57話 敵のダンジョンに踏み入ります
そのダンジョンの入り口は雑草にまみれていて、入り口の大半をおおいかくしている。
かつて存在しただろう表札も今は朽ち果てていて、わずかに残った柱も大半がアリに食われてふれれば折れてしまいそうだ。
湧いてくるモンスターも多くはなく、ドロップアイテムもおいしくないから、当然のように人気がない。そう聞いている通り、ほとんど訪れるものがいないようには見えた。手入れもされていないから、雑草のあいだからわずかに除く入り口もぼろぼろで、ダンジョンというよりはうち捨てられた廃墟に見えた。
けれども、
なかに誰かが、シメオンの一派が潜んでいるかも知れない。
それを前提にあたりをうかがってみたならば、不自然に折れた枝だの、微妙にかき分けられた草の束だの、わずかに踏み固められた土だのと、なにかしらの痕跡をみることができるのだった。
「やはり、発報の魔法がかけられているように見えるな」
入り口を探りに行っていった冒険者ふたりが、戻ってきてそう告げた。
「解除はできますか?」
「難しいな。できたとしても時間がかかる」
「それに、警報が入り口一カ所だけということはないだろう。それをひとつひとつ解除していくとなれば、いずれはばれるだろうな」
ふたりともに、トラップ解除の専門家というわけではない。
よせあつめの俺たちでは、どのみちやれることには限界がある。
俺は少し考えて、皆に言った。
「強行しましょう。みなさんには迷惑かけちゃうかもしれませんが」
前回までの襲撃で、シメオンは戦力を出し惜しみせずにほぼ使い切っているのではないか。
俺たちを送り出す前の、オーウェンの読みである。
ギルドの襲撃に、王都の襲撃。
作戦としては成功されてしまったといっていいだろうが、相手にも相応の被害があったはずだ。
あの戦闘で戦力を温存していた、なんて思いたくはないし、現実的でもないだろう。
決して分の悪いかけではないはずだ。
「罠なんかは?」
「入り口にはないようだ。中はいってみないとわからないが、大型のトラップを仕込む余裕はないのじゃないかな」
「じゃあ、いってみましょうか」
先行しようとした俺を、複数の手が止めた。
「あんたはあとからついて来てくれ。主攻なんだから」
「そうだぜ。とりあえず、大将の機嫌をとっといてもらわんと」
彼はちらりと後ろを見た。
すっと立つタロはときおりグルルをうなりをあげたりと、どこか興奮をおさえきれていないように見える。
「ロッカ、ここはお言葉にあまえましょう」
「そうだね。では、おねがいします」
「心得た」
冒険者たちはお互いに合図しあって、ダンジョンへと踏み入っていく。
警報の魔法は発動したはずだから、相手に気づかれてはいるのだろうが、特になにかが起る様子はない。
「俺たちも行こうか」
俺はタロにふれ、もふもふと撫でながら、言う
タロは落ち着いてきたようで、俺を見てわふ、と鳴いた。
―――――――――
ダンジョンの中には魔法のたいまつのような仕込みもなく、わずかに発光するコケのおかげで人影だけは確認ができた。
俺たちは持参したたいまつを壁に仕込んで、灯りを確保していく。
ギルドの支援を受けているおかげで、こういった消費アイテムは充分に持ち込めている。
心配していた罠も今のところ設置されてはいないようだ。
「妙ね。モンスターが一切湧いてこないなんて」
リンネが言うのに、おれはうなずいた。
モンスターの湧きが少ない、というのはこのダンジョンの聞いていた特徴のひとつではあるが、全く湧かないというのは確かにおかしかった。
そればかりではない。
コウモリやネズミなどの、こういったダンジョンにはつきものの同居者の姿も見えない。
彼らをテイムして偵察につかう、という俺の技術がいかせないのは、悲しかった。
「いいじゃないですか。邪魔がでないのはありがたいです」
シャロがいうのもわからないではなかったが、それよりも今は不気味さの方が勝る。
「みなさん、少し妙です。気をつけて」
先を行く冒険者が手を挙げて了解を示した。
直後、
「敵だ!」
前方から、声があがった。
「モンスターじゃないぞ。例のやつらだ!」
キン、キン、と
金属を打ち合わせる音が響いてくる。
「後ろ!」
誰かがそう叫ぶのに、俺は走り出している。
俺がいる場所は最後尾により近かった。
駆けつけると、こちらでも数人の黒ずくめとしんがりの冒険者が打ち合っている。
奇襲をうけただろう冒険者たちも、いまはもう体制をたてなおしつつあった。
しんがりにいる彼らはそう高ランクの冒険者というわけではなかったはずだが、連携よく黒ずくめを迎え撃っていた。
黒ずくめの方はといえば、ダンジョンの中で動きやすいようにだろうか。
顔を隠す面はそのままながら、マントやローブなどは身につけず、黒いタイトな服で身体を覆っている。
俺はその中の一人に狙いを定めると
【暴走特急!】
ゆがんだ視界がはれた瞬間、黒ずくめのひとりが身体をくの字に曲げて、吹き飛んでいくのが見えた。




