38話 裏口にて
タロと並んで、俺は宿までの道を歩いた。
あたりはすっかり日が暮れて人通りも少なく、タロを見とがめる者もいなかった。
それでも正面入り口は避け、俺たちは裏口のほうへ回る。
裏通りに面した裏口は、街灯の灯りも少なく薄暗さは否めなかったが、タロが入るにも充分な広さはあった。
裏口には先客がいた。
宿に入るのではなく、出ようとしているようである。
左右をうかがいながら、ゆっくりと裏通りに踏み出そうとしているようすは、なにかいわくありげではある。
裏口で、宿の従業員ではない客とすれ違うのははじめてだったので、その姿はやけに印象深かった。
「って、シャロ?」
いきなり声をかけられて、シャロはびくっと反応した。
ギギギ、とおとがしそうな様子で俺の方を見、それから幽霊でもみたような顔をする。
「ほんと、間が悪いですね」
「ん?俺のこと?」
「いいえ、わたしのことです」
それからゆっくりと現れたタロを見て、彼女は大きくため息をついた。
「もう、観念しました。煮るなり焼くなり、すきにすればいいです」
「??なんのこと?それより、どこへいくの?これから外出だと、ずいぶん遅くなっちゃうけど」
シャロはぽかんとしたような表情をする。
「え、ああ、妹のところですけど」
言い終えて、彼女はしまった、というような顔に変わる。
「え、そうなの?言ってくれればいいのに」
「あ、いえ、忘れてください」
「でも、だめだよ、ひとりで行くなんて。一応シャロは、うちのパーティーであずかりってことになってるんだから」
「はあ、そうですね」
脱力したようなシャロの手から、とす、となにかが地面に落ちた。
その袋には見覚えがある。
「シャロ、それ・・・・・・」
彼女は顔を背けている。
中には、俺が用意しておいた現金がはいっているはずだ。
「そうですよ。もう、わかりましたよね」
「リンネから受け取ってくれたんだね。それ、シャロにわたそうと思ってたんだ」
「え?」
シャロの表情がまたかわった。
「妹さんにお金がいるって聞いてたから、ちょっと用意してみたんだ。あんまり多くなくて、わるいんだけど」
「そんな、わたし・・・・・・」
「うちもまだまだかけだしパーティーだからさ。もっと活躍できれば、もうちょっとなんとか、ね」
シャロは俺の言うことを聞きながら、なぜだかぷるぷる震え出した。
「それにしても、どくスライムはもったいないことしたよね。タロが張り切り過ぎちゃったからなぁ」
わう、とタロが抗議の声をあげた。
まあ、指示を出したのは俺たっだけれども。
「バカなんじゃないですか?」
シャロは言って袋を拾うと、俺にむかって突き出した。
「これ、勝手に持ってきたんです。意味、わかりますよね?」
「そうなの?でもシャロのために用意したものだし・・・・・・」
「わたし、勝手に抜け出したらロッカさんたちが困るの知ってて、抜け出そうともしたんですよ?」
「ああ、それはよくないよ。今度から気をつけてくれれば・・・・・・」
「やっぱり、バカなんじゃないですか」
シャロはあきらかに怒っているようだった。
やっぱり、自由を制限される、というのが気に入らないのだろうか。
「ごめん。でもそれは、パーティーの名誉に関わることだからさ」
聞いて、シャロは袋を押しつけてくる。
「これ、返します。こんなの、わたしがもらう権利なんて・・・・・・」
「いいよ、それはもうあげたものだし。シャロだってもうパーティーの一員なんだしさ。まあ、まだちょっと仮みたいなものだけど」
その袋を押し返すと、シャロはさらに押し返してくる。
「シャロだけのためじゃないよ。妹さんのためだと思ってさ」
もういちど、袋を押し返すと、強くやり過ぎたのか、シャロはぺたんと尻餅をついた。
「なんで、なんで・・・・・・」
「あ、ごめん、シャロ」
言いながら、シャロに手を差し出したが、彼女はその手を払いのけた。
「シャロ?」
ぐすぐすと、シャロのほうから音がした。
「泣いてる、の?」
「泣いてないです!」
はっきりとぐずりながら、シャロは下を向いたままそう返してくる。
「バカです。ロッカさんはほんとにバカです」
「ごめんね、シャロ。痛かったんだね」
もう一度差し出した手を、今度彼女ははらわなかった。
「バカです。それと、臭いです。なんでそんなにボロボロなんです?」
「ああ、それは・・・・・・」
タロに嘗めまくられた体を、俺はまだ洗ったりしていなかった。
「もう、いいです。部屋に戻ります。あした、妹のところへつきあってください」
シャロは俺の手をつかって立ち上がると、その手をぎゅっと握ってくる。
「わかったよ。明日、リンネもみんなで行こう」
「嫌です。ロッカさんと、ふたりがいいです」
「そういうわけには、いかないんじゃないかなあ」
俺はリンネの顔を思い浮かべた。
なぜだか、全力で反対されそうな気がした。
「じゃあ、タロも、部屋に行こうか」
俺はシャロに手を握られたまま、タロのほうを向いて言った。
けれども、タロは座り込んだまま、その場を動く気配がない。
どうやら、もうちょっと外の空気を味わいたいようだ。
まあ、この場所ならもうすこしそうしていても大丈夫かな?
「先に行くよ、タロ。あまり遅くならないでね?」
うぉふ
とタロは小さく鳴いた。
―――――――――
「ほんと、バカね」
タロの影からリンネが顔をだした。
「気づいて追いかけてきた私も、バカみたいじゃない?」
ねえ、とタロに向けて、彼女は言う。
「ちゃんとしてるのはタロちゃんだけか。まあ、バカばっかりで、お似合いのパーティーなのかもね」
タロがもう一度
うぉふ
と鳴いた。




