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17話 勇者が冒険を再開したようです

 都を出てタイレムの方へ森をいくと、少しばかり寄り道したところにそのダンジョンはあった。

 アドルフがだいぶ前に一度だけ攻略したことのある、せいぜいが中級レベルのダンジョンだ。

 当然アドルフにとっては稼げるダンジョンではなく、今まで興味を覚えたこともない。


「ここよ」


というエヴァンジェリンに連れられて、ダンジョンのなかへと入っていく。

少し進めば、ホブゴブリンや赤いスケルトン兵などといった、初級ダンジョンではあまりみられないタイプのモンスターがわらわらと湧き出てくる。


アドルフはけだるそうにそれらをなで斬りにしながら、仲間の様子をうかがった。

アドルフやほかの二人の影に隠れるようにして、爪をながめているエヴァンジェリン。

他の二人はそれほど苦戦しているようには見えなかったが、アドルフの舌打ちを止められるほどでもない。


「すげえ、これが勇者のリーダースキル、ってやつか」


戦士風の一人が言った。

この世界でパーティーを組む利点の一つに、パーティ専用のスキルがある。

勇者であるアドルフが所有する『リーダースキル』はそのひとつで、各種バフに状態異常耐性も備え、その恩寵は大きく、汎用性も高い。

個人としての強さのほかに、アドルフを最優の冒険者としている能力の一つだ。

 だからアドルフにしてみれば、この程度の相手に無双できないパーティーメンバーなど、問題の外ではあるのだった。


「ふふ、さすがねアドルフ。そのリーダースキルが今回のキモなのよ」


言いながら、エヴァンジェリンがさらりとかけたヒールによってのこりの二人が癒されていく。

それを見てアドルフは眼を細める。

外見ばかりの女だと思っていたのが意外なことに、彼女はヒーラーとしての能力がそれなり以上にあるようだ。


彼女は磨かれた爪を順に開いて、アドルフに右手を差し出した。


「お願いしたものは、用意しておいてくれたのかしら?」


アドルフは無言で腰の革袋を示してみせる。

中になにかがいるかのように、ふくろはわずかにうごめいていた。


「ビーストテイマーでもいれば、あなたの手を煩わせるほどでもないのだけれど。これがうまくいったら雇ったらどうかしら」


 言いながら、なめらかな手つきで頬をなでられれば悪い気はしない。

 アドルフは機嫌をなおして、エヴァンジェリンに促されるまま進んでいった。


ダンジョンの5層から6層へ下る階段の近く。

セーフゾーンと呼ばれるモンスターが一切立ち入らない空間の脇に、エヴァンジェリンが目指す泉が湧いていた。


透明度の高い水がたたえられ、セーフゾーンにたどりついた冒険者の喉を潤している。

どうやらかるい回復効果すらあるらしい。


 そのような泉なのは、ここに精霊が宿っているからだ。

 アドルフをはじめとしたこころえのあるものには、泉の中や上空、ほとりに生えたコケの上などに、何体もの精霊の姿をみることができた。


「それで、これからどうするんだ?」


 エヴァンジェリンはアドルフの腰袋を指さした。


「中身、みせてもらえるかしら?」


 アドルフは嫌な顔をしながら、袋の中のものを乱暴につかんで目の前に掲げた。

 原色の絵の具を何色もぶちまけたような、みただけで危険を示す危険色。


 アドルフの手でひとつかみできるほどのトカゲには、その色が示す通り猛毒を秘めている。

 本来は手で触っただけでやけどのような症状が出る程度の毒を持つトカゲで、かまれれば人死にが出かねない。

けれども、勇者として状態異常耐性をもつアドルフが触れる分には、そのあたりをはしりまわる洞窟トカゲを掴むのと大差はなかった。


 とはいえ、アドルフはトカゲ自体が好きな生き物ではない。

