71話 あやしげなひとたちのおはなしです
「よろしかったのですか?」
森の中、派手な格好をした女が禿頭の男にそう言った。
シメオンと、それからエヴァンジェリンに間違いない。
あたりには二人以外には誰もおらず、ただ木漏れ日があたりを優しくてらしている。
シメオンは中指を唇にあて、それをすぼめて子供のような表情を作ってみせた。
「確かに。もったいなくはありましたな」
なくしたおもちゃを惜しむように、彼は続ける。
「神獣を飼う、というのは、それはそれでじつに興味深い話ではあります」
そこで、シメオンはおもむろに腰のものに手をやった。
「しかし!」
一息で剣を抜き放つと、エヴァンジェリンがそこにいるにも関わらず、ぶんぶんとそれを振り回した。
「まずはこの剣。みなさい、この黒く光る立派な逸品を!実に素晴らしい」
「ええ、まことにうつくしいですわね」
エヴァンジェリンはそういうも、こころの底から同意しているふうではないようだった。
シメオンはそれを見て、にやにやとした笑いを浮かべた。
なにかを言いたくてたまらない。そうした貌は、やはり子供を思わせる。
彼はゆっくり納刀すると、懐に手を入れた。
「見たいですかな?見たいですかな?それではお見せしましょう」
素早く抜き出された右手の中には、拳ふたつ分はあろうかという、大きな石が掴まれていた。
「これは、魔石でしょうか?なんて、きれいな……」
それは、魔石というにはあまりにも透明度の高い石であった。
ごつごつとした荒さによって、取り込まれた木漏れ日が複雑な色合いをその石にもたらしている。
エヴァンジェリンは魅入られたようにその石へと顔を寄せる。
彼女の顔が石へと近づき、まさに触れようとした直前。
ひょい、と
シメオンがそれを取り上げるようにした。
「今はここまでです。お預け、ですな」
そのままさっと布をかぶせ、彼は石を懐へとしまい込んだ。
「なん、なのです?それは」
「先ほど、フェンリルに邪神ガルム。ふたつの超存在が全力で撃ち合いました。覚えておいでで?」
エヴァンジェリンは当然、と頷く。
「なるほどよろしい」
シメオンはこほんと咳払いひとつ。大きく両腕を左右にひろげ、芝居がかった話出す。
「さて、行われましたは大立ち回り。邪神ガルムと神獣フェンリル。繰り出しますは神域の御業にございます」
かれは腕をぶんぶんと振り回しながら、熱のこもった言葉を続ける。
「交錯する超絶魔法と超絶魔法。さあ、そこに現出しますは!」
なんでしょう。とシメオンはエヴァンジェリンに向かって聞いた。
「その、わかりかねるのですが」
「そうですか」
シメオンは急に真顔になった。
「答えは魔力です。なにしろ神と神。それはもう凄いもので」
あきらかにテンションを落としながら、シメオンは続ける。
「まあ、あれですな。その満ちに満ちた魔力の奔流の中で、あれをこうしてそうして、少し工夫をしてやれば、それあの通り、というわけで」
「あの魔石のために、あれだけのことを起こしたと?」
「おおむね、正解です」
エヴァンジェリンは複雑な表情を浮かべている。
彼女にとって、シメオンは格上の存在だ。だから直接批判や抗議めいた言葉をあげることはない。
けれども彼女の内心は、その表情からはっきりと読み取れた。
「そうやらあなたには、この価値がわからぬようですなあ」
「いえ、そういうわけでは」
「良いのです。良いのですよわからなくても当然です」
「はあ、そうなのですね」
シメオンは笑みを湛えてエヴァンジェリンを見た。
それは母や教戒師が浮かべる慈しみのあふれた笑顔である。
先ほどの子供のようなそれとはまったく異なり、同じ人間が浮かべているとは思えなかった。
エヴァンジェリンも思わず引き込まれそうになって、あわてたように目を逸らせた。
「いずれ、わかるときがかならず訪れますよ。さて」
シメオンは踵を返す。そうしてエヴァンジェリンの反応を待たずに歩き出した。
「どこへ向かわれるのです?」
「これから、王都ギルド本部へと向かいます。まさかきゃつらも、二度襲われるとは考えていないでしょう」
「お待ちをシメオンさま。今、こちらの戦力は私とあなただけなのです。いくらギルドの連中が油断をしてたとしても、さすがに二人ではどうしようも……」
エヴァンジェリンは焦ったように、シメオンに追いすがった。
あるいはシメオンなら、なにかの策があるのかもしれない。けれどもエヴァンジェリンが使い捨てられるのは、確実に思えた。
彼は唐突に足を止め、ほとんど飛び跳ねるように振り返って、またもや子供のように、にやりと笑った。
「もちろん、冗談ですよ。この度のわたしたちの出番は、とりまここまで、でしょうなぁ」
そうしてふたたび、歩き出す。
「あなたのことはなかなかに気に入りました。次の機会にも、またいっしょに頑張りましょう、エヴァンジェリンさん」
エヴァンジェリンはしばし茫然と立ちすくみながら、
「冗談よね。次は勘弁してほしいわ」
と誰にも聞こえないように、小さな声でそう言った。




