11話 急いでダンジョン攻略です
洞窟型のダンジョンである。
さほど大きくない入り口に比べ、中はタロが動き回るのにも充分な広さがある。
身を縮め、体をすりながらゆっくりと入ってくるタロを待ちながら、俺はあたりを見回した。
入り口あたりは魔法のたいまつで充分あかるく、通路の先まで見渡せる。
このたいまつは下層の方まで設置してあるということだから、明かりのことは心配しなくてもいいだろう。
ぎ、
と甲高いうなりが聞こえた。
ゴブリンだ。群れからはぐれでもしたのか、ただ一匹、こちらを見ている。
俺はタロを待つことなく、瞬時に駆け出した。
ゴブリンが手にした武器を振り上げるがかまわず、剣を引き抜きざま、突き出た腹を薙ぐ。
転倒した頭に刃を突き入れれば、それはもう動かなかった。
フェンリルの毛皮の加護があるいま、ゴブリン程度が相手であれば防御を気にする必要はない。
だからこそできた完勝である。
初心者向けのダンジョンということで、今の俺なら少し手応えがあってちょうどいいくらいだろう。
もちろん、今はダンジョンを楽しんでいるような時間はない。
どんな雑魚でも、いちいち相手をしていたのではてまがかかる。
さて、どうしたものか。
頭の上をダンジョンにはつきものの、コウモリがぱたぱたと飛んでいた。
―――――――
スケルトン兵が5体、開けた場所をうろうろしている。
肉のない顔からは、彼らの考えを読み取ることはできないが、どうやら警戒は怠っていないようである。
一度、この場所に集まってから、それぞれが通路へ散っていく。
それを一定時間になんどもなんども繰り返す。それが彼らの習性のようだった。
1体に見つかれば、ほかのスケルトン兵が反応して集まってくる。そういうタイプのモンスターなのだろう。
頭上をコウモリがぱたぱたととんでいる。
これは彼らの警戒対象ではないようで、誰も反応するものはないようだった。
ばらばらと分かれていくスケルトン兵。
各々が担当する通路へと散っていく中、その中の一体がふっと消えた。
他の4体はそれに気づいたふうはない。
その通路を、大小ふたつの影が走り抜けていく。
「よし、うまくいったな」
俺はひとりごちた。
ぱき、わずかな音を立てて、タロの口の中でスケルトン兵のコアが砕ける音がする。
その顔のまわりを、コウモリが1匹、ぱたぱたととんでいる。
俺の足下には大きいが痩せぎすなネズミも1匹。
道すがら、俺がテイムしてきたロビとちゅー太だ。
この2匹を偵察に出して、最小限の戦闘で進んでいく。
それがテイマーとして俺の考えた作戦である。
こそこそ進んでいくことに、タロはだいぶ不満そうではある。
けれども、早く進まなければならないことは理解してくれているらしく、それを表に出したりはしていない。
俺たちは、そうして地下3階までを一気に駆け抜ける。
目指すのは地下4階。近づくにつれて俺の気はますます急いだ。
地下3階から地下4階へ降りる階段はひとつだけ。
目的地を目の前にして、しかしそこには大柄な豚顔のモンスターが一体。
完全武装のオーク。情報通りなら、この階の階層ボスだ。
スケルトン兵のように動き回るではなく、階段のまえにのそりと立つ。
こちらに気づいている様子はなく、特に警戒をしているふうでもない。
けれども、あれに反応されることなく下の階層へいくのは不可能だろう。
タロが、出番だろ、とばかりに一歩を踏み出してみせた。
俺はその足に軽く触れ、タロをとめた。
―――――――
正面から見上げるオークは、遠目から見る以上に巨大だった。
こちらも遠目から見ていた時と違い、俺の存在に反応した直後から、猛り狂ったように武器を振り上げてこちらを威圧する。