 ギルドのつてをつかって手に入れた毒トカゲはそれほど値がはったわけでもなかったが、アドルフ自身が持ち運びしなければいけなかったのも気にくわない。

 先にエヴァンジェリンが言っていたとおり、次からはテイマーの一人でもやとうべきだろう。


「それをね」


 考えていると、エヴァンジェリンはそう言って、持っていた杖の先でアドルフの手を軽く小突いた。


「こうするのよ」


 トカゲは宙を舞って、ぽちゃり、と泉の端へと落ちた。


―――――――


 スケルトン兵がからからと音をたてて崩れていった。

 俺は骨の残骸から魔石を拾い出すと、軽く拭って物入れに放り込む。


もふもふの背中にしばらく揺られていた俺は、しばらくして戦闘に復帰できる程度に復活していた。

 

「見違えたわ、ロッカ」


 リンネが駆け寄ってそういう。

 かつてアドルフのパーティーにいたころよりも成長した実感はあったが、昔を知る彼女がそう言うのならば、実感も間違いではないらしい。


 戦闘を見守るように控えていたタロも、なぜだか誇らしそうに俺を見ている。


 前回はドラゴンに蹂躙されていた初心者向けダンジョンの最下層だが、今回は普通にモンスターが湧き出ていた。

 強さは上階までのそれと変わらず、若干数湧いてくる数が多い程度だから、パーティー(主に俺)の修行にはもってこいだ。


 タロには後ろの警戒を任せ、俺が前衛、リンネに補助をお願いして、俺たちは順調に4階層を進んでいく。


 フェンリルの毛皮の加護とリンネの補助魔法があれば、このレベルの相手は恐るるに足りない。

 ゴっと盾を構えて発動した【暴走特急】でゴブリンを跳ね飛ばしながら群れに突っ込み、振り回した剣で2匹、3匹と切り倒す。

ゲヒャゲヒャと、恐慌状態に陥った残りの2匹から魔石を回収するまでに、それから2分とかからなかった。


 ぱちぱち、と拍手をしながらリンネが歩み寄ってくる。


「ほんとに、すごいのね。ロッカ」

「タロと、それからリンネのおかげだよ」

「それにしたって」


 とリンネはあたりを見回した。


「これだけの量のゴブリンをあいてにするのは、中級冒険者でも少しは苦労するものよ?ちょっとまえのあなたからは想像もできない」


 アドルフのパーティーでは、せいぜいが雑用だった俺だけれど、彼の戦い方はいつもしっかり目に焼き付けるようにしていた。

 その時の経験が生きたのだろうか。

 それをリンネに告げると、彼女は少し困ったような顔をする。


「そうね、確かにさっきのやり方はアドルフに似ていたかも。でもね」


 それから、リンネはアドルフのいつでも敵に突っ込んで暴れるやり方が、パーティーの皆にいかに迷惑をかけていたかを語り出した。

 よほど腹に据えかねていただろうか。

 しばらくの間、彼女のアドルフへの怒りとも、俺への説教ともつかないそれは続いた。


―――――――


 ダンジョンボスの部屋はあたりよりも一段、空気が締まる心地がした。

 光に照らされた部屋の中央に、黒塗りの全身鎧を着込んだ騎士がひとり、ぽつりと立っている。

 いや、一体というべきか

 黒鎧の甲冑武者は、しかしその中身は生身の人間ではないらしい。

 骨だけで動いているスケルトン兵同様、甲冑だけで動いているモンスターだ。


 初心者が相手取るには強力なモンスターだということだ。

 が、3階の階層ボスオークなどとは違って、やっかいな特殊能力などはないらしい。

 まさに、パーティーの実力を試すにはうってつけの相手といえる。


 タロがすい、とあゆみ出ようとするのを、俺は手で制した。


「今回は俺にやらせてくれないか?タロ」


 言うと、タロは目を細めてぺろりと俺の頬をなめ、それから俺の後方へ陣取った。

 俺は懐の口寄せの札を探ってたしかめ、小さく息をととのえた。


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