19話 あたらしいスキルが解放されました
踏み入った5階層は数十年の単位で人の出入りがなかったと見えた。当然ギルドの探索の手もまわっていないから、魔法のたいまつも設置されていない。
暗闇の中、俺はタロの感触を右手に、そろりと進む。
タロは暗闇の中でも目が利いているらしかったが、
俺には何もみえていない。
しばらくして、タロは心得た、と言うように体を震わせる。すると、その全身がほのかに光を発し、あたりがわずかに見通せるようになった。
「うわっ」
俺は驚きの声を上げた。遠目にぼんやりと、人影のようなものが見えたからだ。
「ふふ、タロちゃん、ここはわたしにまかせてもらうわ」
リンネが小さく呪文を唱えると、彼女の持つ杖の先に灯りがともる。
それは徐々に大きく、光を増して、やがて見知った魔法のたいまつを超える灯りに成長した。
「それー」
リンネが言うなり、灯りはタロの頭上あたりまで上昇して、そこにとどまる。
たちまちのうち、俺たちは十分な視界を確保できていた。
「どう、タロちゃん」
むふーと息をしながら言うリンネに、タロはつれなく顔を背けた。
ちょうど目のあたりに静止した灯りが、タロにはまぶしかったらしい。
警戒を解かずにあたりを見回したが、その必要はなかったかもしれない。
リンネの灯りひとつで照らせる程度。
5階層はそのくらいの大きさの部屋ひとつだけで構成されているようだった。
タロがはいるに十分な高さはあるから、空間としては立方体に近いだろうか。
ぼんやりと照らされた階段のある場所以外の三方の壁には、いくつもの壁画が描かれていて、先ほど俺は、それを人影と見間違えたらしい。
俺たちは警戒を解いて、部屋をぐるりと歩いてみる。
とりどりの色彩で描かれた壁画は、続き物になっているようだった。
絵の描き方はだいぶ違うが、それは俺が子供の頃に読んでいた絵本に似ている。
ひとりの勇者が冒険をくりひろげる物語を絵にしたものだ。
勇者の脇には常に大きな犬のようなもふもふが描かれていた。
「タロちゃんみたいね」
リンネが言った。
俺は無言でうなずいた。勇者とフェンリルの物語。この壁画は、それを描いたモノなのだろう。
俺はちらりとタロのほうをみる。
タロはいつにない面持ちで、ゆっくり歩きながら、じっと壁画をみつめていた。
そんなタロの様子ははじめてだったので、俺はかけようとしていた言葉を飲み込み、探索を続けた。
階段から一番離れた部屋の奥側。
勇者とフェンリルが凱歌をあげる、ひときわ大きな絵があった。
真下に、小さな祭壇がもうけられている。
祭壇の真ん中には、俺の腰のあたりまである台があって、石版のようなものに文字らしきものが刻まれている。
読める?と期待を込めてリンネをみる。
「さっきと同じ字に見えるわ。ごめんなさい。やっぱり読めない」
「そう」
俺は慎重に石版を調べる。
さっきみたいなことがおこるのかな?と少し期待しないでもなかったが、石版は俺が触れても、特に何もかわらなかった。
俺は緊張を解いて、リンネの方をみた。
「もうすこし見て回ったら、調査をきりあげて報告にいこうか」
「そうね。それにしてもこれだけの発見。しばらくは人が殺到しそう」
「そっか。じゃあしばらくは見られないかもしれないから、もうちょっと見回っていく?」
ふと、気がつくとタロが俺のうしろに立っていた。
「タロ、どうしたの?」
灯りを背に、すっくと立つタロは、いっそ神々しくさえ見えた。
と、
タロの目の上。ちょうど眉間のあたりが、ぽう、と光るのがみてとれた。
直後、俺は祭壇ごと光に包まれる。
頭の中に、おなじみになりつつある声が響いた。
【フェンリルとの絆が解放されました】
パーティーメンバーに、【フェンリル】と冠されたスキルの一部が適用されます。
【フェンリルの毛皮】の効果が更新されました。
【フェンリルの毛皮+2】 防御力+100 毒に対する耐性を得る 精神異常に対する耐性を得る
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こつん
リンネが自分の頭を杖でたたいた
「いたた」
そうしてすぐに顔をしかめ、額をさする。
「防御力についてはあがっていないみたい。それなら耐性のほうなのかしら」
ダンジョンの探索を切り上げて、俺たちはタイレムギルドへ向かっている。
「どうやって試してみたらいいかしら。毒を飲んでみる、わけにもいかないわよね」
物騒なことをいいはじめたリンネに俺は苦笑した。
祭壇で得たらしいスキルの話しを、彼女は真面目な顔で聞き、それから杖をふりあげた、というわけだ。
ダンジョン探索を切り上げて、俺たちはギルドへ報告に向かっている。
習得したスキルは、どうやら噂に聞くリーダースキルというやつらしかったが、こればかりは自分で試してみるわけにもいかない。
あれこれ考えているのか、ぶつぶつ言っているリンネを引き離さないよう注意しながら、俺は少し先を歩いた。
タロが大きく遅れてついてくるのが気配でわかった。
ダンジョンでスキルが解放されてから後、タロはいつもの通りの様子に戻っている。
このところ苦労のかけ通しだったから、自然の中で自由にさせてやるのもいいかもしれない。
そんなふうにしてしばらく進んでいくと、なにやら道の先がざわついているようだった。
タイレムへと進む道の途中、交差するもう一本の道があって、そこに人だかりがしていた。
分かれ道には大きめの標識が立っている。
どうやら先には中級者向けのダンジョンがあるようだ。
「だから、まずは王都のギルドへ向かうべきだ」
「管理者がタイレムギルドなんだからそっちへ報告するのがスジではないのか?」
「タイレムでは戦力が足りんだろう。そんな悠長なことをしている場合か?」
見た目にベテランとわかる冒険者らしき人々が言い争っているようだった。
「どうしたんですか?」
俺は近づいて彼らに聞いた。
冒険者のひとりは俺の頭の先から足の先までをさらりと見回し、ため息をつく。
「F級か、いいとこE級の冒険者といったところか。なら助力は望めそうにないな」
ぼそりと言ってから声色を変える。
「この先のダンジョンで事件があってな。まあおまえに言っても仕方がないが、とにかく近づくんじゃないぞ」
「なにかお手伝いできます?」
俺が聞くと、彼は馬鹿にしたように笑った。
「初心者なんかに手の終える話じゃない。いいからさっさと行け。こっちは忙しいんだ。」
「ロッカ、いきましょう。私たちも忙しいんだもの」
追いついたリンネが少し険を含んだ声で言う。
相手がそういうなら仕方がない。俺はその言葉に従うことにした。
「おい、あんたもしかして」
去ろうとした俺に、男たちの後ろからそう声をかけた者がいた。
「あんたはロッカ、ロッカさんじゃないのか」
「そうだけど」
まわりから、知っているのか?と言う顔を向けられながら、一人の男が歩み出てくる。
「ああ、やっぱりロッカさんだ。あんたたちも聞いただろ、あのドラゴンをテイムした・・・・・・」
「これが、あの?」
冒険者たちは、もう一度しげしげと俺を見る。
リンネがとなりで、ふふん、と胸をはっていた。




