10話 昔の仲間がピンチです
リンネ・クロスヘイム。
俺が追い出された勇者アドルフのパーティー。その結成メンバーの一人である。
他の結成メンバーと同じく、ヒーラーとしての技能は一流。
戦闘では、細かいことを考えず、敵に切り込んでいきがちなアドルフを、後衛としてよくサポートしていたのを覚えている。
雑用のようなことをしていた俺などにも優しく、彼女がパーティーの潤滑油になっていたのは間違いない。
カリスマ型ですべてを自分で決めていくアドルフに、横から意見を言える立場でもあった。 それだけに、今のアドルフからしてみれば、鬱陶しい存在になってしまったのだろう。
リンネは追放ではなく、自分からパーティーを去る、という形で俺より先にアドルフの元を去った。
けれども、それは決して自ら望んで、というわけではなかったに違いない。
彼女が最後まで、残った俺たちのことを心配してくれていたことは、いまでもはっきり思い出せた。
俺は駆け寄ってサブマスターから資料を奪い取るようにした。
リンネ・クロヘイム。元B級で、現C級のヒーラー。
こまごまとしたステータスを読んでいけば、この資料に書かれているのは、まさしく俺の知るリンネのことに違いない。
「もっと、くわしく説明してくれ」
いきなり飛び込んできた俺の勢いに押されるように、冒険者たちは口々に状況を話した。
「ドラゴンに襲われて、メンバーの一人が大怪我をしたんだ。その娘が傷を癒やしてくれたから、致命傷は避けられた。んだけど、」
「体力までは回復しなくてな。ドラゴンの追撃を避けながら、地上まで上がってくるのは到底無理だったんだ。そうしたら、リンネが言ってくれた」
「自分が残るから、先に逃げてくれって」
「みんなで逃げる、ってわけにはいかなかったの?」
「いやあ」
あきらかにドラゴンを恐れているふうな一人に、もう一人が口を挟む。
「あのドラゴンは、はっきりと俺たちを狙って攻撃して来ていた。けが人をかばいながら逃げられるっていう状況じゃあなかったんだ」
俺はそれ以上彼らとは話を続けず、サブマスターのほうへ向き直る。
「討伐隊の編成には一週間かかるかもって、本当ですか?」
彼は渋い顔を隠さなかった。
「ああ、ギルドとしても初めての事態だから、準備を怠るわけにはいかない」
「残ったリンネ・・・・・・ふたりのことは?」
サブマスターが目を閉じて首を振った。
「残念だが」
俺は考える。までもなく言った。
「俺が先行します。いいですね」
―――――――
「先行って、君が?」
サブマスターは俺のことを知らないようだった。
受付嬢がかけつけて、資料をわたして耳打ちする。
「Fランクのテイマーだって?無理だよ」
そんなことは俺にもわかっている。それでも、だ。
「俺はテイマーですから、先行して偵察するのには向いていると思うんです。それに、幸い強力な相棒を連れていますので」
タロのこと以外ははったりに近かった。サブマスターはそうなのか?という顔で受付嬢の方を見た
「ロッカさんはちょっと特別で、冒険者としては初心者さん、というわけでもないんですよ。それにタロさんという凄いパートナーがいるのもほんとうです」
「それにしたって」
サブマスターはわずか、心を動かされているようだった。
自分の管轄で助けを求めている冒険者を見捨てる、というのは彼にとっても心残りなのだろう。
もう一押し。俺は思いついてワイルドボアガロンとつながっている口寄せの札を彼に見せた。
「これは、ワイルドボア?君はこれほどのモンスターをテイムできるほどなのか」
「先行して偵察。それ以上の無茶はしません。結果はすべて自己責任。それでどうですか」
たたみかけるように言った俺に、サブマスターはしぶしぶ、という感じで頷く。
「こちらも、できる限り討伐隊の編成を急ごう」
俺はその言葉を聞き終える前に、走り出していた。
―――――――
タロの元へと急ぎながら、俺は寄り道してタロの好きな骨付き肉を手に入れていた。
たまに買っているそれではなく、木の箱に入れられた最高級の逸品である。
あたたかくなっていたふところも、ずいぶんと寂しくなった気はするが、タロにするお願いのことを考えれば惜しいとは思わない。
タロのもとへ到着する。
久々におもいきり遊んだ上機嫌もあって、タロはしっぽを振って俺を出迎えた。
それから鼻先ですんすんと俺の抱えた箱を嗅ぐようにつついてくる。
どうやら、ずいぶん前から肉のことをかぎつけていたようだ。
はやくはやく、とせかしてくるタロをなでてやりながら、俺は逆の手で箱の蓋を開けた。
タロはするりと俺の手を抜け、箱から器用に肉を取り出し、味を確かめるように軽くはむ。
しばらくはむはむと肉を堪能するタロ。
タロはとろけるような貌をして、それから一気に肉へとかぶりついた。
あっというまに肉を食べ尽くし、のこった骨を名残惜しそうにしゃぶっているタロに、俺はぴとりとほおを寄せる。
「覚えているか、タロ。リンネのこと」
そう言われてタロはしばらく不思議そうな貌をしていたが、やがてなにかに思い至ったようにゆっくりとしゃぶっていた骨を離した。
俺はほおをよせたまま続ける。
「あのリンネが、今すごくピンチらしいんだ。助けにいきたい。力を貸してくれないか」
そこまでいって、俺はタロを上目遣いに見た。
タロは目を細めている。
興味がない?
いや、これは露骨にいやがっているときの顔だ。
そういえば、リンネはなにかれとなくタロをかわいがる、というかちょっかいをだしていた。
あのときも、タロはリンネを邪険にしていたけれど、俺はそれをじゃれあいのひとつだと、ほほえましく見ていたものだ。
どうやらそれは間違いで、タロはリンネのちょっかいをほんとうにいやがっていたらしい。
おれはもう一度タロに強くほおをよせる。
「たのむよ。俺には彼女を見捨てることはできない。いっしょにいってくれないか?」
タロはくるると喉をならす。それからしばらく、しょうがないなあ、というようにわんとないた。
―――――――
初級者向けだというそのダンジョンは、街からそう離れてはいない森の中にあった。
入り口にはあきらかに人の手がくわえられていて、簡単な案内板や注意書きのようなものも設置されていた。
今はその周囲に杭がうたれ、規制線がはられている。
俺は近くに立って見張りをしている、ギルド員らしい男に声をかけた。
「こんにちは。はいりたいんだけど、いいかな」
「だめです。危険な生物がでたんだ。ドラゴンですよ」
「知ってる。はいこれ」
俺はギルドで発行してもらった討伐隊の証をみせた。
「いや、でも、あなたひとりじゃないですか。危ないですよ。なんたってドラゴンだ」
ギルド員はしぶってみせた。その彼の前に、タロがゆっくり姿を現す。
タロの勇姿に、ギルド員は口を半開けでみとれている。
「見ての通り、俺はテイマーだ。こういった時に必要なスキルもたくさん持ってる。だから先行して偵察するようにって、ギルドから依頼をうけてやって来たんだ」
今日二回目の俺のはったりを聞いて、彼はタロを見上げたままうなずいた。
彼がよくよく考えればおかしな話だなんだと気づく機会はあったはずだ。
タロにはそれを黙らせるほどの威厳があった。




