43話 みんなでタロをもふります
王都に戻って、ギルドに顔を出す。
そのあたりにいたギルド員に教えられたとおり、クエスト掲示板の前にオーウェンはいた。
手ずから、最も目立つ位置にクエストの書かれた紙を貼りだしているようだ。
一度貼り付けてから水平を確認し、少し角度を調整してからうんうんとうなずいている。
「こんにちは」
と声をかけて近づくと、少し照れたように頭を掻きながらこちらを向いた。
「おや、ロッカくんか。」
俺は掲示板をちらり見る。
オーウェンは一歩引いて、クエスト掲示板の前を開けた。
「人に対する確保依頼ですか?珍しいですね」
似顔絵の達人が描いたと見える手配所は、実在感がある。
達成報酬に目をやれば、思ったより一桁は高い金額が記されていた。
「ロッカくんにも関係のある依頼じゃよ」
言われて、俺はもう一度手配所を見る。
まず、禿頭に目が行く男だ。張り付いているような笑みは、似顔絵作家の誇張だろうか。
名字やセカンドネームの表記なく、シメオンとだけ書かれた名前欄がうら寂しい。
「この人、なにをやったんですか?」
「例の、王政打破をかかげている組織の話をしたじゃろ?そこの首領が、この男じゃよ」
へえ、と俺は手配所をさらにじっくりすみまで見た。
特徴のある男だけに、どこかであっても見逃すことはないだろう。
「下っ端何人かを尋問してのぅ。名前と似姿だけ、やっとつかめたというわけじゃ」
「この男が、王政打破なんて妙なことをいいだしたんですか?」
聞くと、オーウェンはあいまいな表情を浮かべた。
「それがの、どうも妙な話になってのう」
「妙?」
「下っ端から聞いた話じゃから、それがほんとうかどうか、確かなことはいえないんじゃが・・・・・・」
オーウェンは顎に手をやってから、続けた。
「どうも王政打破を言い出したのは別の人物らしいんじゃよ。当然誰も相手にせんだったところへ、いつからかこのシメオンという男があらわれての」
「のっとられた、とか?」
オーウェンは肯定も否定もしなかった。そのあたりはそれこそ、あいまいなのだろう。
「シメオンという男が現れてから、組織が急に拡大したのは事実のようじゃな。ほれ、れいの勇者堕とし。あそこを吸収合併したのも、シメオンが先頭に立って指示したのだとか」
だとすれば、我らがアドルフが今のような状況に陥ってるのも、まわりまわってこの男のせいなのかもしれない。
「なにかこころあたりがあるのかね?」
聞かれて、俺は頭を左右に振った。アドルフのことは、まだ伏せておいた方がいいだろう。
「運良く捕まえられたら、報告しますよ」
「これは頼もしい。報酬を積み上げて、まっておるからの。ま、今回は儂も動く。ちょっとした競争、というところかのう」
オーウェンは言って、呵々と笑った。
―――――――――
「はい、見たことがありますよ」
手配所の複製、それに描かれた絵は素人のギルド員が描き写したものである。
だからほんとうの手配所に描かれたものとは絵の質は比べものにならなかった。
それでも一目見て、シャロはそう言った。
「シメオン。そうです。確かそう名乗っていました」
「あの店に、来たことがあったんだね」
「そうですね。エヴァさんと、よく奥の部屋で話していました」
内容まではわかりませんけど、とシャロは続ける。
「直接会えば、すぐわかる?」
「ええ、わかると思いますけど・・・・・・」
「じゃあ、みつけたら教えてほしいんだ。よろしくね」
「わかりました」
言って、シャロは落ち着かない様子であたりをみまわした。
「それで、なんでこの部屋に集合なんです?」
視線の先にはタロが座って、彼女を見下ろしていた。
「ギルドにとってもらった宿の方で、いいじゃないですか」
「この話しをタロにも聞いてほしかった、っていうのと・・・・・・」
俺は近寄ってタロの毛を手ですいてやる。
タロは気持ちよさそうに喉をならした。
「シャロにも、もう少しタロになれてもらおうとおもってさ」
「余計なお世話です」
聞こえないほど小さな声で、シャロが何事かを言った。
「何?」
「戦闘とかではうまくやるので、大丈夫だといったのです」
「仲良くなれば、妹さんも喜ぶと思うんだけど」
く、と言葉を飲み込んで、シャロは葛藤しているようだ。
とことこ、とリンネが近寄ってきて、横からいっしょにタロをなで始めた。
「タロちゃん、こんなにかわいくてもふもふなのにね。なにが怖いっていうのかしら」
ずい、と前足が、リンネの脇に突き出された。
そうしてぺいっと彼女の手をはらう。リンネはそのままずりずりと押されていって、ついには部屋の隅へおいやられる。
「もう、タロちゃんたら!!」
「ずいぶんと、仲がいいです」
シャロのいいように、リンネは頬を膨らませた。
「近寄って、なでるだけでもやってみたら?」
そんなリンネに苦笑しながら、俺はシャロに向かって言った。
「・・・・・・わかり、ました。やってみようかな」
しばらくの沈黙があって、シャロはこちらへ向かった。
妹に直接紹介できる、というのは、やっぱり大きかったのだろう。
そうして、俺の真似をしてタロの毛をおそるおそる手ですきはじめた。
「ほんと、もふもふ」
タロははじめ、ちょっとだけ不機嫌そうな顔で彼女を迎えた。
「頼むよ、タロ仲良くして、な?」
俺がそう言うと、タロは仕方がないなあ、という顔をしてぐだりと寝そべった。
いくどかタロを撫でたシャロは、じっと手を見て、
「もふもふ、これが」
と感慨深げにつぶやいた。
「もう、シャロばっかりずるいんだから」
リンネが、もう一度ふくれていた。




