26話 ギルドの依頼をこなします
王都の中心街を抜けて少し歩き、いくつかの小路と曲がり角の先にその店はあった
入り口は路面より少し下がった半地下にあり、店を示す看板などが出ているわけではない。
事前に場所を聞いてでもいなければ、偶然たどり着くことは難しいだろう。
扉の上、ひとつだけ灯された街灯が、その店の開店を示すしるしである。
扉をあけ、中をのぞけば、そこには外から想像できるよりもはるかに広い空間が存在した。
いくつかのテーブルには冒険者ふうの者たちが陣取っている。
店の奥には酒を背にしたカウンターがひとつ。
眼帯をした男がバーテンダーをしているのがみてとれた。
席につけば、いらっしゃいの一言もなく、酒の入った木製のジョッキが、叩き付けるようにテーブルにおかれた。
黙ったままそれを口に運ぶと、ただ苦いだけの安酒の香りが口いっぱいに広がった。
ドン、と
突然、白い液体のはいったガラスの杯が、テーブルの上に表れた。
目を上げると、いかにも体力自慢といったふうの冒険者の男が、こちらを見下ろしている。
「かわいい坊やが背伸びしてこんなところでどうしたんだい?酒なんかよりミルクが好きって顔じゃねえか。おごってやるからこれでも飲んでな」
げひひ、と笑うその男は、どうやら喧嘩をふっかけてきているらしい。
立ち上がりかけたこちらを、遠間からの声が制した。
「やめておけ。おまえさんたちがかなう相手か?」
「こんなガキが、俺たちより強いってか?」
「少なくとも、実績は比べ物にならんな」
なあ、というように、バーテンダーは残ったほうの目でこちらを見る。
剣にかけていた手を外し、もういちど、腰をかける。
バーテンダーはカウンターから歩み出ると、こちらの卓までやってきて、ことり、と奇麗な杯を置く。
「わるかったな。それは店の奢りだ。ロッカさん」
俺はだまってうなずいだ。
―――――――――
「潜入捜査、ですか?」
「そうじゃよ。その通りじゃ」
オーウェンがそういってうなずいた。
「そんなの、俺にできるとはおもえないんですが」
「それがの、今回はまさに、ロッカ君がうってつけなんじゃ」
単語の意味だけは知っている、潜入捜査、というものについて、俺は当然のように深く知っているわけがなかった。
それでも、自分がその任務に向いていないことだけは、なんとなくはわかるのだ。
「勇者堕とし、というのを知っているかね?」
今度は、単語の意味さえわからない。
オーウェンもそれは予想のうちだったようで、うなずいて続ける。
「成功した冒険者が、その成功に溺れて身を持ち崩す、という話しを聞いたことはないかね?」
こころあたり、はもちろんあった。
「それが個人の責任によるものじゃったら、他人が口を挟むことではないのじゃが・・・・・・」
オーウェンは渋い顔で続ける。
「どうやら王都で、それを組織的にやっている一団がある、という報告があがっていての」
「それっていうのは?」
「つまりの、成功した冒険者に女をあてがって、金をどんどん使わせて、堕落させるわけじゃな。組織的に」
俺は少し考えた。そんなことをする意味って、なにかあるのだろうか。まあ、小銭くらいの稼ぎにはなるのかもしれないけれど。
「そうじゃのう。そもそもそんなことをなんでやっているかが不明じゃったから、ギルドとしても今までは静観しておったんじゃが・・・・・・」
オーウェンはここで俺の方を見た。いつになく真剣な表情に、俺は息をのむ。
「わしが、長年追っていた組織と、つながりがあったようなんじゃよ」
「それで・・・・・・」
それが俺となんのかかわりが?
と聞く前に、オーウェンが答える。
「それで、その組織を調べる必要が出てきたんじゃが、ここで儂は思いついたのよ。そういえば、少し前に知り合った冒険者が、最近ちょっと成功していたのう、ってな」
それはつまり、俺のことなのだ。
「どうじゃ、力をかしてはくれんかね」
俺は少し、いや、だいぶためらってから、うなずいた。
―――――――――
「それで、ロッカさん。アンタのような方が、こんなところに何用で?」
バーテンダーは俺のテーブルから離れずに、そう聞いた。
俺は黙って酒に少し、口をつける。
飲み慣れない俺でもわかる、上等の酒だった。
「俺のこと、知っているならわかるだろ。みんなにちやほやされるのはいいんだけど、いいかげんつかれちゃってね」
俺はもうひとくち、酒を飲む。
これ以上飲んだら酔いが回ってしまいそうだ。
「ここはザイン、ってやつに紹介されたんだ。俺みたいな立場でもおちつける場所があるってね。それに、ほかにもいろいろ、あるんだろ?」
ザインというのはオーウェンに教えられた情報提供者の名前である。いろいろの中身は詳しくしらないが、まあろくなものではないのだろう。
俺は上着のボタンをはずし、ふところの中身を示して見せた。
「この通り、金ならある」
バーテンダーはちろりとそれに目をやった。一瞬ではあったが、嘗め回すような鋭い視線だ。
それからもう一度俺を見る。
「わかりました。が、そういうのは、こんごおいおいってことにしときましょう」
バーテンダーは店の奥へと振り返った。
「おい!」
そうして大声で、そちらへと声をかける。
「ロッカさんに、女を用意してさしあげろ」
もう一度こちらを見たその顔は、営業スマイルで塗り固められていた。
「今日は愉しんでいってください。もちろん全部、店のおごりってことでね」
どうやら、俺のことはまだ完全に信用してはいないようだ。
まあ当然のことである。
俺はバーテンダーにうなずくと、さらにもうひろくち、杯を口に運んだ。
ふりをして、静かに目をつむる。
俺の視界が、ゆっくりとほかのものにおきかわっていく。
ネズ四郎
オーウェンとの打ち合わせ通り、事前に俺がテイムしていたネズミは、天井裏を走りながらその目に映った映像を俺のもとへと送り届ける。
店の奥は俺がいるホールよりもさらに広く、どうやらこの区画すべてに及んでいるようだ。
当然部屋数もかなりのもので、俺は天井裏に漏れ出る光の位置からだいたいのあたりをつけて、ねず四郎を操っていく。
そのなかのひとつに、なにやら密談をしているような部屋があった。
ローブで顔をかくした男と、複数人が向かいあっている。
ローブの男の方には、見覚えがあるように思えたが、角度のせいもあって核心はもてなかった。
なにより、ねず四郎の位置からでは、中の声を聞き取ることはできない。
俺はその部屋を切り上げて、ねず四郎を先に進めた。
と、
ほかの部屋の4倍はあろうかという大きな空間に、俺はそれを発見する。
剣に槍、それからあれは弓に矢か。
うずたかく積まれた武器の数々は、飲み屋というこの店表向きの業務にはふさわしくなく、なにかの陰謀を思わせる。
武器庫、だよなあ?
俺はねず四郎を動かして、違う角度からその部屋を探ろうと・・・・・・
「おまたせしました」
バーテンダーの声に、おれの視界は自分のものへと引き戻された。
「こちら、ローゼと言いまして、」
もどしたばかりで、うすぼんやりと定まらない視界のまま、おれはバーテンダーの声を聴く。
「こちら、ロッカさん。店の大切なお客様だ。失礼のないように」
連れてこられた女の子が、大きく息をのむ音がした。
それと同時、俺の視界がはれてしっかり像を結ぶ。
「あれ、シャロ?」
少し前、パーティー加入を願い出た、小柄な女の子がそこにいた。




