40話 タロといっしょに野宿です
たき火の上に覆いをして、火を小さくすれば、あたりは月明かりで満たされる。
ちろちろと燃えるづける炎の揺らぎで、ここ数日の慌ただしさが癒やされていく心地がした。
周囲には獣除けの仕掛けはしてあるものの、それほど凝ったものではない。
魔物がでるような土地ではないということだったし、獣であればタロを無視して近寄ってくるものはそういないからだ。
そのタロは、すでに地面に身体を横たえて、眠るかまえだ。
俺もタロの側に座って、後ろ足のあたりに背中を預けた。
いつものもふもふが俺を包み込む。何度あじわっても飽きの来ない、やみつきになるもふもふだ。
下手なベッドなどよりもここち良い安眠は、約束されたようなものだった。
タロは少し身じろぎして、俺の背中が収まりやすいような体制をつくってくれたようだった。
俺はますます深くタロにもふりこんで、ゆっくりと目を閉じる。
かさり、とかすかに、草むらをかき分ける音がした。
俺は薄目をあけて、気配を伺う。
タロもピクリと反応して、それからしっぽがふぁさり、と動いた。
そのまま、俺を覆い隠すように、しっぽが被さってくる。
わぷ、
というひまもなく、俺はタロのもふもふのなかに埋まりこんだ。
「ロッカ、起きてる?」
もふもふの間から、かすかに女の子の声が聞こえた。
リンネだ。
それがわかっても、タロは俺を離そうとはしなかった。
「ロッカ?」
回り込もうとするリンネを、タロは妨害するように足を動かす。
ぷはっ
俺はなんとかタロのもふもふから抜け出して、しっぽの間から顔を出した。
「リンネ、こっち」
眠っているふりをしながら繰り出されるタロの前足を飛び越えながら、リンネがこちらにやってくる。
「どうしたの?」
シャロの監視を兼ねた野宿は俺とタロの役目である。
リンネは王都の宿屋に泊るよう、戻ってもらったはずだった。
「わたしも、いっしょに野宿しようかなって。ほら、ロッカだけだと見張りきれないかもしれないでしょ?」
タロがリンネにうなりをあげた。
さしずめ、自分もいるのに、というアピールだろうか。
「シャロが逃げたりする心配は、ないと思うけどなあ」
妹のことがなくてもシャロが俺たちにだまってどこかへいってしまうことはないのではないか、という気がしている。
「そうね。そうかもしれない」
彼女は言いながら、俺のとなりに腰を下ろした。
それから同じようにタロへと寄りかかろうとしたが、タロが微妙に動いてそれをさせない。
リンネはため息をついて、足を崩す。
「いっしょに泊りたかった、っていったらどう思う?」
タロとかな、と俺は思った。
もっとも、タロの様子を見るに、あちらはそう思ってはいないみたいだけど。
そう言うと、彼女は盛大にため息をついた。
「タロとリンネって、相性が悪いのかなあ」
薄々気づきかけていたことを口にする。
「ああ、まあそれはないんじゃないかなぁ・・・・・」
リンネはあいまいにそう言った。
「きっとね、タロちゃんはロッカのことが心配なのよ」
それは、あるかもしれないな。と俺は思った。
俺にしたって、こんなに強いタロのことを、時々心配に思うことがあるのだ。
逆にタロからみたならば、か弱い俺のことである。
心配されても仕方がないというものだ。
「タロ、ありがとな」
少し恥ずかしくはあるが、それはうれしいことでもあった。
リンネはもう一度ため息をついて、それから俺の方へまた、身体を寄せる。
こんどはタロも、彼女が寄りかかるのを妨害しようとはしなかった。
「私も、ロッカのことが心配。最近ボロボロだものね」
アドルフと、それからタロのせいではある。あはは、とごまかすように笑う俺に、リンネは続けた。
「アドルフのこと、ごめんね。私がいなかったら、こんなに関わることにはならなかったかも」
それはちがうよ、と俺は言おうとした。
けれども、俺はそれを飲み込んだ。勇者と、フェンリルと、俺のこと。
これは今のところ、口にしない方がいいように思えた。
「ほんと、昔はあんなこと、なかったんだけどなぁ」
リンネは遠い目をしている。
アドルフとは幼なじみの彼女である。きっと、昔のことを思い出しているのだろう。
「ちょっと、調子にのっちゃっただけだとおもうのよね。確かに、アドルフにはそんなところがあったかも」
「アドルフに会いたい?またいっしょに冒険したいとか?」
リンネは俺の顔を見た。虚を突かれたようなそんな感じだ。
「そうね。会いたい、かな。でも、もういっしょに冒険は、こりごり」
彼女は少し笑って見せた。
「彼との冒険しか知らなかった頃は、あれはあれで楽しくはあったけれどね」
傲慢で、猪突猛進ではあったけれど、勇者としてのアドルフにはやっぱり見るべきところはあった。
彼のパーティーにいた俺も、そう思うところはある。
「でも、ロッカや、タロちゃんとの冒険を知っちゃうとね」
ほふ、とリンネはタロに身体を埋めた。
「ほんとに、気持ちいいのね、タロちゃん」
そういって、彼女は目をつむる。
「おやすみなさい、ロッカ。また、あした」
彼女が寝息を立て始めるまで、長い時間は必要なかった。




