14話 レッドドラゴンと決着です
「なんだよ!まだとどめは刺していなかったのかよ。それなら」
ドラゴンの叫びを聞いて、冒険者の男はそう言うと、腰の剣を抜き放った。
「ちょっとあなた、やめなさい」
手柄を横取りするような様子の男を、リンネが止めようとする。
けれども振り払われて倒れ込んだ。痛む足で、バランスがとれなかったらしい。
「なにするんだよ、あんた」
俺は怒りを込めてそういった。
「ドラゴンスレイヤーになるチャンスなんだ。いくらB級のお前とはいえ、邪魔はさせねえぞ」
実力を勘違いしてくれているのはありがたかったが、俺のほんとうのランクはF級。相手はC級冒険者である。
先ほどまで気絶していたけが人とはいえ、もみあってすぐに制圧できるだけの自信はなかった。
とすん、と俺の背後で音がする。
「ひぃっ」
男が、血の気の引いた顔をさらに白くして、悲鳴を上げた。
後ろを見るまでもない。タロが来てくれたのだ。
「なんだよ、なんなんだよこの化け物は。ドラゴンだけじゃなく、こんな奴まで!」
男は剣を振り回して逃げようとする。
化け物よばわりは心外だ。
俺は男に向けて、できるだけ威圧感のある声を出した。
「タロは、俺の仲間だ。化け物と呼ぶのはよしてもらおう」
男は尻餅をついたように座り込むと、持っていた剣を放りだした。
「そ、そうなのか。悪かったよ」
それからなおも言いつのる。
「それはそれとして、さっき言った一緒のパーティーにいれてくれる件、もう一回考えてくれないか?あとはあんたがとどめを刺すだけ。それに立ち会った仲間ってことで。なあ、いいだろ?」
男は俺の顔色をうかがっている。
俺は無言で男を見下ろした。
「ああそうだ。なんならこれをやったっていい」
男は懐からなにかを取り出して見せた。
「お宝だぜ。このダンジョンで手に入れたんだが、こんなの今まで見たことねえ。相当なもんだぜ」
それは、小さな腕輪のような形をしていた。
蛇、いや、細長いドラゴンが丸くなり、一周して自分の尾を咥えて円を形作っている。
鈍色に光る金属製の輪は男の言うように、高価な宝物のようでもあった。
「これは?」
聞こうとする前、ドラゴンがまたもやうめきを上げた。
「ソレだ。カエル。カエリたい」
今度ははっきりと、ドラゴンの口からそう声がした。
「いたた」
リンネが足をさすりながら起き上がって、輪を手にとった。
「今の、聞いた?」
俺の問いに答えず、リンネは輪を様々な角度から確認する。
「こういった魔法は専門じゃないんだけど、この輪にはゲート系の魔法がかかっているようにみえるわ」
それから、ドラゴンのほうを見てぽつりと言う。
「このドラゴン、本来はこんなダンジョンに現れるモンスターじゃないのよね。もしかしてこの力を使って迷い込んだ?」
タロがわきにに立ち、警戒しているからか、ドラゴンはもう動こうともしていない。
「だとしたら、このドラゴンが私たち、いえ、こいつばかり狙ってきたのも説明がつくわ。こいつの持っていたこれが目的だったのね」
こいつ呼ばわりされた冒険者は小さく舌打ちした。
俺はといえば、そうとも知らず、ドラゴンを攻撃し続けた自分を思い返していた。
リンネを助けるためだった。それは正しいことだけれど、そのあとのことはやり過ぎてしまったのかも。
「このドラゴン、かえりたがっているのなら、そうしてあげられないのかな?」
リンネは驚いた顔をした。
「正気かよ。おまえも冒険者だろ。みすみすこんなチャンスを逃すなんて、イカれてるんじゃないか」
冒険者が言うのに、リンネもうなずいている。
「コイツのいうことはともかく、本気なの?ロッカ。コイツみたいに反則して手に入れるってわけじゃない。あなたにはドラゴンスレイヤーを襲名するのに、ちゃんとした権利があるのよ」
俺は迷うことなくうなずいた。
「うん。このドラゴンが迷い込んでパニックになって暴れてた、ってだけなら、ひどいことしすぎちゃったって思うんだ」
リンネはしばし絶句した。
「そうね。あなたそういう人だったわね。だからこそ私は助けられたんだろうし。ロッカ。あなたがいいならわたしはとめない」
「そんな」
と、冒険者は悲鳴のように声をあげた。
が、タロに睨まれてたちまちのうちに黙り込んだ。
「それで、どうするの?私にもこの使い方が、わかるってわけじゃないんだけど」
「ドラゴンはこれを探していたんだから、ドラゴン自身に使わせればいいんじゃない?」
俺はドラゴンの鼻先に輪をおいた。
それから、タロとリンネの方を見る。
「まさか、そんなことして、大丈夫なの?」
リンネは俺の頼みを聞いて、そう言った。
タロの方は処置なし、というようにクルルと鳴いている。
「確かに、あと一度だけ、完全回復の魔法を使うことはできるわ。でもそれを、ドラゴンに対してかけてやれだなんて」
リンネの言い分はもっともだと俺も思う。
「そもそも効くかどうかわからないし、それにもし効いたとして、また暴れ出したらどうするの?」
「そのときは、タロ。頼むな」
タロがわふ、と鳴くのを見て、リンネもこころを決めたようだった。
「もう、どうなってもしらないわよ」
リンネは俺の肩に手を回し、それまで松葉杖がわりにしていた愛用の杖をしっかりとかかげた。
リンネのヒールは、ドラゴンに対しても確かに効果をあらわした。
人間であれば大きな怪我も完全完治させてしまうだけの魔法は、しかし種族の違いか、それとも単純に大きさからか、そこまでの効力を発揮できたわけではない。
けれども、最低限起き上がるだけの力を、ドラゴンは取り戻したようである。
鼻先に置かれた金属の輪を、ドラゴンはゆっくり咥えてなんらかの操作をした。
すると、輪はふわりと空中へと浮かび、そうしてまわりながら徐々に大きくなっていく。
それはたちまちドラゴンや、タロが通れるくらいの大きな輪になって、その表面には溶かした水銀を満たしたような、銀の膜が揺らめいている。
ドラゴンはこちらを見る。
俺と目が合うと、薄く開けられたその口から
「アリ、ガトウ」
というささやきが漏れ出した。
俺は背中にむずがゆさを感じながら、素直にその感謝をうけた。
ドラゴンは、次にタロのほうを向いて見つめ合う。
彼らの間だけで通じる、なにかの交流があるのだろうか。
しばらくそうした後、ドラゴンは、すう、とその頭を俺の前へと下げてよこす。
これは、と俺はタロを振り返った。
タロは、そうだよ、とばかりにおれを促した。
手早く描いた血文字の法陣をドラゴンの額へかざす。
ガロンの時とはまた違う、大きなエネルギーとのつながりを感じ、そうしてそれが俺の方へと流れ込んでくる感じを味わった。
「テイマー、ロッカが其に問う。名は何ぞ。」
―ヴィルドー
まばゆいばかりの光が、俺とヴィルドの間にあふれ、やがれそれが収束していく。
三度目になる抑揚のない声が、頭の中に鳴り響いた。
【スキル、「竜の息吹」を習得しました】
【スキル習得数が3になりました。フェンリルの毛皮がランクアップします】
【フェンリルの毛皮+1 防御力+100 毒に対する耐性が追加されました】




