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53話 たたかう伝説たち

 タロのおかげでなんとか意識を失うのは免れたものの、立って戦えるほどではない。

 駆け寄ってきたシャロが俺とタロを交互に見る。


 わふ、


 とタロがシャロに向ってひと鳴きする。

 タロを少し苦手にしているふうだったシャロのことだ。

 またびっくりしてしまうかな、という俺の心配をよそに、


「もう、しょうがないですね」


 といつもの様子で、シャロは俺のわきにたった。


「立てますか?」

「うん、なんとか」

「じゃあ、いきましょう。肩を貸しますから」


 俺はタロの方を見る。

 タロは、任せとけ、とばかりにもう一度鳴いた。

 その鳴き声に押されるように、俺はシャロの肩を借り、小走りで近くの建物の影へと滑り込んだ。


「おかえりなさい」


 リンネが俺たちを迎え入れる。何人かの冒険者と、オーウェンもいっしょだ。

 どうやらこの場所から、オーウェンが指揮をとばしているらしい。


「大丈夫なんですか?」

「剣の傷を癒すのは無理だった。だから今は周りをつないで無理やりふさいでいる状態よ。正直無理はしてほしくないんだけど……」

「なあに、前線で戦おうというんじゃない。ここでこうして、皆をこき使うくらいは、の」


 はた目にはとても健康そうにはみえない顔色で、オーウェンは言った。


「ロッカ、あなたもよ。少し休んでいて」


 言われて、俺もがれきの上に腰掛ける。

 おしりとがれきは親友になったようで、なかなかすぐに立とうという気力は沸いてこなかった。


「すまんの、わしがこんなざまで迷惑をかける」

「気にしないでください。それよりタロが……」


 皆の視線が、いっせいにタロへと向かった。

 タロは悠然としながらも、ガルムを叩き込んだ建物から目を切っていない。

 土煙は収まらず、からからとなかで小さなかけらが、崩れて転がる音がしている。


 突然、


 建物の上方から、轟音とともに黒い影が舞い上がった。


 すでに崩れかけていた屋根はその衝撃で完全に崩壊し、建物自体が連鎖的に崩れてつぶれる。


 どん、


 と勢いよく地面に降り立って、ガルムはあたりをねめつけた。

 みたところ、傷もなくいまだ体力もありあまっているようだ。


 がふ、がふ、


 と口から唾を飛ばして吠えたてながら、繰り返し小さく跳ねてはや建物にぶつかって、小さな被害を重ねている。


「楽し、そう?」


 思わず、俺の口からそんな言葉がこぼれ出た。


「楽しそう?とてもそんなふうにはみえないけど」

「ええ、むしろ怖いです」


 口々に言うパーティーメンバーに、俺はもう一度ガルムを見る。

 牙をむき、右に左に飛び跳ねてタロの隙を伺っている様子は、なるほど獣の恐怖そのものではある。


 でもやっぱり、俺にはガルムが楽しがっているように思えるのだった。

 仕掛けたのは、こんどもガルムのほうだった。


 今までの行動から、ガルムの肉弾戦は飛びかかるのが基本戦術とみていたが、今回は違った。

 低く、地を這うような突撃がタロに迫る。

 俺の【暴走特急】に勝るとも劣らないスピードで、黒が奔った。


 一塊の火の玉になったガルムがタロにぶちあたる直前、タロの姿がかき消える。


「上!」


 見上げた空に、ガルムの株を奪うような跳躍をしたタロがうつった。

 いや、それ以上か。

 ガルムが跳んだ最高到達点よりもさらに上。

 そこまで飛び上がったタロは身体を翻し、ガルムに対して逆落としをかけた。


 いつでも優雅にもふもふのタロにしては珍しく、その様は稲妻のようだった。


 突進をすかされて、タロを見失っていたガルムに、タロをかわすすべはない。


 とぐしゃ


 という音とともに、ふたつの黒が交錯した。

 ふわりと脇に着地したタロの前で、ガルムが頭から血を流している。


「やった?」


 バウ 


 と抗議するようなタイミングでガルムが吠える。

 そのとき、タロの額からも、一筋の血が流れるのが見えた。


 ガルムがますます猛り狂って吠え立てる


「やっぱり楽しんでるんだ」


 ガルムはまたもや小刻みに跳ねながら、次の攻撃の準備をしているようだった。

 そうして、


 ぴくり、とガルムの耳が動いて見えた。


 ガルムはあさっての方を向き、少しいらいらするように今度は大きく二度跳ねる。

 王都の石畳が、激しく壊れた。


 それから、ガルムはこんどは小さく、バウワウとないた。

 タロはそれをうけて、すこし首をかしげるようにする。そうして、わふ、とひとなきで答えるようにした。


 ガルムはもういちど、なごりおしいかのようにタロをみて、それから


 どん、


 と大きな音をさせ、からだを高く舞あげて、近くのものみの塔へと飛び乗った。

 それから次、また次へと王都の高い建物へと飛び移りながら、遠く、どこかへ去って行った。


「ちょっと、ガルム様?」


 黒ずくめの残党と共に、取り残されたエヴァンジェリンが声をあげる。


「え、はい。わかりました」


 それから彼女はひとりごちるようにした。


「それではみなさま、ごきげんよう」

「まずい、彼女を逃がすな!」


 いきなり笑顔になってそういうエヴァンジェリンを、オーウェンが指さして言う。

 すぐさま何人かの冒険者が向かったが、その頃にはエヴァンジェリンの身体が光を帯び始めていた。


「転移魔法!」


 彼女に殺到する冒険者たちに、黒ずくめが立ち塞がった。

 数で上回る冒険者たちは、ついには黒ずくめを制圧したが、そのころにはエヴァンジェリンは影も形もなくなっていた。

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