36話 勇者をさがせ
「ああ、そうだ」
今にも話を切りあげたがっているふうの支配人に、俺は思いついたことを尋ねる。
「アドルフのほかにも、何人かここに出入りしていたと思うんですけど、その人たちは?」
支配人は難しい顔をして聞いている。
「お願いします。アドルフのこと、探さないといけないんです」
横から、リンネが言う。
俺も頭をさげた。
支配人にとって、リンネのおぼえは良かったのだろう。彼女にたのまれて、支配人は表情を緩めた。
「そうですな。あの方たちは、直接のお客様、というわけではございませんし……」
内緒話をするように、彼は俺たちに顔を近づけた。
「ですが、残念というべきでしょうか。アドルフ氏を見かけなくなってからこちら、わたし自身がお見かけしたことはございません」
「そう、ですか」
期待外れの答えではある。
が、支配人は続けた。
「ですが一度、おひとりでいらっしゃるところをおみかけした、とハウスキーパーが申しておりました」
「それは、」
誰ですか?と食い気味に聞いた俺に、支配人は答える。
「ほら、いらっしゃいましたでしょう?あの、派手な女性の・・・・・・」
―――――――――
「リンネは知らないかもしれないね。エヴァンジェリンのこと」
「ええ、そのひとのことは知らないわ」
「リンネと入れ替わりにはいってきたヒーラーで、支配人さんが言ってたように、派手な人だったよ。わかりやすい美人さんというか……」
リンネは頬に手を当ててにっこりわらった。
「へぇ。ロッカも、そういう美人が好みとか?」
「エヴァンジェリン?俺は好きじゃなかったけどね」
いうと、彼女はちょっと驚いたような顔をした。
「珍しいわね。ロッカがひとのこと、そんなふうにいうなんて」
エヴァンジェリンはあきらかにタロにやさしくなかったので、俺としてはあまりいい思い出はない。
エヴァンジェリンの細かい特徴を説明しがてら、俺はそのような話をした。
「まあ、そうよね。あなたはタロちゃん第一なのよねえ」
「それって、もしかしてエヴァさんのことじゃないですか?」
シャロが横から口を出す。
「知っているの?シャロ」
エヴァンジェリンの愛称がエヴァでも、確かにおかしくない気はするが・・・・・・
「聞いていた話だと、私のしっているエヴァさんと、似ているような気はするんですよね」
そうなら、アドルフを追うてがかりになるかもしれない。
そう聞くと、シャロは俺とリンネを交互に見てから、続ける。
「わたしがロッカさんを、誘惑しようとした、って話はしたと思うんですけど、」
リンネが方をすくめて俺を見た。
「その時にやりかたを参考にした人がいて、それがエヴァさんです」
俺とリンネは顔を見合わせる。
「つまり、誘惑されたのはアドルフだった、ってこと?」
「それはわからないですけど・・・・・・」
リンネが小さく手を挙げた。
「もう、わたしたちだけの手には負えないかもしれないわ。アドルフのことも含めて、ギルドに報告すべきなのかも」
俺はそれに同意しかける。
そのとき、最後に会ったアドルフの顔が思い出された。
「もうすこしだけ、俺に預からせてもらっていいかな?」
「いいわ。でもあまり時間はないのかも」
俺は小さくうなずいた。
―――――――――
王城にほどちかい絹織物問屋。
巨大な倉庫の扉をくぐってしばらく進むと、地下への階段が設えてある。
地下は地上を越える規模の空間があり、何人もの組織が隠れ住むにはうってつけだ。
派手な音を立てて階段を隠していた引き戸をたたき切り、侵入してきたアドルフに、エヴァンジェリンが向かい合う。
「あら、驚き。ここが嗅ぎつけられてしまうなんて」
「王城の近くとはおそれいった。ここならば、ギルドの手も及びにくいってわけだ」
「ご明察」
この国では、王の権力は制限されている。とはいえ、さすがに王都で王城の近くともなれば、様々な特権が付与されているのも事実である。
少なくとも、たとえ緊急時代であっても、ギルドが強制的に踏み込めない程度の安心は確保できていた。
「それで、なんの用かしら?今日は招いたおぼえはないのだけれど」
エヴァンジェリンが合図をすると、左右から屈強な男たちが現れて彼女を囲んだ。
ギルドの一斉捜査をうけて、各拠点を引き払った都合から、今この場所には組織の最精鋭がそろっている。
エヴァンジェリンが呼んだ二人も、そのような手合いだった。
「あなたと話したいのはやまやまだけど、少しおとなしくなってもらった方がいいのかしら?」
アドルフは無言で男たちに人差し指を立てて二度、じぶんの方へと誘いをかける。
その挑発に、彼らはいきり立ってエヴァンジェリンの方を見た。
彼女がうなずくと、一拍おいて、男たちはアドルフに襲いかかった。
勝負は一瞬もかからなかった。右手で凪いで、左手で魔法を放つ。
ただそれだけで男たちは膝をついて動かなくなった。
「まだあるならばさっさと出せ。俺の剣がおまえの血で汚れないうちにな」
「あら、凄いのね。正義の勇者、ここにありってところかしら?」
エヴァンジェリンの挑発も、どこかキレがなくなっていた。
それほど、今のアドルフには迫力がある。
彼はあきらかに怒っていた。
「俺のまわりを荒らし回ったのはお前らだろ。今、報いをうけさせてやるよ」
「それは、ご遠慮ねがいたいですな」
アドルフと、エヴァンジェリンのいるところよりさらに下層から、階段を上りながら、禿頭の男が顔を見せた。




