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52話 フェンリルと邪神が出会いました

 おなじ犬型と一言で言っても、タロとガルムでは見た目からして大きく違いがある。


 ガルムは常に姿勢を低くし、口からよだれをまき散らしながらせわしなく動き、よく言えば元気いっぱいという感じだ。

 タロのほうは、これは俺から言うべきではないのかも。つややかでもふもふの毛並みに、凜々しい顔立ち。すっくとした立ち姿は気品すら漂って・・・・・・なんて、いくらでも褒め言葉が出てきてきりがないからだ。


 どちらにも共通するところがあるとすれば、俺たちには及びもつかないほどの膨大な魔力を秘め、お互いにそれを隠そうともしていないところだろうか。


「でたわね、フェンリル。さあガルム様、今こそあなたの本気を見せる時!」


 エヴァンジェリンが後ろで手をふってガルムをあおったが、ガルムは特にそれに答えず、俺とタロのまわりをゆっくりと動いていく。

 タロと、それからタロの後ろにいる俺に、大きな興味を抱いたようだ。

 タロはそんなガルムからじっと視線を切らさず、見つめ続けている。


「ええい、じれったいわね。あんたたち」


 エヴァンジェリンが合図すると、残りの黒ずくめたちが俺たち、いや、俺めがけて襲いかかってくる。

 まずい、と俺は思った。

 タロと俺であれば、捌けない数ではないだろう。


 けれども、ガルムとタロがにらみ合っている今である。

 なにかの刺激が加わることで、一触即発といったふうでだった。


「させるかよ」


 そのとき、襲い来る黒ずくめたちに、立ち向かう者たちが現われた。

 いままで、ガルムに立ち向かっていた冒険者たちだった。


「こいつらは、俺たちにまかせな。あんたたちはあの化け物を!!」


 オーウェンの指示があってのことか、冒険者たちはそれぞれに連携して、黒ずくめを押し返し、俺たちのまわりから追い立てていく。


 グル、


 とガルムの喉が鳴った。


「わふ」


 とタロが答えるように鳴き声を上げる。

 両者はじり、と間合いを詰めた。


「やっちゃえ、タロ!」


 ガルムの周囲に火球が現われたのと、タロが跳んだのは同時だった。

 一瞬、タロを見失ったように左右に首を振るガルムの上空から、タロが飛びかかって牙をたてる。

 ガルムはすんでで牙は避けたが、突き出された爪がその肩口を突いて割く。

 今度は低く、地面すれすれに構えたタロはガルムの懐に入り込んで、身体ごとカチ上げた。

 吹き飛んだガルムにのしかかり、首筋に牙を立てようとタロが迫る。

 しかしガルムもただやられているばかりではない。


 瞬時に編まれた黒い魔法の炎がガルムの周囲に展開され、タロを容易には近づけなかった。

 大きく飛びずさって避けたタロに向かって、追撃の火球が幾筋か放たれる。


 タロはそれらすべてを魔法の壁でうけとめた。

 ガルムは調子に乗ったように、火球を連発し始める。


 タロはそれを躱すこともはじくこともせずに、受け止め続けていた。


 何で?と俺は思った。

 守るより攻める。

 それが今までのタロだったはずだ。

 俺を、守ってくれている?


「タロ、俺は大丈夫だから」


 スキルや立ち回りを駆使すれば、生き残るくらいはしてみせる。だから思いっきりやっちゃえ。

 俺はそう思って、タロに声をかけた。

 タロは横目で俺をちらりと見て、それでも火球を受け続けるのをやめなかった。


「タロ・・・・・・」


 俺ばかりではない。タロはリンネやシャロ。それから周りで戦っている冒険者たちにも被害が及ばないように、ガルムを引き受けようとしているようだった。


 タロも成長しているんだ。

 それを感じた俺は勇気百倍。

 決意を込めて手を前に突き出して構える。


 ここは俺が埒を明ける!!


「【竜の!息吹!!】」


 尽きていたはずの魔力。それをさいごの一滴まで絞り出す。

 俺の全身から、最かき集められた魔力が、手のひらの先に収束する。

 俺は意識が跳びそうになるのを必死でとどめた。


 それは徐々にきらきらと光を放ちはじめ、それから強力な熱線となってガルムへとんだ。


 火球を連射していたガルムは唐突に放たれた熱線を避けるすべはない。

 顎下を直撃した熱線はガルムの顔を跳ね上げてから胸の方へと向かい、

 そうしてそこでふっと消える。


 最後の最後、俺の魔力が絞り尽くされた瞬間だった。

 しかし、タロにとってはそれで充分だった。


 火球が途切れた、その合間をぬってタロが奔る。

 火球を防ぐために展開していた魔力の壁。それをそのまま、突撃の威力を乗せてガルムへとたたきつける。

 俺の【竜の息吹】でひるんでいたガルムはさらなる追撃をまともに受け、吹き飛んで近くの建物へとたたきつけられた。

 すでに避難は完了していたのだろう。

 無人の建物の壁は破れ、崩れた天井がガルムを埋め尽くしていった。


 俺はそこまでを見届けて、意識を手放していく。


「あとは、たのむな、タロ」


 なんとか、そう動かした口の近くに、ざらざらとした感触があらわれた。

 そこから、魔力が、そして生命力が流れ込んでくる気配がある。


―タロ?―


 ぺろりと頬を嘗めるタロの目が、やさしく俺を見ていた。

 俺はなんとか意識をとどめ、しっかりとそれを見返した。

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