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16話 パーティーの初陣です

太陽が真上を通り過ぎて少し後。


アドルフが宿で杯を傾けていると、控えめなノックとともに宿の支配人がやってきた。

彼はアドルフに、一枚の紙を示して見せる。

そこには一般人が一年は暮らせるほどの金額が書かれていた。


「そろそろお支払をいただいてもよろしいでしょうか」


アドルフはそれをさらりと見、空中へと放り投げる。


「先に渡した分があっただろう」

「申し上げにくいのですが、それは最初のひと月とすこしで……」


アドルフがこの宿に滞在してからもう三か月がたとうとしている。金がなくなってから一か月は言い出さなかったあたり、宿側のアドルフへの配慮は感じられた。


アドルフは舌打ちしてまわりをみた。


「この程度、一度のダンジョン巡りで稼げ出せる額だ」

「それはもう、存じておりますから」


支配人は頭を下げていった。


アドルフは荒れた声で仲間を呼んだ。

リンネのかわりに雇い入れたヒーラー、エヴァンジェリンと戦士ふうの男、それから魔道士ふうの男がひとりづつ、集まるまでには時間がかかった。


派手な見た目で、贈った宝飾品をいくつも身に着けたエヴァンジェリンのことはもちろん知っていたが、アドルフにはほかのふたりに見覚えはない。


「フリードはどうしたんだ?」


フリードというのは、アドルフとともにパーティーの前衛をつとめる古参のタンカーだ。


「やめさせたわよ。わたしのことをエッチな目でみるんですもの」


勝手を、とアドルフはエヴァンジェリンに怒鳴りかけた。

フリードは口数の少ない武骨な男で、エヴァンジェリンの言うようなことをするようには思えない。

だが、とアドルフは思う。

辞めていったリンネなどとは違い、アドルフの現在についてとやかくいうようなフリードではない。

けれども時々、アドルフのことを非難するような目でじっとみてくるところがあった。

気に入らない。とは思っていたアドルフであり、辞めたというのならそれもいいだろう。


「まあいい。稼ぎにでるぞ」


言ったが、アドルフは少し不安に思う。

彼は自分の力をかけらも疑ってはいなかったが、今のパーティーメンバーはエヴァンジェリンとよく知らない男がふたり。

いかにも戦闘には向かない格好のエヴァンジェリンはともかくとして、のこりの二人は見た目には歴戦の雰囲気だ。

それでも、しらないふたりにすぐに背中を預けられるというものでもない。

一度のダンジョン巡りで大金を稼いで見せる、というアドルフの言葉はハッタリではなかったが、それには最難関のダンジョンに挑めば、という前提がつく。


このメンバーでいきなりそこに挑戦する無謀は、さすがのアドルフももちあわせてないなかった。


「ふうん」


アドルフがそうしているのを見て、エヴァンジェリンが進み出る。


「ねえ、お金がほしいのよね」

「ん、いや……」


ごまかそうとして見せたアドルフに、彼女はもう一歩進み出た。


「それなら、わたしにいい心当たりがあるのよ」

「なんだそれは」


見た目と着飾ることに才能をすべてつぎ込んでいる女、とみていたアドルフである。その提案の意外さに、彼は少し、興味を持った。


「勇者であるあなたにしかできない方法なんだけど……どうかしら」


アドルフは身を乗り出した。


―――――――


なんだか柔らかいものが俺のあたまの後ろにある。

ほんのりあたたかくそれはとても心地よかった。

タロのもふもふとどちらがいいだろう。

ふらちなことを考えているうちに、俺はゆっくりと覚醒していった。


目を開けると、上からリンネが見下ろしている。

 いや、これはむしろ・・・・・・

 

膝枕?


