73話 そして、タロのものがたり
リンネとその他のヒーラーを中心に結成された臨時のチームは、小部屋のひとつを占拠して簡易的な治療所にして、活動をはじめた。
俺はけが人に肩を貸したり、時にはおぶったりしながら次々に彼らを運び込んでいく。
ヒーラーとしては有数のリンネをはじめ、誰もが十二分のはたらきをして、運び込まれる患者を次々に癒していった。
やがて、倒れているもの、苦しんでいるものはいなくなり、あとはリンネたちの治療が続くばかりだ。
俺は怪我人のさいごのひとりを運び込んで、リンネをうかがう。
てつだおうか?
と口の動きだけで聞いてみるも、
「いいわよ、ロッカ。あなたは休んでて」
そう言うと、忙しそうに次の患者へと向かっていた。
ばたばたとしてはいるが、人では足りているようだ。
専門的なことはまるでわからない俺などが協力しても、邪魔になるだけだろう。そう思って、俺は部屋の外へ出た。
広場にはわずかな人影ともふもふがひとつ。
もふもふは手持ち無沙汰を隠しもせずに、後ろ足で頭を掻くようにしている。
俺が近づくと、タロは興奮したように立ち上がって
ハッハ、と荒い息をした。
「遊んで欲しいの?タロ」
タロは我が意を得たり、というように俺の顔をぺろぺろなめる。
どうやら、ガルムでは遊び相手にもならなかったらしい。
操られていたとはいえ相手は邪神の一柱である。
俺はあらためてフェンリルの、タロの凄さを感じていた。
「地上に出たら、ね。それまではお預けだ」
遊んでやりたいのはやまやまだったけれど、小部屋ではまだ治療中の冒険者もいるのだ。
さすがにここでおおっぴらにそうしてやるのはためらわれた。
タロは約束だよ、と前足でてしてしと俺に触れると、それから聞き分けよく座りこんだ。
「タロ、ほんとにありがとな」
モ゛ォフっと全身でタロを感じる。
俺はタロに抱きついてそういった。
アドルフのパーティーから追放されてから、ここまで駆け抜けてきた俺たちだ。
タロが俺に与えてくれたものは数知れない。
タロがクルルと喉を鳴らして、俺のこともねぎらってくれているのだとわかった。
「もう、妬けちゃうんだから」
「あのなかに分け入るのは、ためらわれます」
手袋を外しながら、リンネが近づいてきて言う。
シャロもいっしょなのだろう。モフモフのなかから、声だけが聞こえた。
「とりあえず、全員帰れるくらいにはなったわよ?」
リンネが言うのに、おれはしばしモフモフを堪能した。
それから顔を上げて、パーティーメンバーのほうへ向き直る。
「じゃあ、行こうか。オーウェンさんにも報告をあげなければいけないし、ね」
タロも同意するように立ち上がった。
これにて第一部完となります。
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