21話 どくスライムにたちむかいます
弾けたスライムを、俺はおおよそ全身に浴びて倒れた。
特にひどかったのは顔だろう。
ほとんど全体をおおうほどのスライムが、俺の顔をうめつくしている。
視界も緑に濁っていた。
その緑を通して、リンネとタロが心配そうに俺をのぞき込むのがみえた。
俺はもがくようにして、スライムのどろどろを顔面から引きはがす。
手にまとわりつく感触は気持ちのいいものではない。
「ロッカ、大丈夫?そうにみえるんだけど」
リンネの杖に光がともっていた。おそらくは解毒の魔法を放つ直前なのだろう。
俺は急いでスライムをはがし、
「大丈夫、問題ないよ」
と笑って見せた。
それにしても【フェンリルの毛皮】である。・
完全耐性、とはうたわれていないから、どの程度まで毒をふせいでくれるかは賭けみたいなところがあった。
が、おもったよりも効果ははるかに強力で、これならほとんど無効化といっていいレベルだろう。
リンネが俺の様子を見て、意を決したように飛び散ったスライムのかけら、そのひとつの前に立った。
それから、ひとさし指をだして、つんとつつく。
しばらくそれを続けてから、彼女は立ち上がってこちらを向いた。
「これ、すごいわねロッカ。わたしのほうもぜんぜん大丈夫みたい」
「よし、それなら一気に、セーフゾーンへ駆け抜けよう」
――――――――
「ロッカ、そっちのひとをつれてきて。そう、そのひと」
セーフゾーンは控えめに言ってひどいありさまだった。
とりのこされていたのは10人と少し。
ほとんどが毒にやられている。
リンネは魔法をフル回転させて、彼らをはしから癒やしていった。
「完全に回復させるまではいかないわよ。とりあえずの応急処置。いいわね」
奮戦するリンネを手伝いながら、おれは次の手を考えた。
セーフゾーンにたどりつきはしたが、根本的な問題が解決できたわけではない。
俺たちが切り開いてきたスライムの道は、もうすでにうまりつつある。
毒を気にしなくていい俺たちでも、たどりつくまでは時間がかかった。
まして、これだけの毒耐性のない半病人をつれ、ここを脱出するのは大変だ。
ぱり、とタロの前身に魔力が走った。
「タロ、それは最後の手段っていったろ」
俺はぽん、とタロの脇腹をたたく。
タロの強力な範囲攻撃ならば、確かにスライムをまとめて吹き飛ばすことも可能だろう。
しかし、それによって発生する大量のかけらが、あたりを汚染するのは目に見えている。
スライム本体は立ち入れなくても、その破片であれば、セーフゾーンの中にも降り注いでくるのだから。
タロはしゅんとしてその場に座り込んだ。魔力が使えず、爪だけでスライムを屠ることになったタロである。タロはおそらく、俺たち以上の対毒性能を備えているから、スライムを倒すこと自体には何の問題もない。
が、スライムのあの感触がよほど気に入らなかったらしく、今も前足にこびりついたそれを嫌な顔しながら、全力でこそげ落とそうとしている。
「すまない。助かったよ」
リンネの応急処置を終えた冒険者のひとりが、俺のほうへやってきた。
「それで、これからどうするね?」
俺は首をふって答えた。
「皆さんを連れて、脱出する手立てがないんです。なので、とりあえずの治療がすんだら、ここで救援を待ちましょう。そろそろギルドに報告が届いているころですから」
「そうか。そうか、ううむ」
男は一瞬安堵の表情をうかべ、それから難しい顔をした。
「どうかしましたか」
「それが、な」
彼はそのまま、腕をあげてあるところを指さした。
その先には大量のスライムが、壁のように積み重なって道をふさいでいるように見える。
「あそこに、6階層への階段があったんだが、セーフゾーンにはいりそこねた何人かが、逃げていくのが見えたんだ」
「でも、あれじゃあ」
セーフゾーンにたどりつくのとは比べものにならないほど、あの先に行くのは困難に思えた。
それこそタロの広範囲攻撃で吹き飛ばしでもしないかぎり、抜けられまい。
「まあ、仕方ないな。あの先はあきらめるしか」
男がそういうのに、おれはあたりを見回しながら
「誰か、なにか他に情報があるひとはいませんか?」
そう、声をかけた。
リンネの治療をおえたばかりの、重体に見えた冒険者が、小さく手を挙げるのが見えた。
「俺、みたぜ」
「ダメよ。致命的な毒が抜けたとはいえ、あなたひどい状態なんだから」
リンネが止めるのを聞かず、冒険者は体を起こしておれと向かい合った。
「どこかの、4人組だ。そいつらが精霊の泉になにかを投げ込んだんだ。虫、いや違うな。あれはトカゲかなにかだった」
「それは、どのあたり?」
ほら、そのあたりだよ。
彼は震える手で大体の場所を示してみせる。
「それで、アンタはそいつらの顔をみたのか?」
もうひとりの冒険者が横から彼に聞いてくる。
彼は小さく左右に首をふった。
「思い出せ、重要なことだぞ」
「はい、そこまで。もう彼は限界よ?」
リンネが質問をそこでとめる。彼は体を横たえると、ゆっくり目をつぶった。
「大丈夫なの?」
「とりあえず、安静にしていれば心配ないわ。それで・・・・・・」
「うん。ここがこの状態だってことは、あっちはもっとひどいかも」
「そうね。耐性がなければ命に関わる毒だわこれは」
俺はもう少し、考えた。
「さっきの虫?トカゲのことはやっぱり気になるな。だから、ちょっと見てこようと思うんだ。ほら、これでもテイマーだし」
リンネは俺を見て、ため息をつくようにした。
「とめても、しょうがないのよね。気をつけて」
「わかった。タロ、ついてきて」
タロはスライムの感触がよほどいやだったのか、気乗りのしない顔で立ち上がる。それでも黙って従ってくれる、いい相棒だ。
「よし、もう一度切り開くぞ」
俺は粘液を拭き取ったばかりの剣をかまえた。
――――――――
泉の表面は、緑の粘膜で覆い尽くされていた。
そこに時折、そこから泡が浮いて出て、はじけて嫌なにおいを放つ。
泡と同じような間隔で、泉からはスライムが次々と湧き出して、溢れるように周囲を侵していくのだった。
それがいる場所は、近づけばある程度見当がついた。
目に見えて瘴気が色濃くたちあがり、表面の色も毒々しい。2メートルほどの円で区切られたような場所があって、スライムもその周囲から、1番多く湧き出しているようだ。
「タロ、またせたね。頼める?」
ウォフ
鳴くなり、タロの全貌に光が収束し始めた。それはたちまち光球になり、パリパリと音を発する。
発射された光球は炸裂四散して、周囲のスライムを巻き込んで爆裂した。
タロが放つにしては控えめだが、威力は充分。
目的地までの道ができたのがみてとれる。
泉は遠浅になってはいるが、今は粘液に覆われているから、おせじにも積極的に入っていきたい場所ではない。
俺はねとつく冷たさをこらえながら、泉へと踏み入っていく。
クゥン
鳴き声がして、そちらを見ると、タロが訴えかける目でこちらをみていた。
いつもおれと共にいるタロだったが、よほどこの感触が嫌いらしく、泉の中に踏み入ろうとしてはやめるというのを繰り返している。
「無理しなくていいよ、タロ」
言うと、タロはすまなそうにしながら、泉の淵をあたりに腰を下ろした。




