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30話 勇者とフェンリルのお話です


 アドルフは表情の読めない顔でタロをみつめた。

 なにかを考えているのか、それとも感じ入っているのか、しばらくの時間が流れる。


「そうか、そういうことか」


 そうしてアドルフはタロのほうへと手を伸ばした。


「おまえがあのときの犬だってんなら、わかるだろ」


 手を伸ばしたまま、彼は言う。


「オレが勇者だ、フェンリル」


 だからオレのところに来たんだろ。

 そういうアドルフに、俺ははっと気づかされる。

 勇者とフェンリルの伝説。

 この国でもメジャーな、おとぎ話。


「フェンリルは勇者とともにあるべきだ。だからおまえは、オレとともにいるべきなんだ」


 そういうアドルフは自信に満ちあふれているように見えた。

 俺たちの先頭にたって、皆をひきいていたあのころの強さを、取り戻しているかのようだ。


 あれが勇者だというなら、彼はそれにふさわしくも見える。

 いつしか、タロはアドルフに対して、うなりをあげるのをやめていた。


 そうして数歩、近づいて彼のあげたままの手を、すんすんと嗅ぐようにする。


 アドルフは笑みをうかべる。

 なにかを確信したような顔だった。


 オレはしらず、彼らから目をそらした。

 

 ぺちっ


 と、なにかをふりはじくような音が、裏路地に響いた。


「なっ」


 そういって、アドルフが絶句する気配が続いた。

 オレは顔をあげた。


 タロが、差し出された手を振り払っているのが見えた。

 

 そのまま、タロは大きく後ろへ飛んで、俺のもとへ降り立った。

 そうして、心配そうに俺の傷をなめてくれる。


 タロがこちらにきてくれたそれだけで、俺は傷の痛みを忘れた。


「なぜだ?」


 ぽつり、とアドルフの声がした。


 彼の手が、震えているのがはっきりとわかった。


「なぜ、だ。フェンリルまでもが俺を?」


 そうして、アドルフは俺を見た。

 その目が怒りに澱んでいる。


 これまで、アドルフはおれのことを、どこか下にみている雰囲気があった。

 俺に切りつけた時でさえ本気で俺を害そうとしらというよりは、どこか勢いにまかせてしまったふうがあった。


 今、はじめて、アドルフは俺を対手としてみとめたようだった。

 明確な敵として、ではあるのだけれど。


「ロッカ、お前の顔は、2度と忘れない」

「待って、アドルフ、話を・・・・・・」


 俺は立ち上がって、彼を追いかけようとする。

 突然、痛みがよみがえった。


 タロも心配そうに、俺の回りから離れようとはしてくれない。


 アドルフはそれ以上表情をかえずに、俺とタロをねめ付けると、あらためてフードをかぶり直す。

 そうして、彼は路地裏へと消えていった。


―――――――――


「大丈夫?」


 ようすを伺っていたらしいシャロが、恐る恐る近づいて声かけてくる。

 続いて、オーウェンがあらわれた。


「切られたのか?ロッカくん」


 彼の指示で、ギルドのヒーラーが応急処置を施してくれる。


「やはり、ここが組織のアジトで間違いはないようじゃ。もっとも、多くに逃げられてしまったが」


 オーウェンは俺の傷を見る。みためほど深手ではない、というヒーラーの言葉に、大きくうなずいて安心したようだ。


「ロッカくんの防護を貫通するほどの攻撃、か。どうやらこちらに、そうとうの手練れが流れてきたようじゃの」

「ええ、強かったです」


 勇者アドルフの名前を、俺はあえて出さなかった。かつて自分がいたパーティーの主。その彼を単純に告発するのはためらわれる。すくなくとも、どうするかはリンネに相談してからにしたかった。


「それで、そちらの娘さんのことじゃ」

「シャロさんです」

「シャロさん、ね。さきほど聞かせてもらったその通り、ギルドに協力してもらうという話しなんじゃが・・・・・・」


 シャロは俺のほうを見た。みるからに心配そうな色をうかべている。


「なに、そうおおきなことをしてほしい、というわけではないよ。まずは話しをきかせてくれればの」


 突然、シャロは俺の腕をつかんでかき抱くようにする。

 俺はいまだ治療の途中、開いた傷が痛み出す。


「いたい、いたいよシャロ」

「わたし、ロッカさんが同席してくれるならおはなししてもいいです」


 オーウェンはそうなのかね?という顔でこちらを見た。


―――――――――


 シャロの希望で、俺たちはギルドではなくタロを滞在させている宿屋へとやってきていた。

 事前に連絡がいっていたのだろう。先にやってきていたリンネが俺たちを出迎える。

 治療を終えてからも、俺の腕にしがみつき続けているシャロは、よほどこころぼそいのだろうか。


 リンネがきつめの視線をシャロにむけたが、彼女はそれを気にしていないのか、それとも気づいてもいないのか、俺からはなれようとはしなかった。


「わたし、妹がいるんですけど」


 座るなり、彼女は話を始めた。


「病弱で、世話をするのにたくさんのお金がいるんです」


 強制的に彼女のとなりに座ることになった俺を囲むように、リンネやオーウェンも席に着く。


「それで、以前は冒険者をしていたんですけど、いろいろあって、たちゆかなくなって。それで給料の良かったあそこで働いていたんですよ。それだけです」

「なにか、あそこであやしいそぶりはなかったのかね?」


 シャロには事前に、あの場所が悪巧みの舞台になっていたという程度のことは伝えてある。

 彼女は少し考えてから、それに応えた。


「そうですね、あやしそうなことなら、いくつもありましたよ」

「ほう?」

「でもですね。わたし、それをわざとみないようにしていたんです。なにしろお金がほしかったので」


 彼女のいいぶんは、わからないでもなかった。

 オーウェンも困ったようにあごひげをなでている。

 いまのところ、有用な話はなにひとつ出てきていない。


「それじゃあ、わたしからいい?」

「どうぞ」

「ロッカの前にはじめてあらわれたときのこと、話してみてくれるかしら?」


 リンネが横合いから口を挟んだ。

 シャロは彼女をみて、にっこりとわらってみせる。


「あのとき言ったとおりですよ。もう1度、冒険者をはじめてみようかなって思って。それで、ロッカさんのパーティーにいれてもらおうって思ったんです」

「嘘ね」


 リンネはにべもなく言った。


「どうしてですか?」

「給料がよかったんでしょう?妹さんを助けたいなら、冒険者なんて危険な仕事を、またはじめる必要なんてないじゃない」


 リンネがにべもなく言うのを、シャロはほおを膨らませながら聞いていた。


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