28話 組織のアジトでバトルです
俺は目の前のテーブルを蹴り上げて横倒しにする。
バーテンダーの手を離れ、狙い過たずとんできた短刀が、その天板に深々と突きたたった。
左右から迫る男たちが持っていたのは、刃物でなく棍棒と、それから革袋の中に砂をつめたブラックジャックのようなものだ。
彼らから見て、怪しい俺たちの命を取る。
というよりは、とりえず痛めつけて捕まえる、というのが狙いなのだろう。
俺はひとまず剣から手をはなした。
懐からも手を抜いて、無手であることをアピールして見せた俺に、対手の警戒がわずか、緩む。
【暴走特急】発動!
たまたま、俺の向いていた方向にいた棍棒をもつひとりが不幸を食った。
突進の直撃を受けて、何が起ったのかもわからないまま吹っ飛んでたたきつけられ、意識を手放す。
突然、相方が倒されたにもかかわらず、もうひとりの行動は素早かった。
ブラックジャックを振り上げ、躊躇することなく俺に対してなぐりかかる。
【暴走特急】のクールタイム。スキルの連続発動を阻むその隙を、みごとに突かれた格好だった。
俺はとっさに腕を振り上げ、腕だけでその攻撃をうけとめた。
ゴッと鈍い音をたてたブラックジャックは、見た目よりもはるかに大きな攻撃力で、俺の腕を蹂躙する。
たたきつけた表面以上に、内部へと響く強力な一撃だ。
俺が悶絶するのを予測してか、男が下卑た笑みをうかべた。
もちろん、というべきだろう。
そんなものでは【フェンリルの毛皮】の防御を、突破できるはずもない。
なんだ?といぶかしげな表情を浮かべた直後、なにが起ったのかを理解する前。
隙だらけの男の腹に、俺の剣のつかがめり込んだ。
「なめるな、小僧が」
バーテンダーが1直線に、俺に向かって突進してくる。
とっさに、俺が投げつけた椅子は空中でばらばらにされてあたりに散る。
彼の両の手には一本づつの短刀だ。
それだけで椅子を木片にしてばらまいたのは、おそらくはなにかスキルをつかっているのだろう。
こればかりは、1度ためしにうけてみる、なんていうわけにはいかない。
抜刀した俺に、彼の剣閃が、左右から打ち込まれた。金属が金属を削り取る、耳障りな音が響き渡る。
技量はあちらのほうがあきらかに上だった。
俺は受け1辺倒になるほど圧倒されながら、彼の隙を探る。
「あっ」
と声をあげる間もなく、やがて俺の手から強く握っていたはずの剣が弾き飛ばされた。
「終わりだ」
絶体絶命。
とみせて、俺はひそかに拾っておいた短刀を素早く引き出すと、わずかに大ぶりになったバーテンダーに向けて一直線に突きを放つ。
「だから終わりといっている」
くるり、と。
彼の体が空中でひと回転してみせた。
俺が放った必殺のはずの一撃は、彼の腕の皮いちまい切り裂いて、すんでで外れる。
そのまま放った強烈な蹴り。
【フェンリルの毛皮】でダメージこそなかったが、手にしていたはずの短刀は、遠く天井へとはじかれて突きたたった。
「終わり、だね。たしかに」
言った俺の目の前で、勝ち誇った顔をしたままのバーテンダーが、ゆっくりと倒れていった。
スキル、【毒付与】の効果は、確実に彼を捉えていた。
「あなた、強いのね。評判通り」
シャロ?がぽつりという。
「いっしょに、いく?」
答えず、俺はシャロに手を差し出して、そうして聞いた。
シャロは倒れているバーテンダーを見て、それからあたりをぐるり見回す。
「そうね、こうなったらもう、そうするよりしかたがないか・・・・・・」
開け放たれた、店の奥へと続く扉から、男たちのざわめく剣呑な音が聞こえてくる。
俺たちはあたりにかまうことなく、急いで店から脱出した。
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外に出てしばらく、俺たちは誰にも呼び止められることなく、人通のある通りにたどりついた。
打ち合わせ通り、待機していたオーウェンが小走りに走り寄ってくる。
彼の脇を固めているのは、ギルドの手勢なのだろうか。
俺は彼に、手早く状況を説明した。
「武器庫、か。ふむ。怪しいのは間違いないが、それだけで踏み込むには弱い、かのう」
「俺たち、問答無用で襲われましたよ?それも考えれば・・・・・・」
俺『たち』、という言葉を聞きとがめたか、オーウェンは俺といっしょにいるシャロを見た。
「ロッカくん、そちらのお嬢さんは?」
「えっと、なんていっていいのかな。彼女、あそこで働いていた人なんです」
「ほう、そうかね」
オーウェンはあごひげをなでながら、彼女に向かった。
「わしはギルド最高位剣士のオーウェンじゃ。君は、ロッカくんや我々に協力してくれる、としていいのかね?」
オーウェンはいつになく鋭い目で、彼女を見る。
シャロ?は上目遣いでオーウェンをみながら、小さくうなずいた。
「しても、いいです。でも、条件があります」
「よかろう。その話しは、またあとで聞くとしようかの」
オーウェンがあたりへ指示を出すと、周りの手勢が組織のアジトへ踏み込もうと展開をはじめた。
「最悪、ロッカくんの証言だけでもなんとかする、かの」
オーウェンはぽつりといって、大きく挙げた手をふりおろして合図を送る。
「いくぞ、諸君」
彼とその麾下は、たちまちのうちに行動を開始した。
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「それで、シャロ?ローザ?どう呼んだらいいのかな?」
予想していたのと違って、オーウェンには同行を求められなかったので、俺は少し手持ち無沙汰にそう聞いた。
聞かれた彼女を見てみれば、いままでかぶっていた仮面をぜんぶ外したような無表情でこちらを見返してくる。
「シャロ、でいいです」
シャロは名乗っただけでうつむいて、それ以上積極的に話そうとはしなかった。
俺は彼女のほうをなんとはなしにうかがいながら、あたりをゆっくりと見回した。
王都の雰囲気はいつも通りで、近くでとりものが行われているということをこの場所だけでは伺うことなどできなかった。
「それで、シャロ・・・・・・」
俺は彼女に声をかけようとし、
同時、路地裏へと続く角から、見覚えのあるフード姿が染み出るように現れる。
あれ、と思う俺の前で、フードの男は街の雑踏へと、紛れようと動いていった。
「なに?」
変わらず愛想のないシャロの返事を、ごめんね、といったん制して、俺はフード姿を見失わないうちにとかけよった。
あれは、たしかに先ほどのアジト、その1室でネズ四郎が目にした姿だ。
「ちょっと、えっと、そこの人、聞きたいことがあるんですけど」
俺は男の進行方向へと回り込んで裾を掴む。
「そこをどけ、こっちは急いでるんだ」
あえて低く出しているのだろうその声は、けれどもいつか、聞いたことのある声だと俺にはわかった。
なおも追いすがろうとした俺をふりはらったそのひょうしに、彼のフードがはらりとめくれる。
「ちっ」
舌打ちして、とっさにかぶり直したフードの中身を、おれは見逃ししなかった。
「アドルフ、さん?ですよね」
かつて、俺をパーティーから追放した勇者の顔が、そこにはあった。




