54話 いくさのあと
「どうやら死にぞこなってしまったようじゃ」
病院のベッドの上で、オーウェンが言った。その身体はなぜか布団ごと縄でぐるぐるに縛られている。
「どうしたんですか?それ」
オーウェンは笑おうとして、痛みに顔を歪ませた。
病院に担ぎ込んだ時のオーウェンは、顔面蒼白に身体も力を失って、控えめに見て半死といった状態だった。
しばらくの面会謝絶を言い渡され、話はおろか、会うことすらできなかった俺たちである。
そもそも俺自身、体力、精神力の低下が激しく、いくつかの軽くない傷の影響もあった。
数日経って、やっとオーウェンの面会謝絶が開けるまで、俺たちもひたすら回復に努めていた。
王都は厳戒態勢にあった。
今回の事件において、被害があったのはギルド関連施設と、ガルムが暴れた広場を中心とした一部にとどまっている。
けれども、ここ百年ほど、自然災害のほかは大過なく過ごしてきた王都において、ガルムの襲撃は大きな衝撃をもたらしていた。
ガルムそのものを見た者は少ないはずだ。
けれども、伝説にある邪神に酷似した獣の破壊は、人々の間に噂として大きく広がり、王都に暗い影を落としている。
なにより、王都守備隊や現在動員できる冒険者では、ガルムに対抗できない、と知れたのが大きかった。
いつか、どこに現われるかわからないガルムの恐怖におびえる者はあとをたたない。
ここにきて、最高戦力であるオーウェンが前線にいない、というのはやはり大きかった。
彼を最初に潰しておく、というシメオンの戦術は、大きく成果をあげつつある。
そのオーウェンは、あてがわれた個室のなかで、どうやら瀕死の状態は脱した様子を見せている。
未だに顔色は青白いままだが、いくらかの気力は取り戻しつつもあるようだった。
「こわい看護師がおってのう。どうやら老体をふんじばるのが趣味のようなんじゃ」
オーウェンがいうのに、入り口脇にひかえた看護師がおおきく咳払いをした。
「先生の指示に従って、抜け出さないと確約していただけるならば、すぐにほどいて差し上げますが?」
「する、するからはやく、ほどいてくれんかね」
「嘘ですね。不許可です」
オーウェンはそれを聞いて、大きく笑った。
看護師のあの様子、どうやら抜け出そうとしたのは、一度や二度ではないらしい。
「と、いうわけなんじゃ。それでのう、その机の上をみてほしいんじゃ」
ベッド脇のサイドテーブルには、一枚の紙がのせられている。
手に取れば、おおまかな地図と、細かな書き込みがみてとれた。
「これは、ダンジョンですか?」
「そうじゃ。わかるかね」
見たところ、以前訪れた街、タイレムの近くにあるダンジョンのようだ。
中級者向けのそれと書いてあるが、特に名前は聞いたことがない。
「ギルド預かりのダンジョンでもないからの。難易度は初級者向け。なんじゃが、めぼしいドロップもないし、人気は皆無といったところじゃ。」
「そんなところに、何かあるんですか?」
「それがの」
オーウェンはそういって、身をよじった。
どうやら癖であごひげをさわろうとしたようだが、ぐるぐる巻きの身体ではそれもできない。
彼はひとつため息をついてから、続ける。
「わしの見立てでは、かのシメオンめが潜んでいるんじゃないかと、そう思っとる」
俺は驚いて、オーウェンの顔を見た。
「あのガルムめにはしてやられたわしらじゃがの。じゃが、なんの手がかりもつかんでおらなんだ、というわけではないんじゃ」
俺は、手にした地図をもう一度しっかりと見る。
「本来なら儂がいのいち番にとんでいくべきなんじゃが」
ちら、と彼が見た先で、看護師が顔を出してすごい目でオーウェンを睨んでいる。
「ま、そういうわけじゃ。それに実際、今の儂では足手まといじゃろう。それに・・・・・・」
オーウェンは口ごもった。
オーウェン本人と共に、王都のギルドも半壊状態だ。
あの状態ではおおきな支援も臨めないだろう。
「もちろん、行かせてもらいますよ」
「そうか、すまんの。なにしろ、現状でガルムに対抗できるのは、タロくんくらいじゃから・・・・・・」
オーウェンは看護師の方へ目をやって、片目をつむって見せた。
「はいはい、わかりましたよ」
看護師は脇に置いていたなにかを持って、俺の方へ来る。
少し古びた鞘に収まった、剣のようだ。
「儂が、いまの大剣の前につかっておった剣じゃ。拵えもそのままでもうしわけないんじゃが、もらってくれんかね?」
俺は少し言葉につまる。
最高位剣士の剣。それがどれだけ価値があるかは、いわずもがなだ。
「古いものじゃし、無理にとはいわんが、」
「いえ、ありがたくいただきます」
俺は言った。これから、決戦が待っているのだ。ここで遠慮をしている余裕はないだろう。
「それは重畳。さて、あとは戦力じゃが」
とんとん、と
二度、病室のドアがノックされ、返事を待つことなく扉が開く。
「あれ、おひさしぶりですね、ロッカさん」
聞き覚えのある声とともに、見知った顔が病室に踏み込んできた。




