34話 襲撃者とのバトルです
リンネの杖はともかく、シャロが弓矢を持ち出したのを見ても、フードの男たちは勢いをゆるめなかった。
俺は心のなかで舌打ちして、彼女たちのもとへと走る。
距離にすればほんの目と鼻の先。
その距離がいまは果てしなく遠く思える。
一般に弓の射程距離とされる間合いにフードの男たちが踏み込んでも、シャロは弓を引き絞ったままで放つことは未だなかった。
シャロの持つ弓の特殊さからみて、彼女の射程はもう少し短いのだろうか。
その位置まで、固まって動いていた男たちは、その時点から左右とそれから真っ直ぐと、三方向にわかれて襲いかかる。
たとえ一人が倒されても、ほかの二人が斬りかかって相手を倒す。
矢を取り出し、弓につがえて、狙いをつけて放つ。
弓師に必要な射撃の隙を確実に突こうという、
そのような布陣におもえた。
シャロが未だ矢を放たないのは、三人にとっても誤算だったのだろうが、そこで勢いが緩む相手ではない。
リンネも左右に視線をとられて、有効な手が打てないようだった。
とん、と
向かって左。襲撃者の肩口から矢が生えたのはその時だった。
有効射程距離を三分の一ほど踏み込んで、彼はもんどり打って地面に倒れる。
もともと、想定されていた犠牲なのだろうか。
一人が倒されても、ほかの二人に動じる様子はみられなかった。
矢を放ち終えてしまった弓師と、あとは対人戦の能力などかけらもないヒーラーが相手である。
彼らが俺の仲間たちを制圧することなど、たやすいに違いなかった。
間に合わない!
【竜の息吹】を使うか?その思いを俺は即座に否定する。
彼女たちにこうも間合いを詰められてしまえば、強力すぎる竜の息吹はもろともに吹き飛ばしてしまうだろう。
牽制につかうにも、消費の大きすぎる【竜の息吹】では、俺自身が行動不能になる可能性が大きすぎた。
そうなってしまった結果を想像したくはない。
俺は自分の判断ミスを呪った。
瞬間。
向かって右、男の体が縦に一回転するのがみえる。
なにかのスキルをつかったのか?と思う間に、男はそのまま地面に倒れる。膝から矢が生えているのが、ちらりと見えた。
シャロが?
通常の弓師であれば、これほどの速さで連続して弓を放つことはできないはずだ。
みれば、シャロは利き手の指の間に挟んでいた矢をくるりとまわすと、矢羽根を器用につまんで一瞬で弓につがえる。
それを向けられて、さすがにひるんだ真ん中の男が次の行動を起こす前に、彼のももに、矢がつきたたった。
―――――――――
「あなた、なかなかやるじゃない」
息を切らせながら、リンネが言う。
目に見える襲撃者は無効化しきった俺たちだったが、さらなる増援がないとは限らない。
俺たちは急いで街へと戻る道にあった。
「あんなの、たいしたことないです。ただの大道芸ですよ」
「そんなことないよ。現にみんな助かったわけだし」
俺が言うと、シャロは複雑な顔をした。
「でも、前のパーティーじゃほとんど役にはたたなかったですよ。遠距離で役にたたない弓師なんて、ほんと、どうしようもないって」
「そうかな。凄い技術に思えるけど・・・・・・」
前のパーティーはよっぽどみるめがなかったのかな?と俺は思った。
「それより、なんなんですかね、あの人たち。そこまでしてわたしたちをどうにかしたかったんです?」
シャロが話題を切るようにそういった。
けれども、それは俺にもわからない。
「王政打破って、本気だったのかしらね」
リンネが言うのに、おれもうなずく。
オーウェンから聞かされたことではあるが、俺にしても今の今まで、なかば冗談なのかとおもっていたのだ。
俺たちの暮らすこの国は、一応王国ということになっている。
けれども、この国ではまた、冒険者ギルドや商人ギルドのような各種ギルドが国全体に組織を広げて久しかった。
王や貴族は変わらずに存在しているが、その権力がぜんたいに及ぼす影響は、驚くほどに限定されてしまっている。
独自の軍や領地を所有し、影響力を及ぼすことがないわけではなかったが、王国という名前が示すほどには、かれらが俺たち庶民にかかわってくることは少なかった。
「そもそも、王政を打破してどうするつもりなんだろ」
俺が言うのに、リンネもくびをかしげている。
「打破するなら、ギルドのほうがはるかに影響があるようにおもうわね」
「だよねぇ」
そうは言っても、これだけの襲撃を受けてしまえば、冗談で済ましてしまうわけにもいかない。
「とにかく、街へ戻ってオーウェンさんに相談しよう。あいつらについても、もっと詳しい話しを効かないと、だし」
リンネはこくりとうなずいた。
それから、彼女はシャロへと向かう。
「ありがとう、シャロ。助かったわ」
「あんなの、なんでもないです。それにあいつら、わたしを狙ってきたんでしょうし」
「それでも、ありがとう」
言われて、シャロはちょっとだけ恥ずかしそうに指で頬をひと掻きする。
「わたし、恩に着せますよ?」
「安心して。一緒に戦っていれば、すぐにかえしちゃうんだから」
リンネも、とりあえずシャロが俺たちのパーティーに加わることをみとめてくれたようだ。
ほっとしたおれの足の、街へと向かう速度が、わずかばかり速くなった。




