13話 レッドドラゴンとのバトルです
タロは光の槍を携え、悠然とドラゴンを見据えていた。
見た目にも、ドラゴンを貫いて屠り去る必殺の一撃。
あとはそれが放たれるのを待つばかりだ。
「タロ、待って!」
俺は隠れていた場所から飛び出して、タロにそう声をかけざるをえなかった。
ドラゴンが吹き飛ばされて崩した壁の先。その先には気絶している冒険者と、それを抱えるリンネがいたのだ。
「リンネ」
呼びかけると、彼女は驚いた顔でこちらを見た。
「ロッカなの?」
しかしそれは、すぐにドラゴンのうめきにかきけされた。
タロに大半の注意をはらっているためか、ドラゴンは背中にいるリンネたちには気づいていないようだ。
駆けつけた俺の前で、タロは光の槍を放とうとしてか、力をこめていくのがわかる。
「タロ、だめだ」
槍をどう使おうと、射線の先にいるリンネたちを巻き込むのは間違いのないように思えた。
タロは俺を見下ろしながら、不満そうに喉をならす。
それを押しとどめるよう、俺はたろの前足をぎゅっと抱いた。
ぱりぱりと魔力の流れが、俺の中を通っていく。
しばらくしてタロの気がふっと緩むのが感じられ、同時に光の槍はゆっくりと消えていった。
それを見て、体制を立て直したドラゴンが激しく吠えたてた。
まずい。
タロの攻撃に巻き込まれる心配はなくなったものの、今度はドラゴンがリンネの直接の脅威となっていた。
たとえドラゴンがリンネたちに気づかないままだったとしても、その場で立ち回ることで、リンネたちがまきこまれかねない。
どうする?
俺は少し考えて、思いつくと同時に覚悟を決めた。
「リンネー!!」
俺は出せる限りの声で叫んだ。
「魔力結界を!」
ドラゴンの吠え声を超えて、俺の叫びはリンネに届く。
リンネの周囲に魔力のきらめきが流れるのが遠目に見えた。
前方にだけ展開される魔力障壁とは異なって、術者の周囲全方向をカバーするのが魔力結界だ。
俺はそれを確認すると、
「暴走特急!」
すぐさまスキルを発動する。
視界がぶれ、そうして狙った目標が、目の前に現れた。
ごいん
と少し間の抜けた音がして、リンネの驚いた顔が飛び上がって離れていく。
俺が狙ったのは間違いなく彼女である。正確には彼女が展開した魔力結界。
暴走特急を受け止めたリンネの魔力結界は、衝突の勢いに押されてはじき出されるように遠くのほうへ吹っ飛んでボールのようにはねながら着地した。
足を引きずりながらも、すぐに起き上がったところを見ると、結界に守られていたリンネには大きなダメージもないようだ。
ほぼ計画通り、リンネを逃がすことには成功した。
さて後は俺がにげるだけだ。
彼女の代わりに、死地にいる俺は、大きく周りを見回した。
自爆するのに適当な壁を探しつ、俺は暴走特急のクールタイムがあけるのを待つ。
魔力結界に押し戻された分、俺の立ち位置はリンネがいた場所よりもさらにドラゴンに近く、ほとんど足下にいるといってよかった。
さすがにドラゴンも、この騒ぎには気づいたとみえて、タロに気を払いつつ、ゆっくりと顔をこちらにむけつつあった。
はやく、はやく。
ドラゴンが顔だけでこちらを視認するのがわかる。
はやく!
思いつつ、ドラゴンを凝視する俺の目に、そのときあるものがとびこんできた。
見間違えか?いいや。
それは、ドラゴンの顎下に光る一枚の鱗だった。
ドラゴンの逆鱗といえば、ことわざになるくらい有名な存在だ。
あごの下に一枚だけ、ほかの鱗とは逆向きに生えたそれに触れると、ドラゴンは怒り狂って大暴れするのだという。
ドラゴンの研究書によれば、そこは唯一の、ドラゴン属の弱点である、とする説明書きも添えられていた。
暴走特急のクールタイムはまだあけない。
俺は思いきって腰に差していたサブウエポンの短剣を抜くと、全力でそれを投げつけた。
なんの奇跡か。
それは狙い通り真っ直ぐに、ドラゴンの逆鱗につきたたった。
ドラゴンが悲鳴のような甲高いうめきを上げた。
タロにやられた時でさえ、上げなかった声である。
「やった、のか?」
いや、やれるのか?
