69話 テイムに失敗してしまいました
文様の光が強まるのと一緒に、俺とガルムの間に、なにかパスのようなモノがつながるのを感じた。
俺はそれを通してガルムへと呼びかける。
苦しいだろ、今楽にしてやる。
未だ細い糸のようなつながりをたどりながら、俺はガルムに呼びかけ続けた。
ガルム、こっちだ。ガルム!
いつしか、俺のなかに手応えが生まれる。
もうすこし、引き寄せれば。
そうすればテイムできるはず。
俺は全身に力を込めた。あと、すこし!!
「さあ、来い、ガルム!」
知らず、口に出したその言葉と同時に、ガルムとのパスが完全につながったのが感じられて、
「ふむ。そうやすやすとは、いかせられませんな」
一度つながったかに思えたガルムとのそれは、ただひと太刀で絶ち切られた。
強制的に現実に引き戻された俺の前に、黒ずくめが一人立っていた。
アドルフがあらわれた部屋に倒れていた黒ずくめ。そのひとりだろうか。ローブは埃にまみれていて、顔は面で覆われている。
その手には黒い刀身の剣が握られていた。
「こいつ、まさか」
「そうです、一瞥ぶりですな。シメオンめにございます」
彼は顔を覆っていた面を投げ捨ててそう叫んだ。
エヴァンジェリンが言っていた、シメオンは先に旅立ったというあの言葉。
あれはやはり、嘘だったのだろう。
彼は黒剣をくるくるふりまわしながら、大仰に言い放つ。
「フェンリルと契約しながら、邪神までも、などと。それはさすがに贅沢がすぎるというものですよ」
言って、彼はふところからスクロールを取り出した。
喪心の書?いや、あれはむしろ、
「転送する気だ。止めろ」
とっさにシャロが放った矢が、あらぬ方向に逸らされて壁へとつきささる。
「だめ、矢避けが!!」
「もちろん、油断はしておりませんとも」
シメオンはそう言うとスクロールを掲げた。
「させるか、【暴走特、】」
「それはこちらもおなじことよ!」
光弾が俺の足下に着弾した。どうやってか、タロの拘束からふたたび逃れたエヴァンジェリンがシメオンのもとへと駆け寄っていく。
【暴走特急】のでがかりを潰されて、俺は次の手を失った。
「それではみなさま。お名残惜しいですがここまでです。また会う日までしばしのお別れでございます」
いよいよ芝居がかった口調で、シメオンが言う。
タロですら、そのスクロールの発動には間に合わないようにみえた。
と、
シメオンの顔に、影がさした。
「アドルフ!」
大きく飛んだアドルフが、折れた剣を片手にシメオンめがけて切り込んだのだ。
「あなたの役目は終わったのです。いいかげん静かにしておいてもらえませんかな」
無言で斬りかかるアドルフに、シメオンはいつもの態度を崩さない。
しかし、そのようすは、言葉ほどに余裕があるわけではないようだ。
アドルフの奇襲はおおきく効果を上げていた。
彼の剣は折れたままだったが、それでもシメオンを圧倒しながら、徐々に追い詰めつつあった。
「しつこい男は嫌われますよ」
ぶん、と振り回した剣先でアドルフと距離をとり、シメオンは大きく息をついた。
「このうえは、ガルムは諦めるほかないようですな。エヴァンジェリンさん」
「はい!」
「いきますよ」
エヴァンジェリンがシメオンに駆け寄った。
「嘗めるなよ、シメオン」
低い声でそう言って、アドルフが彼に迫る。
「ダメですよ。怪我人は安静にしておかないと」
シメオンはそう言って、二本の指を、アドルフに向けて突き出した。
その先から、なにか魔力の奔流が、アドルフに襲いかかる。
彼はそれを払おうとして、大きく顔をゆがめた。
俺がつけたアドルフの傷。それがひらいてしまったようだ。
「それではみなさま、おさらばでございます」
シメオンはそれを見てアドルフから距離をとり、にんまりとわらってその場の皆に頭をさげて、そういった。
直後、駆け寄ったエヴァンジェリンともろともに、彼らは光につつまれた。




