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12話 昔の仲間を助けます

「はやまったかしらね」


リンネ・クロステルマンは暗闇の中、ひとりごちた。


痛めた足が、正常な思考を妨げているのかもしれない。

足下には、リンネが助けた冒険者を横たえている。


自身の魔法で癒やした足には、もう外傷は残っていない。

けれどもドラゴンから逃げる時に受けた傷の衝撃は、骨まで達していたらしい。


骨までを癒やす魔法がないではない。

だが、万一骨が折れて、そうしてずれていた場合、回復魔法はそのずれた状態のママ骨を接合してしまうため、あとあと面倒な状況になりかねない。

できれば専門の医者にしっかりとみきわめてもらってから、魔法を使いたかった。

 もちろん、いざという時には、すぐに回復させるつもりではある。


なにより、残っている魔力もあとわずかである。


ドラゴンと対峙する、その時のことを考えれば、とれる手数は多い方がいい。

 そのことも、回復魔法を使わずにいる理由の一つになっていた。


「それにしても薄情なひとたち」


先に逃げて、といったのを棚に上げて、リンネは言う。

あの時は本心から出た言葉だったが、けが人とひとり残されれて放置されれば、文句のひとつも言いたくなるというものだ。

アドルフのパーティーを抜けて、とりあえずで加入したパーティーだったが、こんな結果になるなんてね。


弱気になっているのかしら。

リンネは首を振って、思考を散らすようにした。


アドルフだったら、と考えてリンネは苦笑する。

アドルフだったら、リンネたちが止めるのも聞かず、ドラゴンにまっすぐ突っ込んでいくだろう。

おさななじみからの腐れ縁で、先日まで一緒にやってきたけれど、ずいぶん苦労させられたものだ。

その意志が正しい方向に、まっすぐ前をむいていた頃だったら、苦労を乗り越えていけるだけの勢いがあったのだけれど。


リンネはもう一度首をふった。


もうちょっといいことを考えないといけない。


そうしたときに頭のなかにうかんだのは、ロッカというかつての仲間のことだった。

彼となら、こういうシチュエーションに遭遇することだって、あるかもしれない。

ロッカなら、私を置いて先に逃げて、なんていったなら、どうするだろう。


それでも私をかばうように、前に出て戦ってくれるのかも。


「私より、ぜんぜんよわっちいのにね」


リンネは緊張がすこしずつほぐれていくのを感じた。

そういえば、タロちゃんは元気かな。


 ロッカのことを思うと同時に、そのまわりでじゃれついていた黒い子犬のことを思い出した。

 リンネの口元がわずかゆるむ。


 と、


 ずるずるとなにかを引きずるような音が響いた。

 リンネが隠れている部屋の前、壊れた扉から差し込む光に、ふっ、と影が差す。


 影の中、大きな丸いドラゴンの瞳が、ぎらりと輝いた。


―――――――


「みつけた!」


 ねずみのちゅー太がドラゴンの位置を視認した。

 ほとんど同時、俺の耳に遠くから咆吼が響いて届く。


 ほかに偵察に飛ばしたこうもりのロビの情報とあわせても、この地下4階層にはドラゴン以外の敵はみあたらない。


「タロ、たのむ!」


いうなり、タロは俺の首をくわえて自分の背中に放り投げる。

俺が背中にしがみつくのをわずか待ち、それから猛然と走り出した。


風を切る。わずかの間。


待つという暇もなく、ドラゴンの赤が目の前にひろがった。

大きさはタロとそうかわらない。

その姿は、ドラゴンと名を聞いて、真っ先に頭に浮かぶそのままだ。


ドラゴンは巨体を縮め、いままさに脇の小部屋へと、鼻先を突き込もうとしているところだった。


さらにその先、わずかな隙間に光が差し込み、みたことのある白い装束がはっきりと見て取れた。


「リンネ」


思わずさけんだ俺に向けて、ドラゴンがぎろりと目を向ける。

