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47話 勇者対最高位剣士

「勇者どのがいけないのですよ。私はおとめ申し上げたのに」


 オーウェンは大剣を脇に構えて軽く身体を沈める。

 シメオンの軽口を聞くつもりはないようだった。


「ま、いちど寝てもらうのが一番かの」


 立ち上がったアドルフに、壁にたたきつけられたダメージらしきものはみられない。

 その場所から動こうとせず、自分から攻めるそぶりもないアドルフは、オーウェンの気配に反応してか、ゆらりと剣先をあげた。


「さて、死んでくれるなよ、勇者くん」


 ぱき、と


 ギルドの床が、オーウェンの踏み込みに耐えられず、割れ散った。

 一足飛びに詰めた距離が、オーウェンの速度に通じ、それはそのまま彼の斬撃の威力へと転化される。

 その軌跡は、さきほどアドルフを吹き飛ばした一閃とそうかわらない。

 受け止めたアドルフは、しかし今度は吹き飛ばなかった。

 正眼から無造作に防御に転じたアドルフの剣は、オーウェンの大剣を受け止めて、欠けず、折れもしていない。

 旅の途中、偶然手に入れたという無銘の剣は、いくたびの試練を乗り越えて、いまもアドルフの命を救った。

 しかし、それでオーウェンもとまらなかった。

 右から、そして左から、袈裟に突きにと、嵐のような連撃がアドルフに降り注ぐ。


 彼は小さな動きで剣を動かしながら、それをなんとかうけとめているように見えたが、顔に、二の腕に、次は足にと、小さな傷が徐々に増えていくのもみてとれた。


―――――――――


「わぷっ」


 足払いで転がされたところに飛びかかってきた黒ずくめを転がってかわす。

 俺はそのままごろごろところがって、敵の攻撃範囲から逃れようとしたけれど、黒ずくめは短刀をなんども突き出しながら、そうさせてはくれなかった。


 そうしていうるちに壁際に追い立てられ、俺の回転はそこで止まる。

 対手の口を覆う覆面が、笑うようにくしゃりと歪むのが見えた。


 ブフォっ


 次の瞬間、俺の前から男が消えた。


 自分の相手を蹴散らして、駆けつけてくれたガルムの手柄だ。

 俺は跳ね起きると、ガルムを撫でてねぎらった。

 その時、ちょうど口寄せのタイムリミットが来て、ガルムはぽんと中空に消えた


 ひといきついてあたりを見回す。

 小走りで、リンネとシャロが駆け寄ってくるのが見えた。


「まわりは、あらかた片づいたみたいね」


 リンネの言葉に、俺はうなずく。

 のこりはアドルフとシメオン、それからシメオンの周りを固めるように、黒ずくめが数人残っているだけだ。


 オーウェンとアドルフは相変わらず打ち合っていたが、オーウェンの有利はあきらかに見えた。

 リンネとシャロはオーウェンを援護するようにか、それぞれのえものを構えた。


「やめといたほうがいいとおもう。きっと、邪魔になるよ」


 俺はそれを手で制した。

 オーウェンほどの手練れともなれば、中途半端な援護はかえって勢いを鈍らせる結果になりかねない。

 今の彼は、それほどすさまじかった。


「そうね」

「そう、ですね」


 ふたりは素直に、杖と弓を下ろす。


 次の瞬間


 シャロは唐突に弓をもいちどあげて、それをひょうど放った。

 近くにいた俺が、完全に虚をつかれた瞬時の射撃。


 ろくに狙いをつける時間もなかっただろうに、矢は正確に目標へと飛ぶ。


 ぱしっ


 とそれを、片手でつかみ取った相手の神業こそ、褒められるべきだろう。

 矢をほおりすてたシメオンの口が、いけませんな、と動いて見えた。


「殺りそこねましたか。さすがに一筋縄ではいかないようです」


 物騒なことを言うシャロに、かたをすくめたリンネといっしょに、俺はアドルフとオーウェンの対決を見守るばかりになっていく。


 決着は、もう近いように思えた。

 防戦一方のアドルフは、オーウェンが言った喪心の術とやらの結果だろうか。

 つかうのは剣ばかりで、得意の魔法もスキルも使用していない。


 いかにアドルフとはいえど、ギルド最高位剣士たるオーウェンとは、それらを使っても互角に戦うのは難しいだろう。


 事実、オーウェンは大剣を振り回しながら、徐々にアドルフを壁際へと追い込んでいった。


「あっ」


 いや、壁際はまずいのか?

 ちょうどそのとき、がき、と大きな音がして、オーウェンの大剣が壁にひっかかって止まる。


 その長大さから、大剣が狭いところでは使いにくいのが道理だった。


「しまっ」


 追い込んだのではなく、誘い込まれた。

 そう理解したときには、アドルフがもう踏み込んでいる。

 無言のまま、いままで秘していたのだろう最速の一撃が、オーウェンに向かった。


「た、」


 その最速の上をいく。

 帯びていたサブウエポン。脇差しの抜き打ちは、まさに目にもとまらなかった。

 オーウェンの残心が、俺の目に届くと同時に、はじかれたアドルフの剣が床に突きたっている。


「と言ってやるには、まだまだ青いようじゃのう」


 考えてみれば、オーウェンほどの使い手が、自分の武器の長さを把握していないのもおかしな話しだ。

 大剣を引っかけてたのは、わざと隙をつくって見せた、というところだろうか。

 

 右手を押さえて、アドルフが膝をついた。


「さて、これで終わりかのう。ここはおとなしくお縄に、というべきかの」

「いえいえ、おたのしみはこれからですよ」


 シメオンが、割り込むようにそういった。


 同時に、とくん、と俺の心臓がなった。

 なんだ?と考えを巡らせる暇もなく、シメオンがおおきな声をはりあげる


「さて、みなさんおまちかね。それではおでましいただきましょう」


 遠く、ギルドの外側で、何かが爆発したような音が聞こえてきた。

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[一言] 「自分の相手を蹴散らして、駆けつけてくれたガルムの手柄だ。  俺は跳ね起きると、ガルムを撫でてねぎらった。  その時、ちょうど口寄せのタイムリミットが来て、ガルムはぽんと中空に消えた」 前…
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