22話 どくトカゲを探します
靴の中までどろぐちゃの粘液にはいりこまれる、というののは、正直きもちのいいものじゃない。
俺は時々、うへえともうひゃあともとれる妙な悲鳴をあげたりしながら、泉の中を探っていった。
泉の中は毒の緑と、スライムの一部と思われるヘドロのような粘体で覆われていて、投げ込まれたなにかを探すのは難しいようにおもわれた。
と、
「これ、は?」
ぴり、と危険を知らせる感覚が、俺の中に現れる。
「毒?」
【フェンリルの毛皮】の耐毒効果を抜けてくるほどの毒。
それを体で感じた瞬間だった。
俺はあわててあたりを見回す。
よく目をこらせば、緑一色に見える泉の中、俺からそう離れていない場所が少しだけ、ほかとは違っているように見える。
ほんのりと、そこだけ緑が濃いようなのだ。
近づけば、ぴりりとしたしびれのような感触が、もうすこし強くなる。
俺は剣のさやを棒代わりにして、そのあたりをかきませるように探ってみる。
どろどろとした感触だけの、2度のからぶりがあってから、
3度目に突き込んだ鞘の先に、なにかの手応えがあった。
ゆっくりと引き上げた鞘の先には、それほど大きくはないトカゲが、ひっかかってしがみついていた。
トカゲからは、ぷしゅ、と音を立てながら、一定の感覚でなにものかが噴き出していた。
それはあたりに広がる緑ではなく、無色透明な粘液だ。けれども、それが猛毒の体液かなにかであることは一目瞭然ではあった。
トカゲ自身は、見た目にも弱っているように見えた。
弱っている原因は、体の大きさに比べ、あきらかに多すぎる毒をはき出し続けているからだろうか。
トカゲには、もう自分では毒を止めたり、少なくしたりといったコントロールができていないようにも見えた。
そうして、今や、このトカゲが騒ぎのおおもとであると、はっきりとわかりつつあった。
あれだけ沸き出続けていた毒のスライムが、トカゲを泉から引き上げてからこっち、ほとんど増えていないようにみえる。
俺は鞘をもつ反対側の、剣を握った手を小さく振りかぶった。
そうして、トカゲをひと思いに切り捨てる。
直前で、俺はその手をとめた。
こいつも勝手に連れてこられて、勝手に悪者にされて、かわいそうだよなあ。
思ってしまえば、もう俺にはトカゲを殺すことはできなかった。
なら、テイマーとしてはやることはひとつしかない。
俺はベルトに剣を挟むと、鞘の先からトカゲをそっと手でとりあげた。
【フェンリルの毛皮】の毒耐性を超えた猛毒で、指の先からぴりぴりとした刺激が伝わってくる。
俺はそれを無視しながら、契約の証を描いていった。
「テイマー、ロッカが其に問う。名はなんぞ」
弱々しい反応があたまのなかに小さく響く。
頼む、答えてくれ。
テイムした対手と俺の間に魔力的なつながりができるなら、この弱ったトカゲも助けられるかもしれない。
「テイマー、ロッカが其に問う。名はなんぞ!」
ぴりぴりとした感覚は、手から腕を伝わって、徐々に全身に広まりつつあった。
テイムする相手には礼を尽くそう、なんてやりかたは、格好をつけすぎだっただろうか。
ーラチェットー
消え入りそうな声が、俺のあたまのなかに響いた。
続いて、おなじみのあの声が脳を震わせる。
ー特殊効果、攻撃時追加効果【毒付与】のスキルを習得しましたー
ばちゃばちゃ、と現実でおおきな水音が聞こえてくる。
なんとかそちらに目をやると、タロが焦ったようにこちらの方へと駆け寄ってくるのが見えた。
タロ、ありがとう。ごめんな。
そのころには毒が全身にまわっていて、俺は気を失った。
――――――――
「ほんと、無茶するんだから」
数時間ぶり、二度目の感触を後頭部に感じながら、俺は目を覚ました。
リンネの膝枕がそこにあるのがはっきりわかる。
とすとす、という音が俺たちのまわりで何度もしている。
顔をかたむけてそちらをみると、タロが心配そうにいったりきたりを繰り返していた。
「起きないと」
「あ、ちょっとまだ安静に・・・・・・」
とめるリンネを振り切って起き上がる。
すぐに飛びついてくるタロをなでてやりながら、俺はあたりを確認した。
リンネによれば、俺が倒れてからまだそれほど時間はたっていないらしい。
そのわずかな時間で、あたりの状況はずいぶんと改善しているように思われた
すくなくともスライムが湧き出るのはあれからぱたりとやんではいるようだ。
残っているスライムも活発な動きを止め、ほとんどが今いる場所から動こうとしていない。
驚いたのは泉のほうで、毒トカゲという元凶が取り除かれたからか、急速に浄化がすすみつつあった。
緑色はだいぶ薄くなっており、浮いている粘液の範囲も目に見えて減ってきていた。
ところどころがわずかにきらめいてみえるのは、あれがうわさに聞いた泉の精霊なのだろうか。
かさ、と音がしてそちらを見ると、当の毒トカゲ、ラチェットの姿が見えた。
「おまえも、災難だったな」
さすがに元気いっぱいとはいかないが、さきほどまでの弱々しさはないようだ。
俺の支配下におかれたせいか、もう毒を噴き出し続ける、ということもない。
「さて、もうひと頑張りだ」
俺は立ち上がって言う。
おそらくだが、救助がくるまで放置していても、ここはもう大丈夫だろう。
が、まだ6階層以降に取り残されている人たちがいるのだ。
「リンネ、ここにいるみんなの避難誘導をたのめる?」
リンネは慎重に考えを巡らせた。
「解毒と、それから応急処置はすませたわ。だからみんなうごくことはできるはず。戦闘がなければ、避難は可能よ」
「さすがだね。リンネ」
「だけど、どうするつもりなの?ロッカ」
「ここはひとつ、タロにまかせようかなって思う。タロもストレスがたまっているみたいだし、ね」
俺の無事を確認してからは、タロは足にこびりついたどろぐちゃをこそげ落とすのに必死になっているようだった。
やはり、タロにとってはあの感触は耐えがたいものらしい。
嫌いなのを我慢して、俺を助けに来てくれたタロにはあらためて感謝である。
「わかった。任せて」
リンネはそう言うと、様子をうかがっているふうな冒険者たちへ、指示をだしはじめた。
――――――――
リンネの指示にしたがって、セーフゾーンにとどまっていた冒険者たちが避難を開始した。
思った通り、あたりにいるスライムは、もうこちらを積極的に襲ってこようとはしなかった。
追加で湧いてくることももうないから、刺激さえしなければ大きな危険はないだろう。
「さあて、タロ」
わふ?
しばらくして、あたりには俺とタロだけになる。
呼びかけに答えたタロのもふもふをぽん、とたたいて、俺は続けた。
「派手にやろう」
うぉふ。
パリパリと音をたてて、タロの全身を魔力が巡っていくのがはっきりわかった。
目の前には、下層へと続く階段を埋め尽くす、毒スライムの壁が見える。
「やっちゃえ、タロ!」
はじけたスライムたちの体液が頭上から降り注ぎ、お互いにどろどろになる姿を見ながら、俺とタロは久々に大声で笑い合った。




