。

 プラチナブロンドの髪が、さらりと莉子の頬をくすぐる。


「っ……、んっ、やっ……あ、あり、さ……っ?」

「んっ……莉子っ、逃げることは許しませんから……」

「えっ……? っ、ひゃっ!? ……んむっ!?」


 莉子が見せた僅かな抵抗。

 それをすかさず察知した亞璃紗は、彼女の脚の間に、自分の膝を割り込ませ……おもむろに“そこ”を刺激する。

 不意を突かれた莉子は身体をびくんと反応させ、一瞬だけその力が緩む。

 その一瞬の隙に、亞璃紗は再度、莉子の唇を蹂躙する。


「んっ、はむっ……んっ、ちゅっ……」

「やっ……だ、だめ……舌っ……んちゅっ……、んっ……だめだよっ……」

「れろ……あむっ、っふ、んっ、んっ……ちゅぱっ……」


 ややざらつきのある、熱を帯びた舌が莉子の口内を陵辱する。

 慌てて逃げようとする莉子の舌を絡め取り、その味蕾で丹念に味を確認すると、今度は歯のひとつひとつの形を確認するように丁寧になぞっていく。

 ゆっくりと、莉子の身体が弛緩していく。

 それを目の当たりにして、亞璃紗は莉子のことを軽蔑した。

 嫌ならもっと本気になって抵抗すればいいのに。

 少し強引にされただけで、ここまで唇を許すなんて……

 わたくしの莉子が、こんなビッチ体質だったなんて……

 どうせ……

 どうせその辺のくだらない男にも、こんな風に流されてるに違いありませんわ。

 そう考えると、莉子に対して僅かばかりに残っていた慈悲の心が、跡形もなく吹き飛んだ。


「んちゅっ……んっ……っ! っ~~~~~! ……! ……!」

「……あら? っ、ふふっ……♪」


 そうこうしていると、莉子がなにかを伝えようと首をブンブンと振ってきた。

 控えめに口を閉じ、アイコンタクトを送ってくる。

 亞璃紗は即座に莉子の言いたいことを理解した。

 それは、ふたりの立ち位置が大いに関係している。

 今現在、亞璃紗は莉子の上に跨って、強引にキスをしている。

 濃厚なキスが続けば、当然のことながら口内が刺激されて大量の唾液が滴る。

 液体は上から下へと流れ落ちる……

 熱っぽい愛欲をふんだんに孕んだ欲望の汚液が今、莉子の口内を満たしているのだ。


「くすっ♪ だめよ、飲みなさい……」


 そんな莉子に、亞璃紗は無慈悲な命令を下す。

 今の亞璃紗は莉子の友でも自称伴侶でもない。

 己が欲望を満たす為だけに莉子を虐げる、支配者である。

 莉子はしばらく涙目で小さくいやいやと身をよじるが、狂気と真剣さが入り混じる亞璃紗の目を見て覚悟を決めたのか……

 静かに目を閉じて、ゆっくりとその混合液を嚥下しはじめる。


「んっ……んっ、っ……んくっ……っ、んっ……」


 大量の唾液を、喉を鳴らして小刻みに飲み込んでいく莉子。

 そのいたいけで従順な姿に、亞璃紗はある種の感動すら覚えた。


「っ、……はぁっ……はぁ……」

「わぁっ……! ぜ、全部っ、飲みましたのね? 莉子っ?」


 その問いかけに、小さくこくりと頷く莉子を見たところが限界だった。

 突如として、亞璃紗の脳内を駆け巡る火花。

 産まれて初めて体験する強烈な快感に、亞璃紗は僅かに身悶えする。

 自分の穢れた欲望を含んだ唾液を……あの莉子が受け入れてくれている。

 素直で。

 健気で。

 献身的で。

 いじらしく。

 愚かな彼女。

 そんな彼女を見ているだけで、亞璃紗の全細胞は歓喜の悲鳴をあげ、脳内麻薬は止め処もなく溢れ、心の隅々まで清涼な岩清水が染み渡るような究極の充足感をもたらしていた。

 

「っ! んっ……ぁ……ふうぅ……っ!」

「あ、亞璃紗……? ど、どうしたの……? 息、荒いよ……?」

「はぁ……はぁ……、っ、なんでも、ござませんわよ? ふふっ♪ それでは……おかわりをどうぞっ♪」

「えっ……? やっ、んっ……!」


 間髪入れずに、莉子は唇を奪われる。

 そして再び、ぬるりとした魅惑的な舌が侵入し、熱っぽい体液を注ぎ込もうとしてくる。

 まるで……莉子の身体に自分の匂いを染み付けるマーキング行為のように。

 今の亞璃紗には、良家のお嬢様の風格など微塵も存在しない。

 気に入ったメスへの匂い付けに夢中な、ケダモノと同列。

 そのケダモノに見初められ、力で押さえ付けられてしまっている莉子。

 彼女に出来ることといったら、ただその陵辱劇が終わるのを、じっと待つのみであった。

 10分。

 30分。

 そして、1時間……

 何度目かの体液を嚥下し終えたとき、その行為はようやく終わりを告げる。

 最後に慈しむようなディープキスで莉子の口内に舌を這わせると、亞璃紗は名残を惜しむかのようにゆっくりと唇を離した。

 亞璃紗の口内は、莉子の味と匂いで満たされている。

 そして莉子の口内もまた、亞璃紗の味と香りがふんだんに染み付いていた。

 だが、満足そうに微笑みながら莉子を解放する亞璃紗とは対照的に、莉子の表情は精彩を欠いていた。

 それでもゆるゆると身を起こし、濁った瞳で亞璃紗を見据える。


「……亞璃紗、気は済んだ?」


 かすれた声で、小さく……莉子が呟いた。

 目の周りは泣き腫らしたように赤く、髪は振り乱れ、肌は精気を吸い尽くされたかのように青白い。

 まるでレイプされた後の少女のような莉子の姿に、心身共にすっきりした亞璃紗はようやくことの重大さに気付く。

 だが、すべてはデイ・アフター・フェスティバル。


「え、えっと……り、莉子? そのっ、これはっ、わっ、若気の至りというか、なんというか……」

「ファーストキスだったのに……」

「……え?」


 今、なんて……?

 ファーストキス?

 すぐさま聞き返そうとした亞璃紗だったが、“あるもの”がその言葉を遮る。

 枕だ。

 莉子が投げつけた枕が、亞璃紗の顔面にクリーンヒットした。


「わぷっ!?」

「ファーストキスだったのにっ!! 亞璃紗のバカっ!! ばかぁ!!!」


 それだけ吐き捨てると、莉子は一目散に部屋を飛び出してしまった。

 ……

 …………

 力づくで唇を奪って莉子の心を傷つけてしまった。

 それなのに、彼女がまだキスすらしたことのない身であったことへの嬉しさのほうが先行してしまっている亞璃紗。

 彼女はそんな身勝手な自分に、酷い嫌悪感を覚えた。

 頭に血が上っていたとはいえ……取り返しの付かないことをしてしまった。

 明日、どの面下げて莉子に会えばいいのか。

 むしろ、莉子は口を利いてくれるのか。

 後悔と後ろめたさの坩堝でもがく、自業自得な少女。

 そして、とても重要な事実に……今更になって気が付く。


「あっ……そういえば、わたくしもこれがファーストキス……」


 気付いてしまったら最後、恥ずかしさはマスドライバーに乗って一気に加速する。

 亞璃紗は後悔と羞恥のコンボにじたばたともがく。

 顔をリンゴのように真っ赤に染めながら。



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