 俺は一気に跳ね起きた。

 が、すぐにくらくらするめまいと脱力感が俺を襲う。

 俺は跳ね起きた勢いそのままに、リンネの膝上へと逆戻りした。


「起きたのね。よかった。」


 リンネが言って、くすくす笑う。


「もう少し、安静にしていたほうがいいみたい」


 言われて、俺は眼だけであたりを確認した。

 魔法のたいまつに照らされたダンジョンの壁は見覚えがある。

 だれあろう、リンネを救出した初心者向けダンジョン、その三階に俺たちはいた。

 結成したパーティーの初陣。その舞台に選んだのは、因縁のあるこの場所だった。


 ガシュ、ドシュ

 

 少し遠くから派手な音が響いてくる。

 いや、これはむしろ、戦闘の音だ。


 俺は頭を傾けて、そちら側をみた。

 リンネがくすぐったがってか、くすくす笑う気配がする。


 目をやったそこでは、タロがオークの群れと戦っていた。

 オークはそれなりの集団だったが、タロはそれらを一匹、また一匹と確実に屠っていく。


「タロちゃんてば、すごいわね。私の出番はなさそう」

「俺はどうしたんだ?」


 確か、階層ボスのオークに挑んでいた、はずだ。


「覚えてないの?えっと」


 リンネはほおに手を当てる。


「ボスのオークと、みんなで戦っていて、それで……」

「ロッカがスキルを使う、っていいだしたの。そうしたらね」


 俺は徐々に思い出していた。

 俺は新スキル、竜の息吹。

 発動した瞬間、ドラゴンが使っていたブレスのような熱線が俺の手から放たれた。

 オークに直撃した熱線は、一撃でオークの体力のほとんどを奪い去る。

 くいしばりの効果で即死は免れたようだったが、オークが瀕死なのはあきらかだった。

 これはすごいスキルだ。そう思う俺の前で、オークが角笛に手を伸ばそうとする。

 仲間を呼ぼうとする動作に、


「させない」


 俺は二撃目の竜の息吹を放とうとして……


「魔力の、つかいすぎだとおもうの」


リンネはいった。

「普通はね、魔力が尽きたら体が勝手にリミッターをかけて、魔法が発動しないだけなんだけど」


 俺の場合は気を失った、ということらしい。なにしろ魔法のようなものをつかうのは初めての体験だ。そういえば途中からなにかを搾り取られるような感覚があった。


「これだけのスキルだものね。そういうこともあるのかも」


 リンネはあたりを見回した。

 ダンジョンの壁には、熱線で穿たれたらしき傷あとがはっきりとみてとれる。

 その先で、タロが最後の敵を倒し終えるのが見えた。

 タロはぶるぶると体を振って、毛並みを整えると、ゆったりとこちらへ歩み寄る。

 途中で俺が目を覚ましたのに気づいてか、うれしそうに駆け出した。

 それから、リンネに膝枕されている様子を見、彼女に向って不機嫌そうに喉を鳴らして見せる。


「ありがと、タロ」


 俺はそのままで、タロに軽く手を挙げてねぎらった。

 タロは膝枕されているのがよほどきにらないとみえて、相変わらず喉をならしている。

 リンネの膝枕は心地いいから、よほど俺がうらやましかったのだろう。


 しばらくそうしていると、タロは俺の首元あたりをすんすんと嗅ぐようにして、それからそのあたりの俺の服をかぷりと咥えた。


 あっ


 と思うまでもなく、タロの首が跳ね上げられ、俺の体も宙を舞う。

 次の瞬間には俺の体はタロの背中に乗っていた。

 もふもふの毛並みはやはり心地よい。それに加えて、今はタロから何かが流れ込んできている感覚があった。


 失った魔力がタロから補充されている。なんとなくだが俺にはそう感じられた。

 ぐるると喉を鳴らして、タロはリンネを見下ろしている。


「もう、タロちゃんてば」


 リンネが頬を膨らませているのが見えた。

 リンネも、もふもふのタロの背中がうらやましいのだろう。

 こんどタロに、乗せてもらうよう頼んであげようか。

 リンネが立ち上がり、タロも歩き出す。

 俺たちは初心者ダンジョンの最下層、4階へと踏み入った。


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