35話 勇者のねぐらを訪ねます
「なんじゃと!」
ギルドに駆け込んだ俺たちの報告を聞いて、オーウェンの顔色がかわった。
それからの彼の行動は早かった。
俺たちをギルドにとめおいて、その間に王都に点在していた組織のアジトに一斉に踏み込んだという。
日が暮れて戻ってきたオーウェンは、いつもの笑みを浮かべていたが、どこか疲れている様子が見えた。
「何人か、とらえてはみたものの、どいつもこいつも下っ端ばかりでのう」
成果が得られたとはいいがたい、とオーウェンは言う。
どうやら、彼らが踏み込む前に、主要な構成員には逃げられてしまったようである。
「ひとあし遅かった、というわけじゃ」
オーウェンはおおきくため息つく。
「もうすこし、苦労をかけることになりそうじゃの」
それから、俺のほうに体を寄せる。
「それで、シャロはなにか知っていそうかね?」
「いえ、いっしょに聞いた以上のことは・・・・・・」
つられて俺も小声になって、答えを返す。
オーウェンは残念さを隠さずに続ける。
「そうなると、お主らが襲われた、というのは不可解じゃのう」
俺も同意したものの、それ以上の考えは浮かばなかった。
「護衛をつけることもできるが、どうするね?」
おれはあたりを見回した。
ギルド員たちは忙しく走り回っている。
手一杯にみえる彼らを、これ以上わずらわせるわけにもいかないだろう。
「これでも、俺たちだって冒険者ですからね。狙われているのがわかっていれば、自分たちでなんとかしてみせますよ」
オーウェンはにやりとわらった。
「そうかね。正直なところ、助かるわい」
「それはよかったです」
「ことが終わったら、ギルドのほうでなにか報償を出させるよう手配しておこうかの」
これに関して、俺は甘えることにしようと思った。
―――――――――
「それで、私たちが襲われた理由だけど」
オーウェンが去るや、リンネが口をひらいた。
「この件で私たちが知っていて、ほかの人がそうでないことが、ひとつあるわよね」
「アドルフのことだね」
俺は答える。
もしかして、とは思っていたことだからだ。
「アドルフが組織と組んで、私たちを襲わせている。ありえるかしら?」
聞いたリンネ以上に、俺がアドルフについて詳しいとはおもえなかった。
それでも、はっきりいえることはある。
「それは、ないとおもうけどな。なんたってアドルフだよ?」
以前、パーティーにいた頃のアドルフと、先だって出会ったアドルフは一瞥して別人に見えてはいた。
それでも、基本の性格はいじりようがないのだろう。
「多分だけど、アドルフならひとに任せるようなことはないんじゃないかな?こういうとき」
「そうね、私もそう思う」
リンネは、どこかほっとしたようにうなずいた。
「でも、アドルフがからんでいるのは確実なわけよね」
それは、うなずくまでもなかった。
「だから、行ってみたい場所があるの」
―――――――――
その部屋の扉は開け放たれ、見た目にも異常を伝えていた。
部屋の前ではかすかに見覚えのある宿の支配人が、部下らしき男と話している。
話す方も、話される方も渋い顔で、彼らにとって歓迎すべきでない事態が起っているのだろうことがみてとれた。
「お久しぶりです」
リンネが声をかけると、支配人は顔をあげて彼女を見た。
「ああ、ええと、リンネさんでしたか」
「はい、その説はおせわになりました」
かつてのパーティーでは、対外的なことは、おおむね彼女がやっていたはずだ。
だから、顔見知り以上の知り合いなのかもしれません。
「たしか、あなたはアドルフ氏のパーティーは抜けられたのでしたな」
「ええ、大分前に」
「それでしたら、これは言ってもしょうがないが・・・・・・」
リンネは興味深かそうな顔をして聞く。
「なにか、あったんですか?」
「ああ、これですよ」
隠すつもりはないらしく、開け放った扉の中をさして示す。
のぞき込んだリンネの隙間から、俺もなかをうかがった。
部屋の中は、めちゃくちゃになっていた。
床には様々なものが散らばり、割れている陶器がその間を埋めている。
ひとめ見て、アドルフの荒れた生活を想像したが、ことはそれだけではないようだ。
「アドルフ氏には申し訳ないが、これはさすがに通報させていただきます」
「ちょっと待って、なにがあったのか、教えてもらえないかしら」
支配人はリンネを見て、大きく息を吐いてから答える。
「昨日のことです。他のお客様からこの部屋で騒音がする、とご指摘がありまして、それで確認させていただいたところ、このありさまで」
「昨日、アドルフは?」
「アドルフ氏でしたら、お会いできてはいませんな。我々が入らせていただいた時には、そもそも誰もいらっしゃらず・・・・・・」
それでは、通報するという支配人の言葉も無理はない。むしろいままで待ってもらっていたのが不思議なほどだ。
「さすがに、アドルフ氏のお話をお聞きするまでは、と今まで待っていたのですが、いらっしゃる気配もないようですので」
「どこに行ったのか、わかります?」
「知っていても申し上げかねますな」
支配人はそういって頭を下げた。