ドラゴンは、あきらかに、俺に対しておびえているように見えた。
全身を覆っていた威圧感はもはやなく、きらびやかに見えた赤い鱗も、いまはくすんでしおれて見える。
タロに頼ること大な俺だけれど、根はやはり冒険者なのだ。
できるなら、ドラゴンだって倒してみたい。
俺は懐から口寄せの札を取り出して空中へと放り投げる。
「来い、ガロン」
呼び出されたガロン、ワイルドボアは俺の思うとおり、床を蹴りたててドラゴンへと突進していった。
ドラゴンはその突進を、まともに受けて吹き飛んだ。
その状態で放った苦し紛れの熱線は、先ほどよりもさらに威力を失い、フェンリルの毛皮の加護を貫くにはいたらない。
タロが大きく吠え声をあげている。
自分のなかから力が溢れてくるようだ。
いつかタロが使って見せた、味方への支援効果のある吠え声だ。
振りかぶった剣がほのかに光った。ヒーラーが使う武器強化の魔法である。
リンネがかけてくれた魔法だろう。
後ずさるドラゴンに向かって、俺は全力で斬りかかった。
タロの爪さえ防いで見せたドラゴンの鱗を、俺の剣が木の葉のように切り裂いていった。
いまや弱体化いちじるしいドラゴンは、もう俺やタロと戦闘を続けようとはしていないように見えた。
それが目指しているのは今やただ一点。
リンネの元だ。
させるか。
重そうな体をのしりと動かし、彼女のほうへと向かおうとするドラゴンに、俺は横合いからガロンを突進させる。
続いて発動させた暴走特急で、俺も懐へと飛び込んでいく。
たまらず、ドラゴンはその場にどうと倒れ伏した。
とどめを!
俺はドラゴンの首に向けて、剣を大きく振りかぶる。
と
「かえり、たい」
なにかの声が聞こえた気がした。
「かえりたい」
続けて、はっきりと声が響いた。
俺は攻撃の手をとめて、その声が聞こえた方を見る。
それは、確かに、ドラゴンの口からあふれ出た言葉に聞こえた。
その時、ちょうどガロンの呼び出し時間の限界が来た。
名残惜しそうに俺を見るガロンが、ぽん、とかわいた音を立てて空中へとかききえる。
後には口寄せの札がひらひらと舞い、俺は手早くそれを回収した。
なんだったんだ、さっきの声は。
いぶかしがる俺のもとに、ばたばたと誰かがかけよって来たのがわかる。
それは、リンネの元で気を失っていた、怪我をした冒険者の一人だった。
―――――――
「すげえな、おまえがやったのか」
冒険者は駆け寄るなり、俺に向かってそう聞いた。
俺よりも大分年かさの男である。
さきほどまで怪我をして気を失っていたとは思えないほど元気な様子だ。
リンネの治癒魔法の力と、それからタロの支援効果が彼にも及んで、一時的に気力を取り戻しているのだろう。
しばらくして、リンネが足を引きずりながら続いて来る。
「ロッカ」
小さく声をかけてきたリンネをさえぎるように、冒険者の男は言う。
「なあおまえ、リンネの知り合いなのか?じゃあおまえもB級冒険者なのかよ。それにしたって、ドラゴンを狩っちまうなんて、すげえじゃねえか」
「いや、俺は」
口ごもる俺に対して、たたみかけるように彼は言った。
「なあ、おまえ、これも何かの縁だ。こいつを倒したとき、俺もいっしょのパーティーにいた、ってことにしてくれないか?」
「いや、それは・・・・・・」
「なあ、いいだろ。あんたの活躍が曇る、ってわけじゃないんだ。報告の時、ちょっと俺も加えておいてくれれば、さ」
「ちょっと、あなた」
見かねたリンネが、男の腕をつかんで言う。
そのとき、倒れていたドラゴンが、振り絞った叫びを上げた。




