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64話 勇者と一対一でたたかいます

 ガルムから放たれ、飛来する火球は、かわしきれるものではなかった。

 どのみち、アドルフへの【竜の息吹】を中断する選択肢はなかったから、あとは運を天にまかせるのみだ。


 けれど、ほんとうのところ、俺にはそんなものに祈る必要などないのだった


 俺には、神獣、フェンリルがついてくれているのだから。


 タロがガルムに加えた一撃は、ガルムの狙いを大きく逸らせることになった。

 火球は俺の脇をかすめ、遠く広間の壁までとんで、爆裂する。


「ありがとう、タ……」


 俺の言葉を、もうひとつの爆発音が拭き流した。

 なんとか【竜の息吹】だけは維持しながら、俺は視線をそちらへ飛ばす。


 俺とリンネの間に、炎の壁があらわれていた。

 その勢いはすさまじく、リンネの姿すら確認できない。

 

 同時に、リンネから俺に送られていた魔力供給が絶たれるのがわかった。


「リンネ!!」


 俺が叫ぶ先で、炎は徐々に勢いを失っていく。


「わたしは、なんとか大丈夫」


 リンネのものだろう人影がみえ、それから聞こえてきた声に俺は胸をなで下ろす。

 しかし、その声には咳き込みが混ざっていて、それからあきらかに弱々しくもあった。


 完全に炎がはれると、リンネが杖をついて大きく息をしているのが見えた。


 リンネのほうへむかった火球も、俺のほうに飛んできたそれと同じく、タロの攻撃によって狙いを逸らされていた。


 のだけれど、運悪く、それはリンネ近くの床に着弾し、その場で炎をまき散らしたようなのだ。


 火球そのものの威力には及ばなくても、爆風の威力もそれなりにある。なによりリンネは魔力のすべてを俺の方へとまわしていて、自分の防御は二の次になっていた。それらが運悪くかさなって、リンネに大きなダメージとなってふりかかったのだった。


「ロッカ、待ってね。今もう一度パスをつなぐから……」

「リンネ、いいから自分の回復を!」


 俺はもう一度叫んだ。


「でも……」

「いいから、はやく。シャロ、お願い」

「まったく、ロッカさんの知り合いはこんな人ばかりです」


 エヴァンジェリンを牽制しながら、シャロがリンネの脇に立つ。


「ほら、行きますよ。特別に肩を貸してあげますから」

「まってよ、シャロ」

「これ以上は、ロッカさんの邪魔になりますって。これ以上いうならひきずりますよ」


 リンネがしぶしぶながら、シャロの肩を借りるのがみえた。

 俺はほっとしながら、しかしすぐに集中をする。


 俺の魔力は、急速に枯渇へと向かいつつある。

 リンネからの魔力供給が絶たれた今、【竜の息吹】の維持は困難になりつつあった。


 俺はあたまのなかでみっつ数える。ひとつ、ふたつ、


 「みっつ」


 と同時に、俺は【竜の息吹】を中断して、アドルフにむかって全力で走る。

 魔力がつきるまで、【竜の息吹】をアドルフに打ち込み続ける手もあった。

 けれども俺が選んだのは、魔力が尽きないうちにアドルフと打ち合いに持ち込む、という作戦だ。


「グ、うぉぉぉぉォォ」


 アドルフが吠える。それない以上に【竜の息吹】を打ち込んだはずなのに、アドルフはすくなくとも、吠えるだけの体力は残していたようだ。


 それ以上の隙をあたえず、俺はふたたびアドルフへと切り込んだ。

 一撃目は、当然のようにアドルフに払われる。


 しかし、二撃目、三撃目とつなげていけば、徐々に彼のガードが緩むのがわかった。

 中途半端におわったとはいえ、【竜の息吹】はアドルフを確実に削っていた。


 俺の方は、といえば、魔力と同時に枯渇しそうになっている体力を絞り出して、アドルフに剣を打ち込み続けた。


 おおよそ、剣技と呼べるほどに、洗練された動きではない。

 それでもギルド最高位剣士のオーウェンや、目の前のアドルフという超一流。彼らを近くで見てきた経験が、俺のからだをうごかしている。


「ロッカぁぁぁあ」


 俺の名をさけんだアドルフが、はじめて俺を狙って切り込んでくる。


 かわせず、受ける。

 そして返す刀で胴を薙ぐ。


 一瞬の選択の連続が、おれとアドルフのあいだを行き交っていた。


「アドルフ!」


 俺もわれしらず、叫んでいた。


 す、とアドルフが身体を引くのがわかった。

 そうして剣を両手持ちし、顔の横に柄を置いて、八相の構えをしてみせた。


 アドルフ、正気にもどったのか?

 そう思って彼の顔を伺うも、いまだうつむきがちのアドルフは、濁った目を晒している。


 なにかのきっかけで、反射的にとった構えだろうか。


 俺はアドルフの構えにあわせるように、剣を退いて脇にかまえる。

 それを待っていたように、アドルフが足を踏み出した。


 ずり、と滑らせるように、踏み出したその足に刃が続く。


 迎え撃つ俺の剣も、少し遅れて加速を開始した。


 それらはわずかのときを経て、俺とアドルフ、ふたりのちょうどまんなかあたりで交錯する。

 単純に実力の差か、それとも勇者という職業がなせるわざか。


 アドルフの剣は、おれのそれよりもわずか速く、俺の身体に到達していた。


 その刃が、十全だったなら、の話しである。

 交錯した俺の剣。ギルド最高位剣士、バルド・オーウェンから譲りうけたその剣は、勇者アドルフが帯びていた無銘の剣の刃先を折り割いた。


 そうして、ついに、俺の剣はアドルフの身体へと届いていた。

 

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