56話 決戦のまえに
「それで、そういうことになっちゃいそうなんだけど」
宿にもどるや、俺はパーティーメンバーの二人を集めて説明をした。
「いいんじゃない?私は妥当だと思うけれど」
リンネがそう言って、俺の肩をぽんと叩いた。
「あれ、もしかしてきにいっていないの?」
雰囲気を察してか、リンネが俺の顔をのぞき込むように言った。
「そりゃあ、」
正直なところ、自信があるわけではない。みんなの上にたって、その運命を背負う、というのはなかなかに重いことではある。
「まあ、最初に指示をだしたら、あとはどーんと構えてればいいのよ。どのみち、今回の作戦なんて、誰が考えたっておなじようなものでしょ」
あのアドルフがリーダーやってたんだから、あなたにだってなんとかなるわよ。とリンネは言う。
アドルフのことはともかく、確かに他の冒険者の皆さんにやってもらうことといえば、タロを中心とした、俺たちのつゆ払いといったところだ。
「あとは、そうねえ」
リンネは少し考えて、ぽんと手を叩く。
「まずはね、無理矢理にでもいいから笑ってたらいいのよ。リーダーが暗い顔をしてたって、いいことなんて何もないんだから。せめてにこにこしてなさいな」
「そう、だね」
案外、そんなものかもしれないな、と俺は思った。
「まったく、そもそもそんなダンジョンに、行かないって選択肢はないんですかね」
そう言ったのはシャロである。彼女はそうは言いながらも、しっかりと弓の手入れを続けていた。
シャロだって、今度こそこのパーティーから去る、という選択肢があるだろうに、そうしようという気はないようだった。
「あ、そうね。ごめんなさい」
これにはリンネが謝った。
「私、アドルフのことがあったから少し前掛かりになっていたみたい。ごめんなさい」
真っ直ぐにそんなふうに言われて、シャロは少し頬を赤くしたようだ。
「別に、それはそれでかまわないです。わたしはみなさんの荷物みたいなものなんですからね。ただちょっと、たまには思い出して欲しいってだけです」
シャロはそう言うと、下を向いて弓の手入れに集中をし始めた。
「アドルフのこと、まだオーウェンさんはギルドに報告していないみたいだけれど、もう隠しておける状況じゃないよね」
「そうなのね。こうなったらもう、これ以上罪を重ねないように私たちの手でなんとかしてあげるしか・・・・・・」
シャロの方から、大きなため息が聞こえた。どうやら弓の手入れをしながらも、こちらの話しに耳を傾けていたようだ。
「それも大事なことだとは思いますけど、良いんですか?」
「なんのこと?」
俺が聞くと、シャロは少し驚いたような顔をする。
「ロッカさんにしては珍しいですね。タロさんのことですよ。なんだか少し、普通じゃないようにみえましたけど」
―――――――――
「タロ?」
部屋にはいると、タロは俺に背中を向けたままじっとしていた。
声をかけて近くに寄っても、その様子はかわらない。
いつもはじゃれついたり飛びついてきたり、知らんぷりをしているように見せて、尻尾をぱたぱたさせてみたり。俺に対してはたくさんの反応を返してくれるタロなのに、である。
「タロ、どうかしたの」
心配とともに喪失感すら覚えながら、俺はタロの前に回り込んでそう聞いた。
タロはちらりとこちらを見て、それから舌で俺の頬をひと嘗めすると、すぐさまとある方向の壁をみながら、また動かなくなった。
「さすがに、ロッカさんには少しだけでも反応してくれるんですね。わたしにはずっと無反応だったのに」
ついてきたシャロが後ろからそういった。
「ずっと、こんな感じなの?」
「ずっとこんな感じです」
俺はタロの顔を見上げた。ガルムにつけられた傷が生々しかった。
タロが傷を受けたところを見るのは初めてだった。タロの魔力があれば回復は簡単だろうに、それを治さずにそのままにしているのも不思議だった。
タロが見ている方向は、少し考えれば見当がつく。
おそらくはアドルフやシメオン、そしてガルムがいるダンジョンの方向だ。
「タロ、ガルムが気になるの?」
もふもふに触れた指先から、肯定の意思が伝わってくるのがわかる。
どうやら、俺がダンジョンに向かう大きな理由が、もうひとつ増えたようだ。
そばらくそうしてタロに触れてタロの意識を感じてから、俺はゆっくりと手を離す。
「わかっただろ?俺たちは明日、ガルムが待っているダンジョンに向かうんだ」
タロは首を下ろして、もう一度俺の頬をぺろりと嘗めた。
「だからさ、今日は休もう。タロも明日は頑張り時だよ」
そう声かけてしばらくすると、タロの前身を覆っていた緊迫感のようなものが、ゆっくりと薄れていった。
「良い子だね、タロ。そうだ。今日は久しぶりに一緒に寝ようよ」
言うと、タロは鼻の先で俺のおなかをつんつんつついた。
「もう、灼けちゃいますね」
「そうね。今回ばかりは同意するわ」
パーティーメンバーの残りふたりが、後ろで何か言っていたが、俺達には聞こえなかった。
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