45話 ギルドに襲撃者があらわれたのです
拍手の音が聞こえるまで、誰も気づいていなかった。
男が一人、クエスト掲示板の前に立っている。
全員の注目があつまったことを知ってなのか、ぱん、と一度、ひときわ大きな拍手を響かせ、そうして彼は拍手を止めた。
それから、後ろ手にクエスト票を1枚破りとると、それを顔のまえに掲げてざっと目を通してみせる。
「ふむ。なかなか男前に描いていただいて、恐悦至極ですな」
紙の上から、禿頭がちらちら顔をのぞかせている。
手配書に描かれていた似顔絵、それそのものの顔をした男。そう、シメオンだ。
彼は紙の影から顔を出して、あたりに笑みをまき散らした。
「みなさま、お初におめにかかります。私がみなさまお探しの、シメオンめにございます」
仰々しくお辞儀などしてみせたシメオンに、オーウェンが声をかける。
「自分から出頭してくるとは殊勝じゃの。もちろん、いままでのこと、洗いざらい話していただけるんじゃろうな」
「これはこれは、ギルド最高位剣士のオーウェンどのではございませんか。いやはや、あなたほどの方に迫られたらこのシメオン、すべてをお話ししてしまいそうになりますな」
「遠慮することはないぞ。さいわい、儂もいい年じゃ。茶のみ話代わりに聞いてやる」
「そうしたいのはやまやまですが、私、こうみえて先々まで予定がつまっているのです。残念ですが、それはまた、こんどの機会に」
「そうかね」
みし、とオーウェンが持つ大剣に力がこもるのがわかった。
「ま、そう言わずにつきあってもらおうかね」
爆発的な踏み込みが、オーウェンとシメオンの間をたちまちのうちにゼロにする。
俺の【暴走特急】の速度に匹敵する瞬動。さらにそこから繰り出された斬撃が、シメオンに襲いかかった。
ギリ、ン
と鈍い金属音があたりに響いた。
「む、」
と一言。オーウェンの斬撃が、防がれた音だった。
殺さないよう、充分に手加減された一撃ではあったのだろう。
しかし、ギルド最高位剣士にして、S級冒険者。バルド・オーウェンの一撃を防ぎきるとは、シメオンも尋常な実力ではないのだろうか。
「もちろん、種も仕掛けもある手妻にございます。二度同じことができるかといえば、難しいでしょうな」
聞かれないうちにそう答えて、シメオンは半ばから曲がった剣をぞんざいに投げ捨てた。
やや警戒を強くしながら、オーウェンが再度剣を構える。
「ですから、ここは、切った張ったが得意なものに変わっていただくとしましょうか。さあ、出番ですぞ」
ぱんぱん、とシメオンがふたつ、手を鳴らした。
同時に生じた気配に、その場の皆がそちらを向く。
さきほど破られた窓からひらりと、男が中へと舞い降りる。
他の襲撃者と同じく、黒ずくめの彼は、ゆっくりと顔をあげた。
「アドルフ、どうして?」
リンネが叫ぶようにそういった。
―――――――――
組織を追いかけていけば、いつかアドルフに出会うだろうと、想定していなかったわけじゃない。
けれども、いまこの場でかれが出てくるのは想像もしていなかった。
組織とアドルフに関係があったのは確かだけれど、両者が協力しているようには思えなかったからだ。
「勇者、アドルフか、しかしあれは・・・・・・」
オーウェンがぽつりと言う。アドルフはいまだ、無言のままだった。
ゆらり、と
アドルフの左右にあらたな影がいくつか生まれる。
服装はこちらもアドルフと同じ。
組織の増援なのだろうか。
「ロッカ君、すこし気になることがある。アドルフは儂が相手にしてもよいかね?」
「え?」
「まわりの敵は君に任せたい。多少まわりが壊れてもいいから、思い切りやりたまえ」
オーウェンの言いように、俺はうなずいた。アドルフのみならず、襲撃者一人一人が相当に手練れではあるのだが、思い切りやっていいなら、手はあるように思えた。
「アドルフを、頼みます」
「まかされた」
それを合図に、オーウェンは走り出した。
間合いを詰めるとみせ、大剣の間合いぎりぎりから、いきなりそれを振り回す。
力を入れず、速さだけを重視したのだろう横薙ぎが、アドルフを襲った。
アドルフは無言を貫いて、抜き打ちにした剣でそれを逸らす。剣を振るった勢いそのまま、彼はオーウェンのふところへと飛び込んでいった。
「リンネ、シャロ、援護を!」
アドルフとオーウェン。その戦いを見ていたい思いはあったが、周りがそれを許してくれない。
俺は叫ぶなり、アドルフに加勢する気配をみせていた黒ずくめに、走り寄って斬りかかる。
飛びずさった黒ずくめを飛び越えるように、同じ姿の男がふたり、俺へと殺到してくるのが見えた。
どうやら、邪魔な俺を排除する方向へと、目的を切り替えたようである。
俺は懐に忍ばせていた左手を抜き出して、大きく叫んだ。
「来い、ガロン!」
空に舞った口寄せの札が、爆発的な光を放った。




