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61話 勇者アドルフが現われた。

「アド……」


 呼びかけて、俺は慌てて口を噤む。

 周囲の冒険者達に名前を聞かれないように、という配慮は、もう必要ないのかもしれなかったが。


「先輩。ここは僕たちが!」


 カイロたちがいち早く、アドルフに向かって駆けだした。


「待って、危険が!」


 追いかけようとした俺の前に、魔力の矢が着弾し、床を抉って激しく爆ぜた。


「エヴァンジェリン?」


 振り返った先の彼女はにこり笑って俺を見ている。


【フェンリルの毛皮】の防御を突破できるほどの威力ではなさそうだが、やっかいな攻撃ではある。

 対処すべきか迷っているうちに、カイロたちがアドルフへとたどり着くのがみえた。


 アドルフは前回別れた時のように、感情の消えた顔をうつむけている。

 剣士のカイロに先んじて、彼のパーティーのタンカーらしきひとりが盾を構えてアドルフに打ちかかった。

 アドルフはうつむいたまま、片手持ちした剣を無造作に振り回し、彼の剣を払い流す。

 大きな身体と、そうして盾を死角にして、その影の内かからカイロが飛んで出た。

 着地して袈裟に切った剣撃を、体勢をくずしかけていたアドルフがすんでで躱す。

 刹那、


「【ファイアボール】」


 カイロのさらに後ろ。タンカーの死角から、カイロの仲間の魔法使いが炎の魔法を発動させた。


 今のアドルフではこれをよけるすべはなく、直撃した火の球は、はじけて炎をまき散らした。

 やはり、カイロのパーティーは連携が抜群に良いようだ。

 今のどこか様子のおかしいアドルフが相手とはいえ、ランク差や経験をものともしない立ち回りには凄みすらある。


「みんな、たたみかけるぞ!」


 カイロの号令に従って、メンバーが流れるように動く。

 炎の炸裂は派手ではあったがアドルフに致命の傷を負わせたとは言いがたい。

 それはカイロたちにもわかっているようで、前衛の二人が左右に分かれ、挟み込むようにアドルフへと切り込んでいった。


 タンカーが盾を構えたまま、アドルフへと突撃する。

 ごっ、と

 

 躱さず、肩でそれを受け止めたアドルフが、重装備のタンカーに力で押し負けないのはさすがだった。

 けれども、確実に動きはとまる。


「カイロ、いけ!」

「【エンチャントソード】」


 タンカーの叫びに、魔法使いの詠唱が重なった。

 カイロの剣に魔力の光が灯った。


「せェェ、鋭」


 渾身の一撃は、一度はアドルフの剣によってはじかれる。

 が、速さを失ったアドルフに、カイロの返す剣がわずかに届いた。


 かすめた剣先から血糊が離れ、あたりに散って花を咲かせる。


「いけるぞ。みんな次を!!」


「……調子ニ、ノるなよ」


 いまだうつむいたアドルフから、低くうなるような声が響いた。

 それでもカイロはひるむことなく、アドルフに向かっていく。


「気をつけて、カイロ!」


 なにか、嫌な予感がして、俺はカイロに声をかける。

 それからあらためてリンネとシャロに目配せする。


 エヴァンジェリンは彼女たちにお願いして、やはりアドルフに対するべきだ。


 そうしてアドルフのほうを見た瞬間、彼が動き出した。


 はじめと同じく、タンカーを最前衛におしたてて、その影から連携して敵を崩す。

 それがカイロたちの必勝パターンなのだろう。


 アドルフはタンカーの掲げた盾に向かって、無造作に剣を振るうに見えた。

 タンカーの彼もそれは織り込み済みなのだろう。その場に踏みとどまって、大盾でそれをはじきとばすかまえをみせる。


 金属と金属がぶつかる、乾いた音はしなかった。


 ギシ、とにい音だけがして、アドルフの剣が盾を割いてめりこんでいた。


「な、に」


 驚いたような、蓬けたような、あいまいな顔をして、タンカーの膝が砕けた。

 それをみて、とまりかけたカイロだったが、それも一瞬。

 すぐさま駆けだしてアドルフに斬りかかっていく。


 タンカーへ深く切り込んだアドルフの剣が、容易に再使用できないとふんだのだろう。

 土壇場で冷静な判断ができるカイロはさすがといえた。


 アドルフはカイロを目で追いながら、盾につきたったままの剣を無造作に振ろうとする。


「させるか」


 膝をついたままのタンカーが、盾にしがみついてそれを妨害しようとした。

 が、

 ぐ、と、彼の身体が宙に浮く。

 アドルフはそれにすらかまうことなく、盾と、さらにはタンカーごと、剣をふるいきってみせた。


「わっ」


 と、なんとかタンカーの身体をうけとめたカイロの手を、彼の身体から流れた血が染めていく。

 タンカーをなんとか地面に下ろし、顔をあげたカイロの前で、魔法使いがアドルフに斬られて仰向けに倒れていく。


「カイロ、だめだ、下がって」


 カイロが冷静だったのはここまでだった。

 無理もない、と今では思う。


「このぉ!」


 絞り出すように、絶叫すると、カイロはアドルフへと剣をふるう。


 脇に構えた剣を切り上げた迅さは出色ではあったが、相手があまりにも悪かった。


 通常の状態には見えなくても、勇者アドルフの名は伊達ではない。


 駆けつけた俺が【暴走特急】を発動する間もないままに、

 背中から剣を生やしたカイロが、とさり、と血の海に沈んでいった。

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