63話 こころない勇者
俺とアドルフはもろともに加速した。
周囲の景色がぶれ、しばらくの浮遊感にはやっと慣れ始めてきたところだ。
アドルフは暴れるでもなく、ただ俺に運ばれるがままだ。
ドッ
ごん、と。
彼の身体を遺跡の壁にめり込ませて、【暴走特急】が完了する。
俺はすぐさま飛びずさって、構えをとる。
勇者の加護をもつアドルフが、この程度で倒しきれるとは思わない。
けれども、無傷だとは思いたくない。
土煙がおさまるまで、しばらくの時間がかかった。
ぬっとたつ人影はふらふらと揺らめいて見える。
やがて煙がはれていけば、額から額に血をにじませたアドルフの姿があらわになった。
体制が整っていないのは、ダメージからか、喪心からくるものなのか、すぐには判断がつかなかった。
それでも、俺の攻撃がアドルフの防御を突破できたのは事実である。
「仕掛ける!」
気合いと、仲間への合図を込めて俺は吠える。
走り寄って袈裟に、それから突きに、薙ぎに。
途中から俺の剣が光りだし、リンネが支援の魔法をとばしてくれたのがわかる。
アドルフはそれに対し、無造作に剣を振りかざすだけにみえる。
けれども、それだけで、俺の連撃はアドルフへと届くことはない。
しばらく切りつけるままにさせていたのだろうか。
アドルフは、やおら手にした剣をぐるり周囲にふりまわした。
重さと速さが同居した斬撃は、それだけで下手な範囲攻撃魔法に勝る。
俺はやっとのことでそれを転がるようにしてかわした。
「どうやら、私が手を貸すまでもないようじゃない。さすがは勇者さま。決着はもうすぐそこね」
エヴァンジェリンの軽口には答えず、俺はアドルフから間合いを離して、それから大きく息をついた。
アドルフの強さ。ここに至っても、たしかにそれは並の冒険者では、太刀打ちできるものではなかった。
だけど、と俺は思う。
だけど、今のアドルフにはいつかのような、他者を圧し続けるほどの凄みはない。
一度、アドルフに斬られたことがある俺には、それがはっきりと感じられた。
「シャロ、エヴァンジェリンを頼む」
小さく言って、俺はリンネを見る。
「おもいっきりひっぱたいて、目を覚まさせてあげないとね」
リンネは一度アドルフを見て、それから深くうなずいた。
「じゃ、行こうか」
小く俺が言うのを合図に、三人が動き出す。
シャロがほとんど抜く手をみせずに、エヴァンジェリンに向けて矢を放つ。
シャロとエヴァンジェリンの間合いは遠く、彼女の短弓では大きなダメージは期待できない。が、二射、三射と続ければ、すくなくとも牽制以上の効果はあった。
「ちょっと、この、しつこい!」
その騒がしさも、今は耳にはいらない。
俺は剣を片手持ちして、アドルフへと切り込んでいく。
彼は相変わらず、こちらの攻撃に反応するように剣を振るう。
二撃、三撃。
アドルフの攻撃の重さに負けないことだけを意識すれば、剣を飛ばされることだけは避けられた。
「次!」
俺が叫んだのに誘われるように、アドルフが大ぶりに剣を振るう。
その太刀筋はいくどか見たそれと同じだった。
攻撃が単調になっていたアドルフの隙。それを待ち構えていた俺にとってみれば、なんとか躱しきれるだけの剣撃だった。
今!
こころのなかでそういいつ、口はスキルの名を叫ぶ。
「【竜の息吹】」
閃光が俺のあいたてのうちからあふれ出した。
それはアドルフを直撃し、はじけるようにあたりへ散る。
アドルフがとっさに発動したのだろう防御魔法が、俺のスキルを防いでいた。
さあ、我慢比べだ。
俺の中から、急速に魔力が消費され、なくなっていくのがわかる。
相手はアドルフの防御魔法と、勇者の加護。
分の悪い賭けには思えた。
が、
「ロッカ。あなたにあずけるわ」
リンネがそう言って、右手の杖をあげ、祈るように目を閉じた。
しばらく後、彼女から大量の魔力が、おれのほうへと流れ込んでくるのがわかる。
「ちょっと、なにそれ、ずる……」
エヴァンジェリンがそういう口を、シャロの矢が塞いだ。
いくぞアドルフ!
閃光が、途切れることなくアドルフを襲い続けた。
そも、アドルフは攻撃特化を自他共にみとめる男だ。
このまま攻め続ければ、ときを経ずに倒しきれるはずだった。
「させるわけないでしょう。ガルムさま!」
エヴァンジェリンの言葉から時を置かず、ガルムの周囲に炎が浮かぶ。
あわせるようにタロが動き出すのが見えた。
タロ、頼む。
【竜の息吹】の維持に必死な俺は、タロに声かけてやることすらできなかった。
タロはその場から大きくはね、ガルムへと襲いかかる。
とびかかって物理で殴る。
今のタロの行動は、俺の考えとも一致していた。
上空から強襲するタロの攻撃を、かわすにしろ、防御してうけるにしろ、ガルムの魔法の発動は阻止できるだろう。
俺はタロに感謝しつつ、【竜の息吹】へと集中した。
が、
ガルムは、タロの攻撃をかわさなかった。そればかりか、それを防御しようとする仕草すらなかった。
タロの爪を身体でまともにうけながら、ガルムは強引に魔法を発動する。
火の玉が、俺とリンネへと飛来した。




