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59話 エヴァンジェリンが、一体でた

 6階層へ向かう階段は、それまでとは多少趣が異なっている。

 今までよりも、見た目に少し大きくて、柱には細かな装飾が施されている。


 俺はタイレムギルドが用意してくれたダンジョンの地図を床に広げ、しゃがみこんで確認した。


 この先がダンジョンの最下層なのは、どうやら間違いないようだ。


「6階層は大広間と、それから小部屋が2つばかりか……」


 リンネが肩越しにのぞき込んでそういった。


「待ち伏せするには、うってつけにみえますけど」


 シャロも反対側の背中からそう言う。

 あれから、黒ずくめたちの襲撃はわずかに一回。


 それも最初の襲撃よりも、さらに落ちる戦力だった。

 おかげで、というべきだろうか。俺たちはひとりもメンバーを損なうことなく、大きな怪我も負わないままに、ここまでたどりつくことができている。


 逆にいえば、敵も戦力を温存している可能性がある、ということでもあった。

 それをつかった待ち伏せなどは、いかにもありそうな話ではある。

 とはいえ、ここでとどまったり、引き返すわけにもいかないのがついらいところだ。

 この階段を降りた瞬間から、激戦がはじまる予感が、ひしひしと感じられる。


「さてロッカ。ここはひとつ、みんなに激励のかけ声でもかけたげるべきじゃないかしらね」


 リンネが俺の横に回り、そうささやいた。

 俺はうなずいた。リーダーとして、そういったことも必要なのだろう。


 俺は立ち上がってあたりを見回し、手を突き上げて宣言する。


「みなさん、ここから先が本番です。待ち伏せがあるかもしれませんけど、力を貸してください。まずはみなさん、安心安全。家に帰るまでが冒険です!」


 冒険者達はそれを聞いて、何人かが顔を見合わせた。

 やがて彼らの間から笑いがおこる。


「みんなの命をくれ、くらいのことがいえないんでしょうかロッカさんは」

「いやいや、いいじゃないか。たしかに緊張はほぐれたぞ」


 シャロがいうのに、冒険者の一人がそう返した。


「じゃあ、まあ、いきましょうか」


 俺は赤くなった顔を見られないように、先頭をきって先へ進んだ。


―――――――――


「あらあら、意外に大人数。私ひとり襲うっていうのに、ずいぶんな用意だこと」


 広間にはエヴァンジェリンがただひとり、待ち構えていた。

 かたわらにはガルムが立ち、彼女を守護するかのようにまわりをうろうろと歩いている。


 隊列のなかごろを歩いていたタロが、冒険者たちをかき分けるように前に出て、大犬を睨むように対峙した。


「わかる?ロッカ」


 こそりと、リンネが話しかけてくる。

 俺は小さくうなずいた。


 広間に接続されたふたつの小部屋。

 扉でさえぎられた室内からは、人の気配とも、殺気ともつかないなにやらの雰囲気がもれ漂ってきているのだ。


 あの挑発にのり、下手にエヴァンジェリンへ向かったなら、あそこに隠れたなにものかが、挟撃して殲滅するつもりだろうか。


「右と左、ロッカ君は好きな方へ奔れ。何人かあとに続かせる。残った方を我々が叩く」


 エヴァンジェリンに気づかれないようにだろう。

 ベテランの彼はいつのまにか俺の後ろにいて、そう声かけてくる。


「リンネとシャロはタロのそばでエヴァンジェリンの牽制を。いい?」


 ささやくような俺の声に、ふたりがうなずくのがわかった。


「どうしたの?はやくいらっしゃいな」

「エヴァンジェリン!シメオンはどうした?」


 俺は大声でそう返す。彼女は笑みを絶やさずに答える。


「シメオン様はもう旅立たれたわ。あなたがたの相手はわたしひとりで充分。そうでしょう?」

「そうかな?じゃあ、ためしてみるよ」


 俺はエヴァンジェリンに向けて、走り出す。

 タロも俺の意をくんでくれ、併走しながらガルムへ向かった。


「うふふ、単純なのね。そういうの、嫌いじゃないわ。だけれども……!」


 彼女が大きく手を挙げる、それを待たずに、俺は大きく曲がりながら左の小部屋へ方向転換した。

 かちゃり、と小さな音が聞こえた気がした。

 そうしてうっすらと開けられた扉の隙間から、ひかりが漏れ出す。


「【暴走特急】」


 扉ごと、その影にいた敵を巻き込んで、俺の突進が炸裂した。

 続けて俺は【毒付与】を発動する。

 ろくに周りも確認せず、めちゃくちゃに振り回した剣にいくつかの手応えがあった。


 入り口ちかくにいた黒ずくめの敵。どの何人が手傷を負い、そうしてたちまち毒が回って倒れていく。


 俺はここで初めて、小部屋の中を見回した。


「外れ、か」


 部屋の中には幾人かの黒ずくめが控えていたが、アドルフも、それからシメオンも、いる様子はない。


「もうひとつの部屋だったか」

「ロッカ先輩、あぶない!」


 思いを馳せかけた俺に、黒ずくめが切り込んでくる。

 それに横合いから体当たりして俺を守ったのは、おれのファンだという冒険者だった。


「ありがとう、カイロ」

「名前、覚えてくれたんですね」


 カイロはそう言うと、抜刀して次の敵の刃を防ぐ。

 そうだ。今はここを制圧しないと。


 俺も刀を抜いて、向かい来る敵に対峙した。

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