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42話 勇者は地下で考える

「寝言は寝てから言え」


 アドルフは一歩、シメオンへと近づいた。

 抜き身の刃は彼の首元へとつきつけられる。


「かつての勇者によって封印された邪神ガルム、ですからな。その封印を解くのにも、現代の勇者の力を借りなければならない、というわけです」


「もう寝たのか?」


 アドルフがもう一歩踏み込むや、シメオンがいきなり動いた。

 その場で舞うように回転すると、突き出された刃をかいくぐってアドルフの懐へと入り込む。


「このっ」


 そのまま担ぐようにアドルフの腕をとり、後ろに回って背中をつく。

 歴戦のアドルフを上回る体術で、突き飛ばされたアドルフはよろめいて倒れ込んだ。

 そこはちょうど、さきほとまでシメオンが立っていた場所、祭壇の端である。


 パリ


 となにかがアドルフの身体を駆け抜けた。

 なんだ、と見れば、アドルフが触れた場所を中心に、ほのかな光が祭壇に灯っている。


「おお、すばらしい。これぞまさしく勇者のあかし」


 ますます芝居がかったシメオンが言うのに、アドルフはあわてて起き上がって祭壇から離れる。

 途端、光はおさまり、アドルフのなかをはしる、なにものかの間隔も消え去った。

 アドルフはシメオンをにらみつける。


「どうですかな?ご協力、いただけまいか」

「これは、なんの手品だ?」

「おや、まだそのようなことを?真に勇者たるアドルフどのであれば、もうわかっているのでは?」


 言われて、アドルフは横目で自分の手を見る。2、3度それをむすんでひらいて、間隔をたしかめるようにした。


「たとえ、貴様のいうことがほんとうだったとして、俺が邪神の復活などに協力するとでも?」

「なるほど、これは盲点でしたな」


 シメオンはここで同行していたエヴァンジェリンを見た。彼女は軽くうなずいて、あとを引き継ぐ。


「あのとき、捨てた子犬のこと、知っているのよ」


 ぴくり、とアドルフの眉が動いた。


「フェンリル、だったんですってね」


 ヴン


 と力任せに振るったかに見えた剣から、衝撃波が飛んだ。


「ひっ」


 と思わず口にしたエヴァンジェリンと、それからシメオンの頭上、そのぎりぎりを通り過ぎて、それは三方の壁へと殺到する。

 派手な音と、なにかが崩れる音があたりに響いた。


「言いたいことはそれだけか?」


 凄むアドルフに、シメオンはいまだ涼しい表情だ。


「そうです、そのフェンリルですよ、勇者どの」


 アドルフは、剣を脇に構えた。


「本来ならば、あなたの隣にあるのがふさわしい、あの神獣。なにやら、あなたの元仲間のもとにいってしまわれたとか?」


 アドルフの腕に力がこもった。

 彼に、次の一撃を外すつもりはなかった。


「ここに、その神獣と対をなす、いえ、それ以上の存在が眠っているのです」

「言っている意味がわからない」


 アドルフは、剣に力を込めたまま言った。


「どうです、あなたの隣に邪神をおひとつ」


 アドルフは無言でシメオンを見た。

 彼には、この男がなにをいっているのか、はかりかねている。


「邪神と呼ばれる存在を脇に従える勇者。これは絵になるでしょうなあ」

「なにが目的だ、貴様」


 シメオンは笑みをたたえるばかりで、これには答えなかった。


「そもそも、そんなことが可能だとは思えん」

 ビーストテイマーでもいれば別だがな、とアドルフは返した。


「勇者の権能、それがあれば可能なのですよ」


 シメオンは言った。


「フェンリルを従えた勇者。それに比肩する能力が、あなたには備わっているのですから」


 右腕に込めた力が少し緩んだ。

 シメオンの言葉は妄言にしか思えない。けれども妙な説得力があるのは確かだった。

 そも、この場所に邪神ガルムが眠っているというかれの言葉すら、真実とは思えないのに。


「一応、聞いておいてやる。それで、封印を解くにはどうすればいいんだ?」


 けれども、この場所がアドルフ自身に反応しているのは唯一確かなことだった。

 ここが王城の地下にあるというのなら、それはそれなりに力あるものでもあるのだろう。


「わかっていただけましたかな?それではそこの、祭壇に立ち、少しばかり力を込めていただければ・・・・・・」


 なにより、今のアドルフはやることなすことうまくいっていないのも確かだった。

 それならば、シメオンらが労力を割いて見つけ出したその力を、横合いからさらってしまうのもわるくない。

 いまのアドルフの現状を、作り出したのはシメオンたちにも原因があるのだから。


「邪神を従える勇者か。悪くないかもしれないな」


 適当に言って、アドルフは祭壇の方を向いた。


「しかし、復活した邪神が、お前たちに従わなくて、それで満足なのか?」

「それはもう。わたしなぞは、そのお姿をひとめ見させていただくだけで、充分なのですよ」


 本心か?とアドルフはシメオンでなくエヴァンジェリンのほうをみた。

 けれども、彼女は下を向いて震えているようで、その表情を伺うことはできなかった。


 まあいい。とアドルフは思った。

 いまのこの状況に、埒をあけてくれようさ。


 彼が一歩踏み出せば、そこはもう祭壇の上だった。

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