ブフォブフォといううなり声が耳障りだ。
片手に剣。もう片方に盾という前衛まるだしの格好で、俺はオークと対峙している。
初手に放った斬撃は、ほんのわずかな切り傷をつけることしかできていなかった。
オークは決して素早い敵ではないから、攻撃を当てることは簡単だ。
けれども体力が高く、階層ボスともなれば防御力も強化されている。
振り上げた鉄塊が、唐突に振るわれた。
転がってかわした俺の頭上を通り過ぎ、鉄塊がダンジョンの壁をたたく。
それはたやすく砕け、派手な音をたてた。
なによりも、オークといえばこの攻撃力。
一瞬たりとも、気を抜ける相手ではなかった。
ブフォというひと鳴きを残して、唐突にオークのうなり声がやむ。
それから、オークは片手で振り上げていた鉄塊を両の手に持ち替えた。
来る。
俺が身構えるのと同時、オークは鉄塊を大きく頭上にふりあげる。
やいなや、それを俺めがけ、まっすぐに振り下ろした。
俺は盾をまえに構え、全力で後ろへとジャンプする。
鉄塊は俺に当たることなく、ダンジョンの床を深くえぐるのがかすかに見えた。
瞬時、衝撃波がオークを中心に、全周へと殺到する。
鉄塊と衝撃波の二段攻撃。このオーク最大の必殺スキルである。
後ろに飛んだ俺に、衝撃波はたちまちおいつく。
空中でバランスを崩した俺を吹き飛ばしてもろともに壁にぶつかると、荒れ狂ってそこを粉にしていった。
ごほっ
と空咳をひとつ。
十分に警戒をして受けた衝撃波は、フェンリルの毛皮を貫くことはできなかったようだ。
けれどもたたきつけられた衝撃は、俺の行動の自由を奪っている。
だから、その場で俺は、叫びを上げる。
「今だ。タロ!!」
音もなく、タロが物陰から飛び出した。
スキルを放ち終わった後、オークには大きな隙ができていた。
床にめり込んだ鉄塊は、オークの腕力でも容易に引き抜くことはできない。
タロをみとめて、必死に鉄塊をゆするオークが、それを果たそうとする遙か前。
飛びかかったタロの爪が、オークの首を一撃で切って飛ばした。
首から下、それだけになったオークは、ふらふらと2、3歩、たたらを踏む。
それを見て、タロはよくやったでしょ、というように俺の方を見た。
「まだだ、タロ」
首を失いながらも、オークはまだ絶命したわけではない。
この階層ボスを冠されているオークのユニークスキル。『ガッツ』の効果で、即死級のダメージをうけても体力をわずか残して生存する。
オークは鉄塊を離した右の手で、腰のあたりをまさぐるようにした。
「暴走特急!」
未だ痛みを抱えたまま、俺はスキルを発動した。
視界がゆがむ、次の瞬間には、オークの巨体が目の前にある。
ゴッ
と鈍い音を立てて、その腰上に俺の腕が盾ごと突き刺さっていた。
800%、8倍になっているとはいえ、俺の攻撃力で一撃でオークに致命傷を負わせるのは難しいだろう。
けれども今は『ガッツ』の効果で、オークの体力はわずかしか残っていない。
オークは俺の暴走特急を腹に受けて、今度こそ息の根をとめて倒れた。
からん、と音を立てて、オークが腰につけていた角笛が床に転がる。
角笛の形をしているが、階層ボスのオーク、もうひとつのユニークスキル、『仲間を呼ぶ』を発動するキーアイテムだ。
体力が一定以下になると発動するこのスキルの効果はその名の通りだ。
使用されるとノーマルオークが数体、あたりにランダムに召喚される。
しかもスキルの使用回数に制限もなく、先を急いでいる俺たちにとっては特にやっかいなしろものだった。
作戦通り、最短に近い時間で階層ボスを片づけられたことを喜ぶ暇もなく、俺たちは階段へと小走りで急いだ。