同時にその口から熱線がほとばしった。


「容赦なしかよ!」


タロの体が光を発し、その前に光の壁が現れた。

壁は数秒の間、熱線を押しとどめる。

数秒後、壁は光の粒になってあたりに散る。


熱線は壁を貫いてダンジョンの壁を灼くと、一瞬後にあたりを爆炎で包み込んだ。


その斜め上。

直前に大きく上に飛んだタロは、ドラゴンを飛び越えてしなやかに背後に降り立つ。


タロからすれば、光の壁を貫かれたのが不満のようで、グルルと喉をならしてドラゴンをにらんでいた。


 タロ、たのむぞ。俺はタロの背中を軽くたたく。

 そうしてドラゴンがゆっくりと振り向く隙に、俺はタロの背中から急いで降りた。


 タロにとっても、はじめて自分に匹敵するかもしれない相手だ。

 油断なく振り向くドラゴンを見据えて、気を逸らせない。


 それでも俺がかけ去る直前、タロのしっぽがさらりと俺の頬をなでるようにふられた。


 まかせとけ


 と言われたように俺は感じた。


―――――――


 咆吼と同時に、再度熱線が放たれた。

 タロは、今度は光の壁を展開することなく、素早い動きでそれをかわす。


 その動きのまま、近寄って飛びかかった爪の先は、ドラゴンの牙に阻まれた。

 飛ずさりざまの一撃で最上級の防御を誇るドラゴンのうろこが数枚あたりに飛び散ったが、大きなダメージには至っていないようだ。


 素早さではタロに大きく分があるが、ドラゴンの鱗はそれを補うだけの防御力を誇っていた。


 加えて唐突に放たれる熱線はタロの防御を貫くほどの高い威力だ。


 俺はなんとか安全な場所まで避難しながら、2体の強大な存在の戦闘を見守るばかりだった。

 ドラゴンが熱線を放ち、タロがそれをさらりとかわして、接近戦に持ち込んでからぱっとはなれる。


 決定打にはならない繰り返しは、しかし俺にとってはなにもかもが即死級の大威力だ。

 リンネのもとに駆けつけることもできず、歯がみしつつも、おれはタロに声援を送り続けた。


 繰り返しの終わりは唐突に訪れた。

 いくど目か、タロが鱗に爪を立てて、それから飛びずさった後のことだ。


 ドラゴンがまたも熱線を吐こうとして、そうして放たれたそれは、あきらかに今までのものとは違っていた。


 みためにも細く薄く、それまでのものよりあきらかにたよりない。

 それを見るや、タロのからだがまばゆく光った。


 タロを直撃した熱線は、しかしあらわれた光の壁に完全に阻まれていた。

 はじめのように、壁を貫くような威力はそれにはない。


 それどころか、壁を展開したまま前進するタロを押しとどめる力すら、持ち合わせていなかった。


 タロは熱線を押し返した勢いそのままに、熱線を吐き終わって隙だらけのドラゴンを、低い態勢から思い切りカチ上げる。


 たまらず、ドラゴンの肉体はダンジョンの床を離れ、わきの壁へとたたきつけられた。

 すさまじい音とともに、壁が崩れ去って土煙を上げていく。


 タロの粘り勝ちだ。

 と俺は思った。


 はじめの一撃を防いで以降、タロは防御にも攻撃にも魔力を使わず、自分の肉体だけを使って立ち回っていた。

 比べてドラゴンはあれだけの高威力の熱線を連発していた。

 ドラゴンといえども、魔力もエネルギーも無尽蔵ではなかったのだろう。


 起き上がろうともがいているドラゴンを見ながら、俺はあらためてタロの凄さを感じていた。


 タロは優雅にさえ見える仕草で、すっと立つと、わずか、四肢に力を込めた。

 ぱちぱちと、タロの全身に魔力の流れが目に見える形で現れる。

 それはしばらくするとタロの脇にあつまって、徐々にちからあるものを形作っていった。


「光の、槍?」


 槍の形をとったそれは、今まで俺が見た中で、タロが放つ最大級の攻撃に見えた。


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