【23】クララは目覚めたけれど
歌劇場に戻ってきた私は、すぐにクララに解毒薬『白竜の鱗』を飲ませたわ。
楽屋で仮眠を取って待っていたアクティスや支配人のマルコスに見守られ、クララは程なくして目を覚ました。まるで何事もなかったかのように元気に目覚めたので、我々のほうが戸惑ってしまったわ。これが悪しき「悪戯」と軽い名前を付けられている由縁なのだろう。
クッキーを誰からもらったのかと尋ねると、クララは答えた。
「カーテンコールが終わって楽屋に帰ってきたら、差し入れのクッキーが置いてあったんです。クイーンは始めて見るファンの名前でした」
歌劇場側はこの差し入れを知らないというのに、楽屋に置いてあったという。
じゃあ一体誰が置いたのかしら?
躍り手たちは『老婆』を見たと言っていた。
悪しき悪戯を購入したのは『若い女』だけど。
私が一人考え込んでいたら、マルコスがポケットから一通の手紙を取り出した。
「あの、勝手に休んだ女優のミカから先ほど魔手紙が届きまして。郷里に帰るから役者を辞めると」
「嘘でしょっ? そんなことあり得ないわ!」
それを聞いたクララがマルコスから手紙を奪い取ると、慌てて文面に目を走らせた。
「だってミカは女中頭の役をやっともらえたって、泣いて喜んでいたのよ? 今シーズンこの役をやり遂げて、次のシーズンも頑張りたいって張り切っていたのに。役者を辞めるなんてこと絶対無いわ!」
それを聞いたアクティスもクララの話に同意した。
「そうだね。彼女のこの役に入れ込む気持ちは人一倍強かったよ。役者を辞めるなんて、僕もあり得ないと思うな」
「でも手紙が来たんですよ?」
とマルコス。
「確かに、これミカの字だわ……でも……」
クララは動揺を隠せない。
その中を落ち着いた声で疑問を発したのは、ジオツキーだった。
「私が思うに、なぜミカさんは魔手紙をよこして、ご本人はここに来ないのでしょう? 彼女にとって役者は天職なのでしたら、辞めるにしても顔を見せるのではありませんか?」
皆ジオツキーの発言に深く頷く。ただし頷いていない者が一人――マルコスだ。
ジオツキーは続けた。
「それとも来れない理由があるのでしょうか? それに、公演を急に休んで『郷里に帰るから』は、違和感がありませんか?」
確かにそうだわ。
私はマルコスに申し出た。
「マルコスさん、ミカさんが突然休んで、代役のクララさんがあんなことになって、ミカさんが急に『郷里に帰るから役者を辞める』と言い出すなんて……なんだか無関係じゃない気がしますわ。ミカさんに会って、話を聞いてみませんか?」
だけど、マルコスは私の言葉を全く耳にしてはいなかったのよ。
「あの、マルコスさん……? 聞いてます……?」
さっきからマルコスは、呆けたように、一点を見つめていたの。
その視線の先は――――
「あのっ! あなた!!」
マルコスはジオツキーの目の前に躍り出ると、目をギラギラ輝かせて熱っぽく口説き始めた。
「や、役者っ、役者やりませんか!? あなたの年齢でも今からでも遅くはありません!! ……ずいぶんいろんな人間を見てきましたけど、あなたの色男ぶりは、尋常ではありませんよ!? 絶対にあなたは大スターになりますからっ! 私が補償いたしますから!! ね? いかがですかっ!?」
稀少な逸材を見つけたらしいマルコスは、ジオツキーにしつこく言い寄った。
でもマルコスは、無言のジオツキーに氷柱のような眼差しで痛烈に拒絶されちゃって……。
マルコスは渋々引き下がるしかなかったわ。
ジオツキーはこれ以上絡まれたくないとさっさと馬車に戻ってしまったし。
やっぱりジオツキーって、そんなにスゴイ色男だったのね。
そう思うと、今更ながら喫茶室でのカードの山は納得だわ、うん。
……まだ諦めきれない様子のマルコスだったけど、ジオツキーに立ち去られてからはなんとか気持ちを切り替えて、やっと私の話を聞いてくれた。
マルコス自身もミカの様子が気になってはいても、劇場対応でどうにも首が回らないという。
それでどういうわけか、支配人代理として私がミカに会うことになってしまったのよ。
劇場対応で忙しいのは本当だろうけど、どうもマルコスは私を立てて、ジオツキーを後押ししてもらおうと算段しているようだったわ。
私は早速、ミカの家に出発しようとした。
でもアメリに、強く止められてしまったの。
アメリは私の両手を取って、きっぱりした口調で苛めた。
「フィー様! 気持ちはわかりますよ!? でも今日はもう終わりです! フィー様は一晩中走り回ってたんですから、一旦休みましょう? もうじき夜も明けますよ? こんな時間に訪問したってミカさんが会ってくれるわけないじゃないですかあ。だから一度宿へ帰ります、いいですね!? 殿下も、今晩の公演に障りますから体を休めてください!」
アメリの言うことは正しかった。
アメリの言葉を聞いたらね、私は頭の芯がカアッとなっていて、冷静な判断ができそうにない自分に気が付いたの。
私が納得したのに、アメリは団栗眼を鋭くすると、怒った口調で続けた。
「それにね、フィー様。私ね、ずーっと黙ってましたけど、この腕どうしたんですか!? 宿に帰ったらすぐに手当てしますからね!」
――お見通しのアメリには、本当に敵わないわ……
その後、アメリの手当でもう湿布は必要なしと判断されたけど、決して無理はしないようにと口を酸っぱくしてお説教をされてしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
戴いた感想から、登場人物の名前のこと等少々書きました。よかったら感想欄(第21話)も覗いてみてください(^▽^)
次回【第24話】ミカのアパルトメント













