67話 神獣たちの結末
乱発していた火球に比べ、ガルムの放った光球はゆるりと進む。
放たれた側からしてみれば、圧倒的な存在感の力の奔流が、徐々にあちらからやってくるのだ。
光球の中、荒れ狂うマグマは生命を寄せ付けない厳しさがあり、そこから想像できるのは死の一言だった。
押し寄せてくる死を前に、しかし俺は不思議なほどおちついている。
いや、不思議というのは間違いだ。
それはもちろん、タロの背を目の前に見ているからだ。
タロは脇に光の槍を携えたまま、ガルムの光球が襲い来るのをしばらく見ていた。
そうしてそれが、タロとガルムの間、その中間地点を通り過ぎようとした瞬間。
ぱり、と
タロの前身を青白い稲妻が走った。
同時、光の槍がゆっくりと回転を始める。それはたちまちのうちにその速度を上げた。ほんの数秒後には、回転の様子すら目で見るだけではわからないまでに達している。
わずかに聞こえるブーンという低い音が、そのすさまじい回転をつたえていた。
ガルムの光球はもう少しだけ進んでいる。
「さあ、どうしたのかしら、フェンリル。はやくしないと、あなたの飼い主ごと焼き尽くされてしまうわよ?」
飼い主、という言葉に俺は反論しようとしたが、エヴァンジェリンの軽口はとまらなかった。
「もっとも、なにかしようにも、どうしようもないのだけれど。おわかれの言葉は残してあげるわ。さ・よ・う・な・ら……」
エヴァンジェリンの言葉が終わるのを待っていたように、光の槍が放たれていた。
それは一瞬のうちに光球へと達し、しばらく拮抗する。
超エネルギーどうしのぶつかり合いは、しばらくの拮抗を予想されたけれど、さにあらず、だ。
チ、と意外なほど小さな音をたてて、光球を光の槍が貫通した。
そうしてそれはひとすじの光となって、ガルムへと着弾した。
着弾の瞬間、ガルムの前方に何枚かの魔力による壁が現われたが、それらはないもののようにやすやすと貫かれている。
ここで、貫通をゆるした光球が、その形を保てなくなって爆裂した。
すさまじい音と爆風。
それらがひとたびあたりを満たす。
いまだ、俺たちに到達するまでには距離があったというのに、光球からあふれた熱風が俺の肌をちりりと焦がした。
直後、もふもふが俺の顔を覆っていた。
タロが、身体を寄せて俺を守ってくれているのだった。
あたりをうかがう余裕もなく、俺はもふもふのなかで爆風が収まるのを待った。
崩壊しつつある光球にしてこの威力。ほんとうに俺たちに直撃していたら、どうなっていたのかはわからない。
けれども、タロの光の槍に打ち負けた光球は、所定の効果を発揮することはなかったとみえ、爆風も急速に収まっていった。
タロの光の槍。こちらの効果は、より劇的だった。
爆風によって塞がれていた視界がゆっくりと晴れていくと、その様相が姿をあらわす。
かろうじて直撃を免れたのか、ガルムはまだ生きていた。
全身には光の槍によるものと思われるいなずまが、あちこちに走っているのがみえる。
それによってガルムの全身の毛は逆立ち、ところどころ焦げ目もあった。
タロの槍、その本体はもう形をなしていなかった。が、えぐられたガルムの右肩と、そのうしろの壁に大きくあいた黒い穴が、槍の軌跡を示していた。
ガルムは、相変わらずの低い体勢だ。いや、そうではない。今はタロのダメージによって、その体勢をとらざるをえないようだった。
何度か身体を起こそうとしているものの、それを果たせず、崩れ落ちるを繰り返している。
「ちょ、なんなのよ、ガルムさま。まさかこれで終わりなの?」
エヴァンジェリンの悲鳴にもにた叫びがあがった。
アドルフが倒されたときでさえ、どこか余裕をみせていたエヴァンジェリンだったけれど、今はあきらかに狼狽の色をみせている。
どうだ、と俺は思う。
おまえが放逐しようとしたタロの凄さが、今頃になってわかっただろう?
エヴァンジェリンはわかりやすく地団駄を踏みながら、ガルムに罵声を浴びせている。
「なにが邪神よ。なにが神獣よ。なんの役にもたたないじゃない」
そうして、彼女は懐からなにかのスクロールを取り出すのが見えた。
あれは、まさかアドルフにつかっていた、喪心の書?
「さあ、ガルムさま、もう一度立ちなさい。立って戦うのです」
そういえばガルムの様子は、前回会ったときとくらべれば、すこしおかしくはあったのだ。
それがアドルフほどのおおきな変化ではなかったから、俺も気にとめることはなかったのだけれど。
あのスクロールがほんとうに喪心の効果があるのなら、エヴァンジェリンは、ガルムに対しても精神支配をかけていた、とでもいうのだろうか。
そもそも、神域に達するとされるガルムに、そんなことが可能なのだろうか。
疑問をもった俺の行動は、一手遅れた。
そう気がついてエヴァンジェリンへ向かって走り出した頃には、彼女はスクロールの発動を終えている。
くそ。ここからでは暴走特急の発動も間に合わない。
思う俺の上空を、黒が飛んだ。
「ぎゃっ」
ヴモフ、
悲鳴とともに、タロの前足がエヴァンジェリンをおさえつけていた。




