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51話 大犬とのバトルです

 巻き起こった爆裂が、俺の顔をあぶって産毛をちりりと焦がすのがわかった。

 【フェンリルの毛皮】をもってしても軽減しきれたかはわからない魔力の奔流があたりをみたす。

 火球は確実に俺への直撃コースをとっていた。

 けれども、俺はほとんど無傷で立っている。


「ヴィルド、続けて頼む」


 ぎりぎりで口寄せに成功したレッドドラゴンが、俺の前で立ち塞がっていた。

 邪神ガルムは大きく後ろに飛び従者って、黒く燃えるしっぽを左右に振り回している。


「ちょっとガルムさま、こんなのに関わっている暇は・・・・・・」


 エヴァンジェリンが後ろで騒いでいるようだが、ガルムに言うことを聞く気はないようだった。


「ヴィルド、ブレスは禁止な」


 うなずくでもないドラゴンの背中から、了、という意思が伝わってくる。

 召喚するだけで俺の魔力を削っていくドラゴンだ。

 そこに高出力のブレスまで使われては、俺の魔力枯渇はあっというまのことだろう。

 ブレスを使う、使わないにかかわらず、短期決戦を挑むべきだろう。


 ヴィルドが口を大きく開けて威嚇するなか、まずはガルムが動き出す。


 たん、とん、と


 周囲の建物を利用して、ガルムが高い位置をとる。

 降り立つときは軽やかに、飛び上がるときに派手に建物を破壊しながら、ガルムはヴィルドの頭上にぶら下がって、見下ろしていた。

 素早い動きは驚くべきだが、しかしそれはこちらにとっても望むところだ。

 ブレスを封じられ、爪と牙を主な武器とするドラゴン、ヴィルドには、接近戦を仕掛けてこられた方が都合が良い。


ァン、オン!


 吠えるなり、右上空から斜めにガルムが降ってくる。

 がす、

 と鋭い爪がドラゴンの表層をえぐった。

 着地し、沈み込んだガルムを、今度はヴィルドが見おろす形になっている。


 はらり、とドラゴンの鱗があたりを舞った。

 その鱗こそが、いまのヴィルドを守る鎧だ。

 魔力が巡らされたドラゴンの鱗は、半端な攻撃では傷のひとつもつけられない。


 邪神の鋭さを乗せた一撃すら、その例外ではない。体制すら崩さずに、ヴィルドは反撃の爪を振り回す。

 ちゃぐ、と音を立てて、ガルムの、ぬれたように貼り付く毛が、いくつか抜き去られる。


「追撃を・・・・・・」


 言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 見れば、ヴィルドの肩口の肉が抉られているようだ。

 邪神の牙が、ドラゴンに届いた証左である。


 またもや、ガルムが尻尾を大きく振っている。


「もしかして、愉しんでるの?」


 当然、ガルムは答えない。けれどもその仕草はここにいないフェンリルのタロがやる、喜びと興奮が入り交じった仕草に似ているように思えた。


 それに考えを巡らせるまもなく、ガルムが体制を整えて突っ込んでくる。

 ヴィルドは、と見れば、それをまた、正面から迎え撃つ。


 右に、左に。


 フェイントになる素早い動きを見せながら、ガルムが飛ぶ。

 ヴィルドはガルムの動きをとらえきれていない。その死角を縫うように、ガルムの牙がヴィルドへと到達する。

 大きく開けた口が、ドラゴン、ヴィルドの肩口にかみつきえぐる。

 鱗を貫通し、肉に達したその傷から、いくばくかの血が流れ出した。


 と


 ガルムの口の脇から、低いうなりがあふれ出した。

 ガルムはそれでも、ヴィルドに牙を突き立てたまま離そうとしない。

 いや、離れないのだ。

 ヴィルドの肩はいつのまにかあわい光を放っていた。


 魔力の集積。


 その力が、ガルムの牙をつかんで離さないのだ。

 

「ヴィルド、ブレスを」


 今こそ、なけなしの魔力を注ぎ込むべき時だ。そうとみた俺の指令に従って、ヴィルドが大きく口を開く。


 続いて、前足でガルムの背をつかんで、ぶん、とあたりに投げ捨てる。


 ヴィルドへと急速に魔力がながれこむのがわかった。そうして、俺は徐々に気が遠くなっていく。


 耐えてくれよ


 膝をつきながら俺が思うなか、ヴィルドの前方へと収束した魔力は、やがて熱線となる。


「いっけー」


 声を出し、意識をつなぎ止めようとする。

 熱線は、過たずガルムへと飛んでいった。


 地にたたきつけられた直後のこと。

 身動きがとれないガルムは、その直撃をかわすことはできなかった。


 のだが、


 ぬらり、と現われた黒い壁がドラゴンの熱線を押しとどめる。


「あれは・・・・・・」


 失いそうになる意識で、俺は思う。

 あれは、タロが以前発生させた光の壁に似たところがある。

 あのときは、タロの壁は最終的にはドラゴンブレスに貫かれた。


 ならば、今も。


 そこまでで、熱線は徐々に薄くなって消えていった。

 俺の、魔力がつきたからだ。


 ドラゴン、ヴィルドの存在も徐々に薄まっていく。

 俺からの魔力供給がなくなって、強制送還がはじまったのだ。


 その向こうで、ガルムが笑っているように見える。

 まずいな、と俺は思った。


 次に来られたら、俺にはガルムの牙を防ぐ手立てがない。


 そんな俺の思いを見透かしたように、ガルムは地面を一度掻いて、

 それから一直線に、俺へと突っ込んでくる。


 その牙が俺へと届く瞬間。


 黒いもふもふが横合いから思い切りガルムへと衝突し、その軌道を大きくかえた。

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